第316話.失われた目
「うっ、苦しいですわ。このままでは、私は死んでしまうかもしれませんの」
俺の嫌そうな声が聞こえたせいか、ゴルゴンの話し方が急に変わる。
「さっきまで“僕”っていってた癖に、急にか弱いお嬢様を演じるな」
それでも、今にも消滅してしまいそうなのは間違いじゃなく、下らない話をして時間を無駄にする余裕はない。マジックソードを構えると、ゴルゴンの顔が真面目なもの変わる。そこには、魔物ではあるが気品であったり高貴ささえ感じさせる。
「ありがとう、僕を殺してくれる気になったのね」
「俺の事が見えてるのか?」
「僕は見えてないよ。蛇達が教えてくれるんだ。だけど、君の姿は想像することしか出来ない」
「俺が魔石を破壊したからといって、俺の中で生きられると決まった訳じゃないぞ」
魔物といっても、何処まで吸収出来るのかは分かっていない。ゴブリンやハーピー·オークであれば、俺の中で自我を持ち力を行使する事が出きるのはロードだけであり、キングやクイーンの存在は感じ取れない。
その一方で、タイコの湖を埋め尽くしたスライムのコールは自我がある。存在からいえばキングやクイーンのように思えるが、ゴブリン達とは少し違う。さらには特性の影響もあるが、俺から分離して力を行使も出来る。
「大丈夫。自身はあるんだ」
しかし、いざ魔石を破壊しようとすると、コアが間に割って入ってくる。
「旦那様、少しお待ち下さい。私は納得が出来ません」
コアと感情を共有する俺には、コアの強い意志が伝わってくる。魔石を破壊する事を否定するのではなく、このままではいけないという強い感情。
「コア、何が良くない」
「殺す前に、目を!魔石を治してやりたいのです。会ったばかりの、それも姿すら見えない相手に取り込まれるのでは、不憫でなりません」
「うんっ、あなたは誰?僕は気にしていよ」
「私はカショウ様の第一夫人。まずは、その認識を改めて下さい」
「じゃあ、僕は魔物の中の第一夫人でイイよ」
その時、ゴルゴンの体が力なく落下し、再び膝を突いた状態で止まる。消滅が近いのかと焦らせるが、コールの羽が何事も無かったかのように、ゴルゴンの体を持ち上げる。
「ウチは、あなたの魔力を貰って強くなったけど、一番だけは譲れんよ。それが認めれないなら、ウチは反対!」
「分かったよ、魔物の第一は諦めるよ。僕は他の第一を探すからさ」
コールの抗議の声に、ゴルゴンはあっさりと引き下がる。
『痴話喧嘩は終わったみたいなら、さっさと話を進めてくれるかしら。ゴルゴンを吸収するにしても、瞳の力を回復させて役に立つ存在であることが一番よ!』
ムーアによって新しくもたらされたロジックに、俺もコアも何も言えない。俺の精霊達は従属させることを好み、第一精霊はクオンであるという絶対認識がある。だからそんな不毛な争いは起こらず、最優先事項となるのは如何に魔力を消費する、役立つ存在であるかということだけになる。
ブロッサがゴルゴンに近付き、潰れた瞳へと手を伸ばす。進化したブロッサの姿はヒト型となっているが、進化前は蛙の姿をしていた。それだけに、蛇が残るゴルゴンの頭に手を伸ばすことが不安に思える。
大人しくしていた蛇達が、本能的にブロッサの手に反応し、再び鎌首をもたげる。
「死にたくなかったら、大人しくしてなサイ。その程度の毒が私に通用すると思ってルノ」
ブロッサの言葉をゴルゴンは聞き取れていないはずだが、補食以上の本能が危険を察知したようで、再び大人しくなってしまう。
ゴルゴンの頬にそっと手を触れると、そこからゆっくりを潰れた目蓋の方に移動させてゆく。目の見えないゴルゴンの事を気遣ったブロッサの優しさでもあり、魔物といえど力や存在を認めているようにも見える。
『ブロッサ、どうなの?』
「簡単に回復しないように傷つけられテル。悪意しか感じられなイワ。魔石も損傷じゃなく、大部分を欠損している状態ネ」
『そう、残念ね』
ムーアの言葉は短く簡潔で、それが力を取り戻すことが難しいことを教えてくれる。それでも、ブロッサが不可能と言ってはいないので、一縷の望みはあるかもしれない。
「魔石を回復させる事は不可能なのか?」
「欠損した魔石は、ポーションでは回復させてやれナイ。時間をかけて自浄作用で回復するのを待つしかなイワ」
「力は回復させれなくても、せめて見えるようにしてやれないのか?」
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