第339話.神々の加護

 ムーアが取り出したのは、ヒケンの森のソーギョクの通行許可証。


『あのね、ヒケンの森のオニ族の力は弱いわよ。それでもね、御神酒の持つ力は絶大なのよ。この結界なんかよりも遥かにね!』


 その言葉に唖然としてしまう。ヒケンの森を象徴する魔物といえばゴブリンで、その驚異度は最低ランクでしかない。しかし、ゴブリンに応じた結界ではなく、首都トーヤよりも遥かに強固な結界が張られているとは信じ難い。


「オニ族の村は、そんなに強固な結界で護られているのか?」


『上位種の魔物でさえ、全く歯が立たないでしょうね』


「でも、ゴブリンに滅ぼされそうになってたじゃないか?」


『それは結果の外での話でしょ!』


 神々はあくまでも御神酒に応じた加護を与える。オニ族の驚異となるのがゴブリンであり、それが過剰な加護であったとしても構わない。しかし、結界という安全な領域を与えるだけで、オニ族自身に力を与えることはない。仮に結界の外でオニ族が殺され、ヒケンの酒が造れなくなったとしても、それを助けるようなことはしない。


「加護といっても微妙な気がするな」


『だから私は、神々の気まぐれって呼んでるのよ』


「もしかして、俺がヒケンの村に入ったことは···」


 ゴブリンキングを吸収した俺が、ヒケンの村に入ったことは、今にして思えば危険でしかなかった。もしゴブリンキングを吸収した俺が、神々の結界に拒絶されていたと思うと、背筋に冷たいものが走る。それからすればトーヤの結界の中に入ることは造作もないことかもしれないが、必要以上に危険を犯そうとは思えない。


「旦那、来やすぜっ」


 混乱したハチ族の隊列から、指示を出していたハチ族がこちらに向かって飛んでくる。大勢の蟲人達の前で失態をさらし怒り心頭に発した様子で、羽音よりも感情の声の方がうるさく聞こえてくる。


「原因解明も出来ていないのに、俺達が犯人と決めつけてるみたいだな。それに、少し逆上し過ぎじゃないか?」


『でも、あなたが犯人である事も、混乱を収拾する方法も間違ってはいないわよ』


 音を消されたハチ族が居なくなったことで混乱は収まり始める。逆上し意図した行動でなくても、結果として問題は改善に向かっている。


「どうする、やっぱり逃げるか?今なら、まだ間に合うだろ」


『大丈夫よ。ルークが何とかしてくれるわ』


 どうしたものかと悩む間もなく、存在をアピールするようにウィスプのルークが出てくる。似たような大きさのハチ族に対して、明らかに勝負をしたがっている。最初に出会った時も、俺が無属性魔法の練習で作り出した玉に襲いかかってきたのだから、似たようなものに闘争心を掻き立てたり心をくすぐられているのは間違いない。


「任せても大丈夫なのか?守護者のオークロードとも渡り合える力があるんだぞ」


『一瞬で、逆上は収まるわよ』


「ルーク、加減出来るのか?」


 ルークが明滅しながら俺の前に出ると、左手をハチ族に向かって伸ばし、数度指先を軽く曲げる。かかってこいのジェスチャーにハチ族の発する羽音は、さらに一段階音を高くし、真っ正面からルークを撃破にしにくる。


 バチッ


 ぶつかると思われた瞬間、ルークの青い光が輝きを増すと向かってくるハチ族に雷が伸びる。ルークの体は全く動くことなく軽く弾けた音だけが響く。そして、軌道を地面よりに変えたハチ族が、勢いを失くしてフラフラと落ちてくる。


「チェン、受け止めてやれ。ルークが加減しても、落ちて死んだらマズいことになるだろう」


「あっしがっすか?そんな趣味はないっすし、ルークがいるじゃないっすか?」


「まだルークは雷をまとっているだろ。同族なんだから助けてやれ」


 チェンは渋々と空へ舞い上がると、落ちてくるハチ族の襟首を片手で掴む。そして何故か、俺じゃなくムーアの前へと戻ってくるのは、条件反射的な行動かもしれない。


「持ってきやしたぜっ」


『まだ意識はあるのかしら?』


「大丈夫ですぜっ」


 左手で摘まんだハチ族をムーアの目の高さに持ち上げる。軽く揺すってみせると、薄らと目を開ける。そこに、ムーアはソーギョクの通行許可証を突き付けると高らかに宣言する。


『わたくしを酒の精霊と知っての蛮行なのですか?ヒケンの森のソーギョクの依頼で持参した、御神酒を掠め取ろうとは神をも恐れぬ所業。トーヤの街には神罰が下るでしょう!』

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