第162話.力の解放
ワームが少しずつ後退りを始めた理由は、攻撃する手段が無くなったからに違いない。触手を失い、飲み込もうにも体の中は異物で塞がれてしまっている。ハンソの出した岩が重石となって、ワームの体は思うように動かない。
ハンソの出した本気は想像以上だった。後で分かった事だが、ハンソのつくり出した岩の大きさが明らかに大きくなり、重量も倍近くになっていた。
ハンソに早くしないと体が溶けてしまうと言ったが、実際はそれだけで終わってはいない。
溶けて小さくなった体を加工されて、永遠に石焼きプレートとして焼かれ続けるイメージや、漬け物石として塩漬けにされるイメージを送り続けた。それは、俺だけではなくナレッジからも送られていたみたいで、これ以降ハンソはナレッジに近付こうとはしない。
しかし、瞬間的や限定的であれば1~2割程度の力を発揮する事はあるかもしれないが、倍以上になると難しい。
それは、魔法を知れば知る程に良く分かる。急に血液の流れが倍になってしまう、そんな状態に体が持ちこたえれる訳がない。
つまり、ハンソは本気を出そうとしていない。何かが原因で力を抑えているのかもしれないが、それをハンソから聞き出す事は難しいだろう。
今にしてみれば、オオザの崖の上に鎮座していた岩に宿った精霊がハンソなのかもしれない。
そして、もう1つの力の解放を目の当たりにしている。それが、フォリーの力の解放。
普段は光がある為に、完全な力を解放する事が出来ない。
タカオの廃鉱の中では、本来の力を発揮する事も可能であったが、フォリーがそれを望む事はなく、どんな場所であっても常に役立つ方法を優先とした。フォリー個人の存在でなく陰の精霊ヴァンパイアの存在が、俺にとって有益であると示す事を最優先にしている。
しかし、今回は俺から直接与えられた、個の力を示す機会。もちろん断る理由もないし、今まで抑えてきた分だけ嬉しさが強い。
オオザの崖の洞窟以来、初めて表に出る。目は冷静を装っているが、口許には笑みが浮かび犬歯が見えている。
そして、影から出てきたフォリーは力強く地面を蹴り、1番先頭に立つ。
「カショウ様、私の力をご覧下さい」
女の子が華麗に舞うように戦うのではなく、両足を開き腰を落とす。右手を開き前に突き出すと、左手は右の手首をしっかりと掴む。
一瞬で辺りが緊張感の張り詰めた空気へと変わり、洞穴内の冷たい空気がさらに冷たく感じられる。
「はぁっ!」
短く気合いを入れるように声を上げると、空気が震え、精霊達の動きを止める。これ以上前に出るなと警告しているような、そんな圧力を感じさせる気合い。
そして、皆の動きが止まった事を気配で感じ取ると、力強く詠唱を始める。
「全ては陰となり、全ては陰に消えん。循環せし輪から外れ永遠に彷徨う術を与えん」
フォリーの右手が黒い球に包まれ、次第に大きくなる。そして、肘までが黒い球に包まれると、フォリーが大声で叫ぶ。
「シェイドーーッ」
ヴァンパイアを 守るという職務·職責から解放され、ただ自らの為に力を示す事だけを是としたフォリー本来の力。
黒い球が、一瞬にして霧状にかわり、ワームに向けて襲いかかる。細かい霧の粒子が付いただけで、ワームの体の消滅が始まる。
それだけではなく、魔力の抵抗が弱くダメージを受けやすい箇所があれば、そこに黒い霧が集ま攻撃を始める。
フォリーの最初の一撃だけで、ワームの体は虫食い状態になり、勝敗は決してしまった。
ダークがフォリーを怖がっている理由も良く分かる。見た目通りの、俺に健気に仕えるメイド服を着た女の子ではない。
光のない場所であれば、上位精霊に匹敵する危険な力を秘めた精霊。ダークも優秀なのだろうが、その力が霞んで見えてしまう。フォリーはヴァンパイアの中でも抜き出た存在なのだろう。
それだけに、陰の精霊ヴァンパイアを存続させる事や、兄弟を守るという職務·職責を与える事で、この力が無闇に解放されるのを抑え込んでいるような気がする。
「前に出なくて良かったな」
『大丈夫よ、フォリーも分かってるわ』
「だけど、たまには自分を解放させてやった方が良さそうだな」
「カショウ、カショウ、ハンソが危ないよ!」
ナレッジの慌てた声で気付かされる。ウィンドトルネードでワームの中に飛ばしたハンソが前に居ることに!そしてシェイドは、まだまだ勢いを弱める事なく広がり続けている。
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