第281話.蟲人族の隠れ家

 スライムを吸収して、俺の魔力を消費させる···。全く考えなかったわけではないが、頭の中を一瞬過っただけでしかない。


「俺の感情の声が聞こえたのか?」


『やっぱりね···。聞かなくても、あなたの考えそうな事は分かるわよ』


 周りの冷たい視線が、俺へと突き刺さる。


「リスクは分かってるよ。制御出来なければ、毒を撒き散らす兵器にしかならない」


『分かってるならイイわ』



 その間も舟は水路を進み、いくつもの橋の下をくぐり抜けながら倉庫街の奥へと進んでゆく。十以上もの橋をくぐり抜けているが、人の気配は感じられない。いくらタカオやオヤの街が混乱しているといっても、あまりにも人の気配が少なすぎる。


 時折チェンが迎えの蟲人族の顔を見ると、2人は黙って頷く。チェンも他の蟲人族も一切声を出すことはなく、会話を聞かれる事を恐れているのかもしれない。それは、この街でチェンが何をしてきたかを教えてくれるが、今は俺との契約で縛られているしフタガの領主となってしまったことに変わりはない。


「やはり、状況は悪くなってるっぽいすね 。もう少しで着きやすんで、後は現状を見て欲しいっす」


 そりて俺やムーアの視線を感じたのか、チェンはそれだけを告げる。


 さらに 舟は進み、街を隔てている壁が近づいてくる。倉庫街はここで終わりとなるが、水路は壁の下を通りさらに奥へと続いている。そして、壁には舟が辛うじて通れる程度の、アーチ状の小さな空間が残されている。


「ここを通りやすので、体を低くしてだせいっ」


 チェンの真似をして舟に寝そべるが、その状態になってしまえば舟を操作するとこは出来ず、水の流れに任せて奥へと進んでゆく。最初は壁を潜る間だけかと思ったが、トンネルの奥は見えずにしばらく水の流れに身を任せる。


「そろそろ着きやすぜっ」


 チェンが声を掛けてくるが、まだ光は見えてこない。それでも、舟はゆっくりと速度を落とし始める。


「上でさっ」


 蟲人達が明かりを灯すと上へと登る穴があり、そこには縄梯子が掛けられている。そして上からは、今までは感じられなかった人の気配と感情の声が聞こえる。


『どの感情の声も、弱々しいわね』


「さしずめ、隔離施設ってところだろうな?」


「旦那っ、お願いやしやすっ」


 チェンに促されて縄梯子を登ると、物々しい像が俺達を迎えてくれる。風神雷神のような像が、穴を上がってくる者に睨みを利かせてくる。像ではあるが強い視線を感じるのは、この像がマジックアイテムであるからなのだろう。


「チェン、この像はマジックアイテムなのか?」


「へいっ、旦那達からすれば玩具のようなものっすけど、侵入者を排除する為のトラップでさっ。ここはイスイの街でも蟲人族しか知らない秘密の場所で、蟲人族以外の者が入るのは今回が初めてっすよ」


 という事は、建物の奥から感じられる気配は全て蟲人族になるのだろう。まだ薄暗くて中の様子は見えないが、恐らくは百人以上がスライムの魔毒を吸収してしまっている。そしてこの像は、ここから逃げ出さない為の監視の役割をしているのかもしれない。


「それで、目的地はここなのか?」


「へいっ、ここでさっ!」


 ここまで来て初めて、チェンが目的地に着いた事を告げてくる。


「リッターを出しても大丈夫か?」


「ここまで来れば大丈夫でさっ」


 リッターを召喚すると、そこには悲惨な光景が広がっている。横たわっているの蟲人族は、魔力だけでなく鼓動や脈拍の音も弱々しく、体の色が黄色く変色してしまっている。


「ブロッサ、まだ間に合うか?」


「ポイズンミスト」


 ブロッサは俺の問いに魔法で応じ、青いミストが部屋全体を満たしてゆく。個別にポーションを与えてまわる余裕はないくらいに、状況は切迫している。


「シナジー、ミストを制御出来るかしら?」


 するとネコ耳エルフ姿のシナジーが現れて、青いミストを蟲人族の周りへミストを集める始めると、徐々に呼吸が落ち着きを取り戻し、黄みがかつた肌の色も元の色へと戻り始める。それと同時に、スライムの苦しむ感情の声が聞こえる。


「やはり、スライムも吸収しているのか」


「チェン、青いミストは解毒剤ヨ。もう一度言うけど、解毒剤はスライムの魔毒を中和するだけで、スライム自体は倒せないワ。一時的に症状が改善したように見えても、徐々に悪化していくワヨ」

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