第56話 皆でお風呂です

「ふぅ……寮の大浴場に入るのは久しぶりですが、相変わらず広いですねぇ。夏休みだから誰もいないし、貸し切りで素晴らしいです」


 ローラは頭にタオルを乗せて浴槽に浸かり、全身から力を抜く。

 左右にはシャーロットとアンナがいて、同じようにまったりした顔をしている。

 そしてハクは生まれて初めて見る大浴場に興奮したのか、浴槽の中をばしゃばしゃと元気に泳ぎ回っていた。


「貸し切りで素晴らしいのはいいのですが……どうして大賢者様まで大浴場にいるのです?」


 そう疑問を口にするシャーロットの視線の先には、頭をワシャワシャ洗う銀髪の女性がいた。

 まさしく大賢者。この学園の学長、カルロッテ・ギルドレアである。

 そんな偉大な人物が、なぜ学生寮の大浴場で頭を洗っているのか……全ては神獣ハクのためである。


「いくらあなたたち三人が優秀だからって、生徒だけに神獣を任せるわけにはいかないもの。今晩は私も学生寮に泊まるわ。さっきも説明したじゃないの」


「それは確かに聞きましたけど……まさかお風呂まで一緒だとは思いませんでしたわ」


「いい機会だから、あなたたちと裸のお付き合いをしようと思ってね」


 そう言って大賢者は髪に付いた泡を洗い流して、浴槽に入ってきた。


「あぁ……広いお風呂って本当にいいわね。あなたたち、毎日入れて羨ましい。私も生徒になろうかしら」


「学長先生が生徒になったら、エミリア先生が気を使っちゃいますよ」


「ふふ、そうね。あの子、真面目な性格だから、ストレスで胃に穴が開くかも」


 なぜか大賢者は嬉しそうに言う。

 エミリアの胃に穴を空けたいのだろうか。


「……学長先生。一つ質問」


 今まで黙っていたアンナが、授業中みたいに挙手をした。


「ん? どうしたのアンナちゃん」


「どうやったらそんなに胸が大きくなるの?」


 アンナは大賢者の胸を凝視しながら呟く。

 予想外の質問に、ローラとシャーロットは固まった。

 しかし当の大賢者は臆した様子もなく、「アンナちゃんのえっちー」なんて笑っている。


「えっちとかそういう問題ではなく。これは真剣な話。私はもう十三歳なのに、なかなか膨らむ気配がない。どうやったら学長先生みたいに、湯船に浮くほど大きなおっぱいになれる?」


 アンナの言うとおり、大賢者の胸はかなりのボリュームだった。

 服を着ているときはさほど目立たなかったが、こうして裸のお付き合いをすると、嫌でも目に付く。

 今はお湯に浮いているのでなおさらだ。


「あらあら。十三歳なら、これからこれから。これからどんどん大きくなるわよ」


「本当?」


「ええ、本当。それに私に聞くよりも、身近に大きなおっぱいの持ち主がいるじゃない。ほら、十四歳でこの胸って反則じゃない?」


 なんて言いながら、大賢者はシャーロットの胸に手を伸ばす。


「ふぁっ!?」


 不意に胸を揉まれたシャーロットは変な声を出す。

 しかし大賢者は構わず、ムニッムニッと手を動かした。

 なるほど。確かにシャーロットの胸は大きいとローラも思っていた。十四歳でこれはかなり凄い。


「悔しいから今まで聞かなかったけど、こうなったら開き直る。大きくするコツを教えて。むしろ分けて」


 そしてアンナもシャーロットの胸をムニムニし始める。


「ひゃああっ! 二人とも何をするのです! コツなんてありませんわ。勝手にこうなっただけです!」


「……勝手に? そんな言い訳は聞きたくない。早く白状するべき」


「ふふふ。さっさと白状した方が楽になれるわよー」


「ちょっ、二人ともやめてくださいまし……! ローラさん、見てないで助けてくださいな!」


 シャーロットはローラに助けを求める。

 それを受けてローラはシャーロットの後ろに回り込み……二人と一緒になって胸をムニッとした。


「あひゃぁ! ローラさん、何を!?」


「この中で一番小さいのは私です。つまり、胸を大きくするコツを一番知りたいのは私なのです! さあシャーロットさん、大人しくコツを吐くのです!」


「で、ですからコツなど……ああ、いけませんわ……誰か、お助けぇ」


 シャーロットは弱々しい声で呟く。

 しかし、この大浴場には、あとハクしかいない。

 そしてハクは湯船を泳ぐのに一生懸命で、こちらに全く頓着していなかった。

 神獣のような高貴な存在にとって、人間の胸などどうでもいいのだろう。


「さあ、観念してくださいシャーロットさん!」


 その後、十数分に渡ってローラたちの尋問は続いた。

 だが結局、シャーロットは悲鳴を上げるだけで、何も教えてくれなかった。


        △


 お風呂から上がったあと、ローラたちは脱衣場で着ぐるみパジャマに着替える。

 かつて、これと同じ着ぐるみパジャマを着た『着ぐるみ戦隊パジャレンジャー』という謎の三人組が、リヴァイアサンを退治したことがある。

 何を隠そう、その正体はローラたちなのだ。

 いわゆる『クラスの皆にはないしょだよ』というやつだ。


 不思議なことにエミリアには正体がバレてしまったが、それはきっと、彼女が類い希なる推理力を持っていたからだ。

 ゆえに大賢者の前で着替えても問題ない。


「って、あれれ? 学長先生も着ぐるみパジャマですか!?」


「じゃじゃーん。あなたたちに合わせようと思って、さっき急いで買ってきたのよ」


「おお。大賢者は素早いです!」


 大賢者が着ているのはサメの着ぐるみパジャマだった。

 何だか、サメに食べられている人が、辛うじて顔だけ口から出しているように見える。


「シャー! あなたたちのこと、食べちゃうわよー!」


「うわぁ、肉食系です! 皆さん、逃げましょう!」


「ぴー」


「あれは本気でお腹をすかせた目ですわぁ!」


「私は猫だから食べても美味しくないよ。兎のシャーロットを食べるべき」


「アンナさん!?」


 ローラたちは大賢者から逃げるため、ドタドタと廊下を走っていく。

 あんまりうるさくしたので、途中で寮長に見つかって叱られてしまった。


「あなたたち、廊下を走るなっていつも言ってるでしょ!」


 寮長は四十歳くらいの女性だ。

 冒険者とは無関係の一般人であるが、その説教は妙に迫力がある。

 彼女に怒られると、生徒は皆、しゅんとしてしまうのだ。


「そうよ。走らないで大人しく私に食べられちゃいなさい」


 大賢者は寮長の隣に立ち、ドヤ顔で語る。


「あなたが一番うるさかったんですよ学長! いい歳して子供たちと一緒になって……恥ずかしくないんですか!?」


「……ごめんなさい」


 大賢者ともあろう者が、普通の中年女性の前で小さくなった。

 ひとしきり怒られてから、四人と一匹は部屋に行き、怒られないように大人しくベッドに潜り込んだ。

 一番大切なゲストであるハクは、布団の上でクルリと丸まり、まっさきに寝てしまう。

 幸いにも、四人とも小柄なので、ベッドが狭く感じることはなかった。

 二名ほど胸がふくよかな者がいたが、それはいい枕になるので、ローラ的にはむしろ歓迎である。

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