第279話.侵入
「これが、イスイの街なのね」
あまり感情を見せないガーラでも、イスイの街並みを見て感嘆のため息を漏らす。
外壁の上に登ると、そこにレンガ造りの町並みが広がる。街を仕切る壁はさらに4枚もあり、奥に行くにつれて高さを増してゆく。そして、イスイの街の最大の特徴といえるのが、大河であるソウ川から引き込まれて造られた水路になる。水路は街の至る所に張り巡らされ、まるで水に浮かんだ街よのうにも見える。
目の前に見える大きな建物群は、全て大きな水路で囲まれ建物毎に船着き場がある。街の外壁に近い場所は、荷物を運ぶだけの水路でなく、防犯や外壁を越えてきた外敵を足止めする水堀の役目も果たすのだろう。
「ここが水の都イスイでさっ」
「ここは倉庫街なのか?」
「ええっ、タカオからの物流も減りオヤの街も混乱状態なので、ここが一番の人気のない場所になりやす」
「それで、一番の奥にあるのが領主の館になるのか?」
「そうでさっ。三層以降はあっし達が行けるような場所じゃないっすけど、一応領主の館があるらしいっすね」
「行ったことあるんだろ?」
「旦那、あそこを見て下せえっ!」
チェンはあからさまに話を逸らしてくるが、そこに見えてきたものは十分にその効果がある。
「もしかして、あれは飛行船?」
「そうですぜっ、驚きやしたでしょ!アシスの中でも魔法技術の粋を集めてつくられた飛行船でさっ」
アシスの魔法技術を集めれば飛行船くらいは造れるのかもしれないが、蟲人族は魔法に特化した種族ではなく、その技術を持っているとは思えない。それなのにチェンは自分の事であるように自慢してくる。
「飛行船は蟲人族が造ったのか?」
「まあ、それは色々でさっ。ただ運用出来るのは、蟲人族しかいないんすよっ!」
飛行船は、首都トーヤでエルフ族やドワーフ族、巨人族などの全ての技術を集めて造られたが、その一番の目的は、タカオやオヤの街の資源や物資を運ぶことにある。
そして飛行船を操れるのは、風を読む能力に長けて、巨大な船を操る人員を集めれるの蟲人族しかいない。ましてハーピーのような空を飛ぶ魔物が現れれば戦う必要がある。
「さあ、時間がありやせん。先を急ぎやしょう!」
チェンは周囲の様子を窺うと、案内役のトンボ族に合図を送る。その行動が、これが正規の認められたルートであるとは考え難い。
「最短距離といっても、このルートは大丈夫なのか?」
「大丈夫でさっ。昔から良く使うルートなんで、自信がありやす!」
「何の自信なんだ?迷わない自信じゃないだろ!」
「もちろん、見つからないに決まってるじゃないっすか!」
俺は名にも聞いていないし、それに名にも知らない!今は自分にそう言い聞かせなければ、この先に進む自信はない。
『そんなの無理よ。どの世界に壁を飛び越えて侵入することが問題にならない街があるの。いくらイスイの防衛隊であっても、こんなのが···』
「さあ、急ぎやしょう!時間がもったいないっすよ」
チェンはサムズアップすると、今度は逃げるように壁から飛び降りて姿を消してしまう。その動きは非常に慣れていて、何の迷いもなくどんどんと先へと進んでしまう。
『逃げられたわね』
「壁を飛び越えてしまえば、もう後戻りは出来ないんだろ」
『もうチェンが越えてしまったから遅いわよ。立派な共犯者でもあり、見つかれば殺されても文句は言えないでしょ』
それならば、もう見つからずに完璧に侵入してみせるしかない。諦めてチェンの後を追いかけるが、チェン達はハンドサインを送りながら、動きを止めることなく先へ先へと進んでゆく。その姿は全うな蟲人族であったとは思えない。
しばらく黙ってチェンの後を追いかけるが、最短距離と言った割には街の中心からは遠ざかり、次第に人の気配もない場所へと進んでゆく。そして船着き場が見えてくると、俺達を見つけた船頭達は手際よく船を出す準備を始める。
「旦那、ここからは船に乗りやすっ。しかし、なるべく水には触れないようにしてくだせっ!」
そのチェンの言葉にブロッサが反応する。
「カショウ、ここの水には気をつケテ。もう、毒で汚染されてルワ」
ブロッサに言われて水路を見ると、確かに水には普通では見れない臭いが感じ取れる。
『ブロッサ、これもヒガバナの毒なの影響?』
そしてブロッサは水路の水を掬うと口に含む。
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