第47話 山狩りです

 ローラたち三人はお風呂に入って体を洗いっこし、寮からもってきた着ぐるみパジャマに着替え、リビングに戻る。


「お母さん、お風呂空いたよー」


「はーい……って、あらあら。何て可愛いパジャマなのかしら。元から可愛いくせに、そんな……!」


 ドーラはローラたち三人をまとめて抱きしめ、撫で回す。

 それから解放され、二階の部屋に移動としたとき、アンナがドーラの服を引っ張り、上目遣いで口を開く。


「シャーロットはドーラさんの弟子になった。そこで私はブルーノさんの弟子になりたい。紹介して欲しい」


 それは予想外の内容だった。

 ローラにとってブルーノとは父親。そしてアンナは学園の友達だ。

 その二人が師弟関係になるなど、想像もできない。

 だが、よく考えてみれば、ブルーノ・エドモンズというのは剣士にとって、ある種ブランドのようなものだ。

 一緒にパーティーを組んだことがあるというだけで、人に自慢できるという。

 そんな男の剣技を間近で見せられ、同じ剣士であるアンナが平静でいられるわけがない。


 ローラは、毎日ブルーノに稽古をつけてもらっていたことが如何に贅沢だったかを、今更のように悟る。


「お父さんの弟子にねぇ。でもあの人、今はショックでそれどころじゃないと思うし……いえ、だからこそいい刺激になるかしら? じゃあ明日、お父さんがいる山まで行きましょうか。精確な位置は分からないけど……皆で山狩りよ!」


「おー」


 山狩りと聞いてアンナは掛け声とともに拳を突き上げた。

 しかし今、ドーラは「皆で」と言っていた。

 つまりローラとシャーロットも付き合わされるということだ。

 アンナのためなら、いつでも一肌脱げるが、自分の父親を山狩りするのは気が引ける。


「ふふふ……あのブルーノ・エドモンズを相手に山狩り……腕が鳴りますわ!」


 やたらとやる気を出している金髪のお嬢様もいる。

 どうも嫌がっているのはローラだけらしい。


「そうと決まれば、今日は早く寝たほうがいいですわ!」


「三人で寝るの楽しみ」


 シャーロットの提案に、アンナがコクリと頷く。

 二人はローラの腕を引っ張り、二階の部屋に向かった。


 そして――どちらがローラを抱き枕にして寝るかという言い争いを始め、少し夜更かしすることになってしまった。


        △


 次の日、ドーラを先頭にして、四人でゾロゾロと山に向かっていく。

 山といっても、さほど大きなものではない。

 半日あれば町と山頂を往復することができる。

 生息しているモンスターも、一角ウサギや三ツ目トカゲなど弱いものばかりだ。

 とはいえ、どこにいるのか分からない人間を一人捜し出すのは骨が折れる。


「お母さん。お父さんの居場所に心当たりあるの?」


「心当たりというか、こういうときのお父さんは、足跡が分かりやすいから」


「足跡?」


 ブルーノの足は確かに大きいが、だからといってハッキリ分かるほど地面に残るだろうか。

 ローラたちは不思議そうに顔を見合わせつつ、ドーラのあとを追いかける。

 すると、斬り倒された大木が現われた。


「え、なにこれ。明らかに刃物で切ったあと……しかも葉っぱが青いままだから、切ってから時間が経ってない?」


「ですがこんな大きな木を切るというのは重労働ですわ。普通、木材として売るために切るものでしょう。なのに無造作に放置しているなんて……」


「まるで通り魔みたい」


 ローラたちは切り株と倒れた木を見つめる。

 両腕を使っても抱きしめられないくらい太い木だ。

 断面はとてもなめらかで、ノコギリではなく剣で斬ったように見える。

 こんな大木を剣で切断できる者は、さぞ優れた剣士に違いない。


「もしかしてお父さん!?」


「多分そうよ。ローラが生まれてからはやらなくなったけど、お父さんって怒ったり落ち込んだりすると、森とか山にこもって、その辺の木に八つ当たりするのよ。どんな大きな木でもズバンと一刀両断」


「え、でも、木がもったいないよ」


 むやみな自然破壊はあまり感心しない。


「そこは大丈夫。あとで冷静になってから、ちゃんと丸太にして売るの。駆け出しの冒険者だった頃はいい稼ぎになったわ」


「へえ……そんなことしてたんだ」


 ローラは父の意外な一面を知り、複雑な気分になる。

 しかし思えば、自分が生まれる前の両親のことなんて、ほとんど知らない。

 もちろん冒険者として有名だから、そのエピソードは勝手に耳に入ってくる。

 ブルーノ自身が自慢げに語ることもあった。

 だからローラは、両親は偉大な冒険者だったと、そういう光の側面だけを見ていた。

 だが、ブルーノが魔法嫌いになったエピソードが意外としょうもなかったり、こうして木に八つ当たりしたりと、情けないところを知ってしまった。

 知ったが、それでもローラは父のことが大好きなままだった。


「丸太で稼ぐ……いいこと聞いた」


 アンナはとても感心した様子で頷いている。


「ああ、でも。町から近い森は、そこの領主様の森だから、勝手に木を切ると怒られるわよ。深い森の奥じゃないと駄目。私たちはここの領主様と仲良しこよしだからいいけど」


「……割に合わなそう」


「そうね。儲けだけを考えたら、モンスター狩りをしたほうがいいと思うわ」


 それを聞いたアンナはがっくりと肩を落とした。

 するとシャーロットがローラに、ひそひそと耳打ちをしてくる。


「……やはりアンナさんはお金に困っているのでしょうか?」


「うーん、そんな感じですね。でも本人には聞きにくいですし」


 野宿同然の生活を送るならともかく、町で暮らすにはお金が必要だ。

 お金がとても重要なものだということくらい、九歳のローラだって知っている。

 貧乏というのは大変なことなのだ。少なくとも自慢できることではない。

 だから「あなたは貧乏ですか?」とは聞きにくい。


「ねえ、皆。ちょっとこっちに来て」


 ドーラに呼ばれ、ローラたち三人は向かっていく。

 そこにも切られた木が転がっていた。

 ただし一本や二本ではない。

 十数本。

 まるで道を開くようにして、一直線に切られていた。


「お父さんはこの向こうにいるみたいね」


「ブルーノさんは、私が弟子にしてって言ったら、弟子にしてくれる?」


「さあ。そこはアンナちゃんの才能を見せつけてあげたらいいんじゃない?」


「……分かった。頑張る」


 アンナはグッと拳を握りしめた。

 しかし、才能を見せつけると言っても、具体的に何をするのだろう。

 まさかいきなり斬りかかるのだろうか。

 いや、ブルーノに対しては、そういう分かりやすい方法が有効かも知れない。


 アンナの剣は、太刀筋が真っ直ぐだ。

 それを見れば、落ち込んでいるブルーノもやる気をだすかもしれない。


(あれ? お母さん、そのためにアンナさんを連れてきたのかな?)


 ローラは、夫婦というものを、ちょっとだけ知ったような気持ちになった。

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