第106話 思いがけずの帰郷です
「んー……今日も綺麗な日没。湖に移る夕日は、何度見ても飽きないわねぇ」
ドーラ・エドモンズは、自宅の前に立ち、のんびりと風景を見ていた。
夕飯のクリームシチューはすでに完成している。
ちょっと作りすぎてしまったが、残ったら明日も食べればいいのだ。
もう夏が終わったので、腐ることもないはずだ。
夫であるブルーノは、町の近くにモンスターが出たとかで、冒険者ギルドの依頼で討伐に行っている。そろそろ帰ってくる頃合いだろう。
なにせブルーノは一人でドラゴンを倒せるAランク冒険者。ドーラもそうだが、この辺にいるモンスターに遅れをとったりはしない。
たまに、もっと強力なモンスターがいる地方に行きたくなることもあるのだが、このミーレベルンの町に住むことにしたのは、子育てのためである。
流石のドーラとブルーノも、ドラゴンやベヒモスと戦いながら子育てはできない。
のどかな環境で子供を育てたかったのだ。
そして、愛娘ローラは今、王都にいる。
ミーレベルンの町と王都なら、会おうと思えば、いつでも会いに行ける距離だ。
ローラはまだ九歳の女の子。
ドーラとブルーノはまだまだ子離れできていないし、ローラだって親離れするには早い。
夏休みや冬休みといった長期休暇には里帰りして欲しいし、こちらから会いに行くこともあるだろう。
よって、強いモンスターがいる場所に引っ越すのは、ローラがもっと一人前になってからだ。
「お母さーんっ!」
空から、ローラの声が聞こえてくる。
「あら? ローラのことを考えていたら、幻聴が聞こえてきたわ。もう、私ったらどれだけあの子のことが好きなのかしら」
「お母さーんっ! シャーロットさんを受け止めてぇぇぇ!」
幻聴にしては随分と切迫した声だなぁと思い、聞こえてくる方角を見ると、驚くべき光景がそこにあった。
夏休みにローラが連れてきたシャーロットという子が、白目になり、もの凄いスピードでこっちに落ちてくる。
それをホウキに乗ったローラが追いかけている。
一体これはどういう状況なのだろう。
ベテラン冒険者であるドーラにも全く想像ができない。
とにかく、受け止めないと大惨事になるのだけは理解した。
「本気モード!」
ドーラは気合いを入れ、肉体を強化。
全身からシュワシュワとオーラを出して、風を巻き起こす。
ローラいわく、これは気合いではなく魔法らしいが、細かい理屈はどうでもいい。
とにかく本気モードになると強くなるのだ。
「ていっ!」
ドーラは、隕石のように落ちてきたシャーロットをガッチリ受け止める。
両足で踏ん張るが、あまりにもシャーロットの勢いがありすぎて、地面がえぐれていく。
「でやぁぁぁ!」
シャーロットを胸で受け止めたまま、背後にある湖へと押し込まれていく。
が、二人で水面に突っ込む直前、ようやく勢いが死に、運動エネルギーは全て消えた。
ミーレベルンの町は救われたのだ。
「ふう……ビックリした。何がどうなってるの?」
空から自分の娘のクラスメイトが超スピードで落下してくるなんて、なかなか経験できることではない。
咄嗟に受け止めた自分を褒めてあげたいくらいだ。
「お母さん、シャーロットさん、無事!?」
そこにローラが乗ったホウキが降りてくる。
その背中にはアンナと、それから初めて見る獣人の子。
あと、ローラの頭の上に白いドラゴンの赤ちゃんがしがみついている。
「無事だけど……ええっと、ローラ、夏休みの宿題はちゃんと終わった?」
どこから突っ込んでいいのか分からないので、ドーラは一番教育的なところから会話を始めることにした。
「うん。ちゃんと終わったよー」
そう言ってローラはホウキから降りる。
アンナと獣人の子もそれに続いた。
「ドーラさん、夏休みはお世話になりました」
アンナがぺこりとお辞儀する。
「あらあら。こちらこそ、お父さんがお世話になったわ。アンナちゃんのおかげで元気になったようなものだから。それで、そっちの子は?」
「えっとね、オイセ村から来たミサキさん。今は学食で働いてるの。ミサキさん、この人は私のお母さんの、ドーラ・エドモンズです」
「おお、ロラえもん殿のお母さんでありますか! ミサキであります。よろしくお願いしますであります」
獣人のミサキという子は、耳と尻尾をピコピコ動かしながら自己紹介する。
とても可愛い子だ。顔も可愛いが、なにより耳と尻尾がいい。
……触りたい。
「そして、私の頭の上にいるのがハク」
「ぴぃ」
ドラゴンの赤ちゃんは、ローラの頭の上で立ち上がり、バサッと翼を広げて見せた。
「ローラはドラゴンを飼うことにしたの? 今はいいかもしれないけど、大きくなったらエサが大変よ。それにいつまでも懐いているとは限らないし……」
「違うよお母さん。ハクはドラゴンそっくりだけど、ドラゴンじゃないんだよ」
「ぴ!」
ハクは、まるでローラの言葉を理解しているように反応する。
確かに、普通のドラゴンよりも知性が高いように見える。
夏休みが終わって二学期に入ってから、まだ一ヶ月も経っていないのに、何やら色々なことがあったようだ。
「ねえ、ローラ。よかったら夕飯を食べていかない? クリームシチューを沢山作ったの。もちろん、お友達も一緒に」
「もちろん食べる! お母さんが作ったものは、オムレツじゃなくても美味しいから!」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるのね」
と、丁度そこにブルーノが帰ってきた。
「おおっ、ローラじゃないか! あとその友達! ローラもアンナも、ちゃんと剣の稽古は続けているか!?」
「もちろんだよ、お父さん」
「師匠の教えは忠実に守っている」
「そうかそうか! いやぁ、よく来たなぁ。どうしたんだ、学園が休みになったのか?」
「うーん……そうじゃないんだけど、色々と複雑な事情があって」
そう言ってローラは頭をポリポリかく。
白目のシャーロットが超スピードで降ってくるような事情なのだから、かなり複雑なのだろうとドーラは予想する。
その辺は、クリームシチューを食べながら聞くことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます