第10話 乱入者
不幸中の幸いと言うべきか、平日の午後という時間帯だったのでマンションに残っている人はそこまで多くはない。
だというのに、部屋に踏み込めば、死体が転がっている。
ある人は廊下で、またある人は、階段で死んでいた。
自分の無力さに歯噛みする。
妖魔の存在は世間に公になっていない。
死んだ人は事故死や行方不明として処理される。
家族ですら、本当の死因を知らないまま永遠に別れることになる。
不愉快な笑い声と共に、家鳴り達が姿を現す。
「邪魔だ。どけぇ――!」
村雨の振るって、殺す。
だが、討ち漏らした一匹の角が、脚に突き刺さった。
「づっ……」
凄まじい激痛は、低級妖魔の攻撃とは思えない。
頬の内側を噛みながら、その首を切断する。
肉体が消滅したことで、傷口から血が噴き出した。
手ぬぐいを取り出して、きつく縛る。
みるみる赤く染まっていくが、動けないことはない。
住民が住んでいる部屋を片っ端から開けて中を確認する。
もぬけの空になっているか、それとも死体があるだけになっているか。
死体の状態も様々で、一撃で死んでいるものもあれば、グチャグチャになって誰だか分からないものもいる。
死体を回収することはしない。
信乃の仕事はあくまで妖魔の討伐であり、仕事に含まれていない。
今は、生存者を探さないと。
二階の部屋の扉を蹴破る。
「――いた!」
若い男が一人、腰を抜かしている。
生存者がいたという事実に、安堵の息をつく。
「ひっ――く、来るなあ! 僕を殺そうたってそうはいかないぞぉ!」
「殺すって……あ」。
ここでようやく、自分がどんな姿をしているのか思いだした。
こんな状況で日本刀片手に血塗れの少女が飛び込んできたら普通ビビる。
「ごめんなさい。あなたに危害を咥えるつもりで来たんじゃない。助けに来たの」
安心させるために村雨を鞘に収めながら、青年に近づく。
「助けに……? そうか、助かったんだ。僕はやっぱり運がいい! 星座占い一位は伊達じゃな――い、ぎ」
ふと、青年の動きが不自然なものになった。
「な、ん――はぎゃぶぇっ」
くぐもった悲鳴と共に青年の体が水風船のようには弾け、体内から真っ赤に染まった8匹の家鳴りが四方八方に飛び出してきた。
その様ははさながら、人間を改造した手榴弾のようだった。
「な――!?」
虚を突かれ、抜刀のタイミングが僅かに遅れる。
二体は即座に斬り殺したが、一体切り損ね、角が肩口に突き刺さる。
悲鳴をかみ殺し、その家鳴りの頭部を村雨で串刺しになる
「くそ、くそ、くそ――!」
救えなかった。
なんて、悪趣味なトラップだろう。
例え駆け付けた時には手遅れだったとしても、目の前で死なれるのは心にくる。
そんなこと知ったこっちゃないと、家鳴りはそれぞれの配置に付き、信乃の体に向かって聞くに堪えない騒音が叩き付けた。
駄目だ。
このままだと、殺される。
打開策を考えなくてはいけないのに、家鳴りの何重にも重なっている騒音に、思考することすら億劫になってくる。
無論、その隙を家鳴り達が見逃すはずもなく、信乃に次々と攻撃を加えていく。
だが、信乃もやられっぱなしと言うわけではない。
いくら方向感覚を狂わされようと、自分の体の傷の位置は見ずとも把握できる。
傷を受けたタイミングを狙って、村雨で家鳴りを切り殺した。
勝利を確信していた家鳴りは、驚愕の色に染まりながら消滅していく。
五匹ほど仕留めたが、どうやら増援が次々と到着している
相手が自分を傷つけることが前提のカウンター戦法。
傷が深くなる前に仕留めてはいるものの、無傷とまではいかない。
今は亡き母が見たら、笑い飛ばすだろうか。それとも自分を叱るだろうか。
どっちだっていい。
一番有効な戦い方であるのならば、使うことに躊躇する必要はどこにもない。
家鳴りの角が、爪が、体を傷つける度に村雨を走らせる。
どんなに体が小さくてすばしっこくても、スピードは信乃に分がある。
後手に回っても、仕留めることは難しいことではない。
「くっ――」
意識が明滅する。
家鳴りの中で役割分担があるのか、どれだけ倒しても騒音が止む事は無い。
「なら、攻撃担当を全部殺せばいいってこと、だよね」
ぎりっと、歯を食いしばって村雨を踊らせる。
家鳴り達も、目の前の人間が非情に面倒くさい存在であることに気付いたようだ。
あれだけの騒音を継続的に直接ぶつければ、常人ならとっくに発狂しててもおかしくないと言うのに、信乃は夥しい傷を負いながら正気を保っている。
しかしそれは時間の問題だ。
多勢に無勢を体現したようなこの戦場では、信乃の戦法が瓦解するのはそう遠い話では無い。
――対魔術を、使うか?
そんな考えが、頭をもたげる。
今から術を行使すれば、この部屋にいる家鳴りどころか、マンション中の妖魔を一瞬で殲滅することも可能だ。
でも、それは駄目だ。
信乃の対魔術では、妖魔を殺すことはできても人を救うことはできない。
殺すだけで、救えない。
そんな自分を、これまで何度呪っただろう。
ぎりっと歯噛みした、その時だった。
「デイヤァァァァァァァァ!」
咆哮と共に、ガラスが蹴破られた。
飛び込んできたのは、着崩した制服を身に纏った少年。
その勢いは止まらぬまま、少年の足は信乃に角を突き立てようとした家鳴りの顔面にめり込んだ。
勢いが尋常ではないその一撃に、家鳴りの矮躯が吹っ飛ぶ。
壁に盛大に叩き付けられた家鳴りは、僅かに痙攣するとそのまま息絶え消滅した。
想定外の乱入者に、家鳴りすらも騒音を出すのを止めた。
「千、草……?」
信じられないと、その名前を呼ぶ。
少年――千ヶ崎千草は、肩を鳴らしながら信乃の方へ振り向いた。
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