第12話 逃走経路
それからの家鳴りとの戦いは、信乃は特段苦戦をせずに家鳴りを倒すことができた。
が、生存者がいなかっため、信乃の気分は上がるどころか、むしろ徐々に下がっていく。
覚悟はしていたんだろうが、実際にその光景を目の当たりにした時の心境は推して知るべしって奴だろう。
「……もういいだろ、出ようぜ信乃」
最後の部屋の捜索を終えた後、俺はは言った。
「あんたは、平気なの? こんなにいっぱい人が死んでるのに」
若干憔悴した目で、信乃が俺を睨む。
「なわけねえだろ。死体見てハッピーになる趣味はねえよ。ま、呉沢とかならワンチャンあるかもな」
「どんだけ呉沢さん嫌いなのよ……」
「世界か呉沢かと言われれば早押しクイズ並みに世界を選ぶ程度には嫌いだな。ったく、誠の奴はなんであんなのと付き合ってるんだか。もっといい奴他にいただろ」
「そこまで言う? 友達の彼女に」
「友達の彼女だからだよ。むしろそれくらいしか価値ねえだろあいつ」
くっそ、思い出しただけでムカついてきた。
顔を見ただけで殴りたくなると言う現象が実在する事を最近知った俺である。
「それよりも、だ。もう帰ろうぜ。もう家鳴りもあらかた倒しただろ? これ以上やったって無駄だぜ」
しかし信乃は首を振って俺の案を却下した。
「確かに家鳴りは倒したわ。でも、妖魔の気配は消えてない」
「……確かにそうだな。妙な頭痛が消えてねえ……ってまさかおまえ」
「勿論、ぶっ殺すわ」
はあ、と俺は嘆息した。
「んで? そいつはどこにいるんだよ」
「一階よりも下……地下駐車場ね。それも、かなりの大物みたい」
「オーケイ。すさまじく面倒なのは理解した」
「付いてくる気? 今ならエントランスから逃げられると思うけど……あー、ごめん。なんでもない」
ここで俺が引くという選択肢は元から存在しないのが分かったらしい。
「気をつけてね。多分、かなり強いだろうから」
「俺の事よりまずは自分の心配しろよ。痛々しいことこの上ないぜ」
「……分かってるわよ、そんなこと。でも、ここで投げ出すわけにはいかないでしょ」
「普通投げ出すんだよ、普通はな」
「生憎、対魔師に普通なんて言葉は通用しないの」
皮肉を皮肉で返されたのを釈然としない俺を放っておいて、信乃はエレベーターへ向かう。
エレベーター内の鏡には返り血がべっとりと付着していた。
一気に下まで逃げようとしたところを襲われたのだろう。
非常時にはこういう密閉空間は命取りになりやすい。
もっとも、あんな化け物が襲ってくるとは想定されていないんだろうがな。
この血の持ち主は少し前までエレベーターにいたのだが、俺によって外へと放り出された。
さすがに死体とエレベーターをご一緒する趣味はない。
信乃がビミョーな目で俺を見ていたがそれはさておくとして、だ。
死体の二の舞になることなく、一部が血で濡れたB1に明かりが灯る。
「特に、何も起こらねえな」
「油断しないで。エレベーターごと潰される事なんて日常茶飯事なんだから」
「刺激的すぎるだろその日常」
エレベーターのドアが開いたのと同時に、
「うわあああああああああああああ!」
絶叫と共に、鉄パイプを持った子供がいきなり殴りかかってきた。
両腕をクロスさせて鉄パイプの一撃をガードする
ばきゃりと腕が悲鳴を上げるのをお構いなしに鉄パイプを奪い取り、子供の胸ぐらを掴む。
「なんのつもりだガキ。事と次第によっちゃただじゃすまね――あだっ。何すんだよ信乃!」
村雨の鞘で殴られ、涙目になって抗議する。
「初っぱなから怖がらせてどうすんのよ。どう考えたって人間でしょ、その子」
「こうも言うぜ。結局人間が一番恐ろしいってな。つーかどう考えても正当防衛だろ!」
俺の抗議には耳を貸さず、信乃は少年の前に屈んで目線を合わせた。
「大丈夫? あたし達はあなた達の敵じゃないよ。助けに来たの」
ようやく目の前の二人組(正確には信乃だけ)が救援だと理解した子供は、ぼろぼろと涙を流しながらここに至るまでのことを話した。
部屋に一人で留守番をしていたら、突如マンションの至るところから怪物が現れ、住民が殺された。
子供は命からがら、階段を使ってここまで降りてきたのだという。
幸いこの階には家鳴りが近づいてこなかったので、鉄パイプ片手にずっと隠れていたのだという。
ボロボロになったTシャツや擦り傷が、彼の逃走経路が生半可なものではなかったということを雄弁に語っていた――が、どうしても腑に落ちないところがある。
「分っかんねえな。ここまで来たのなら、地下駐車場通って逃走完了じゃあねえか。なんだってこんな中途半端なところで油売ってんだよ」
「バカ。その理由くらい分かるでしょ」
「あ、そうか」
駐車場からは、妖魔の気配が漂っている。
こんなところにホイホイ外に出たらあっと言う間にやられて終わりだろう。
「なら簡単だな。俺達でサクッと妖魔をぶっ倒してのんびり逃げようぜ」
そう言って、地下駐車場の中へと入る。
信乃も少年の手を引きながら後に続いた。
地下駐車場を照らすライトは寿命が近づいているのか忙しなく明滅を繰り返している。
四方八方コンクリートに囲まれているせいか、どことなく寒々しい。
車が入ってきたり出てきたりしてくる気配はしない。
動いている生き物は、俺達しかいない。
駐車場内は、マンションの大きさに比例して広々としている。
俺の家がまるごとすっぽり収まりそうだった。
ブルジョワって奴かと天井を見上げ、そのまま硬直した。
「なんだよ、これ――」
天井に、釣り上げられていたモノがあった。
白い糸に縛られたそれは、人のようなカタチをしならがら、生命であることを放棄しているように見えた。
皮膚がドロドロに溶けて骨が剥き出しになっており、髪の毛も殆ど抜け落ちている。
大きく見開かれた眼球は虚ろで、今にも外にこぼれ落ちそうだ
それも、一つではない。
その歪な繭にくるまれたヒトガタは一つだけではなく、天井に一定の間隔を保ちながらつるされている。
その人数は十人は下るまい。
もしかしたら、薄暗くてよく見えないだけで他にもいる可能性がある――
「これかよ……これが、あのガキが動けなかった理由かよ!」
子供は信乃にしがみつきながら震え、上を見ようとしない。
きっと、先に逃げた人達が捕まったのを見てしまったのだろう。
信乃が少年の前に立った。
「誰がやったんだよ。無茶苦茶にも程があるってもんだろうが……」
信乃も震えていた。
その胸に渦巻いているのは、悲しみか、それとも怒りなのか――
「………!」
たまたま目に付いた車のバックミラーに、そいつは映っていた。
ごくりと唾を飲み、確信する。
鏡越しの異形は、さっきまで戦っていた家鳴りとは存在のスケールが違いすぎる。
振り向くと、天井には巨大な蜘蛛のような化け物が家の壁に張り付いていた。
見間違いではなかった。
ゲームに出てくるモンスターに似た奴があった。
上半身が人間で、下半身は蜘蛛の化け物。
確かアラクネ、とか言ったっけか。
もっとも、上半身は麗しの美人さんというわけではなく、筋肉モリモリマッチョマンだった。
その皮膚は血が抜かれたように青白く、目にも生気が宿っていない。
ぼざぼさの髪からは禍々しい角を覗かせている。
「おいおい……いつからこの街はオバケ屋敷になったんだよ。お呼びじゃないぜ」
「オバケ、違う。俺、蜘蛛鬼。蜘蛛鬼、絶(ぜっ)」
オニグモじゃなくて蜘蛛鬼ときたか。
そういや角も生えているし鬼と言えば鬼に見えなくもない。
「鬼ですって……?」
「……一応、嫌な予感しかしないけど聞いとく。鬼ってあの鬼か?」
「家鳴りなんかお話にならないくらいの上級妖魔よ。よりによって、最後の最後で鬼にぶち当たるなんて……!」
信乃の緊迫した表情を見る限り、俺が考えているより事態はヤバいことになっているみたいだ。
なら、俺が取るべき行動はただ一つだ。
「信乃。そのガキ連れてここから逃げろ」
信乃の表情が一気に険しくなる。
「バカ言わないで。あんた一人だけここに残る気? そんなの認めないから」
「ちげーよ。ガキを逃がしたら戻って来てくれ。それとも、ガキを守りながら倒せる相手なのかよ、奴は」
信乃もそのことは理解していたのか、
「……ごめん」
そう一言言い残して、エレベーターに向かって走り出す。
だがそれよりも早く、絶が発射した糸の塊がエレベーターを覆った。
信乃は早々に見切りを付け、Uターンして地下駐車場の出口へ向かう。
絶はそれ以上何もしないまま二人を見送った。
「……悠々と見送るなんて、随分とまあ余裕なんだな」
「あの娘、小細工、効かない。おまえ、効く」
少々カチンときた。
「一つ良い事を教えてやるぜ化け物。俺は人を煽るのは大好きだけどよぉ――人に煽られるのは、死ぬほど嫌いなんだよ――!」
びしりと指を差した瞬間、右腕がすっぱり切り落とされた。
「ぎ、ぐあああああああああああああああああ!」
絶叫しながら傷口を押さえる。
何だ、何が起こった?
まるで鋭利な刃物ですっぱりやられたみたいに、俺の腕が切り取られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます