第130話.侵食

 合一の大樹が大きすぎて下からでは先端部までハッキリとは見えなかったが、上まで来てみると針葉樹っぽい尖った葉は広範囲に渡って茶色く変色してしまっている。

 そして、それを隠すように蔦や蔓のようなものが覆い被さり複雑に絡み合っている。ソースイが立って歩ける状態にまで繁殖した蔦や蔓が枯れた原因かとも思ったが、禍々しい魔力が感じられるのは枯れてしまっている木の方で、蔦や蔓からは何も感じられない。


「まずいな。太陽が出ている間は靄は出ないって言っていたけど、枯れた部分から僅かに黒い靄がにじみ出している」


『私たちには何も感じられないわ。そうだとしたら、この靄が枯れさせている原因で間違いないのかしら?』


 精霊達でも感じる事の出来ない微かな魔力でも、魔力吸収スキルを得たことにより感じ易くなっている。魔力の性質をより感じられる事によって探知スキルの性能も向上するし、流石は上位スキルと実感する。


 ムーアとそんな話をしていると、ガーラが変色した部分に近付いて嗅ぐような仕草を見せたかと思ったら、おもむろに齧り始める。


「あっ・・・」


 止めることは出来なかった。まさか口に入れるとは思っていなかったし、あまりにも自然な動きで何の躊躇いもなく、さも当たり前のように咀嚼している。

 ペガサスといっても動物ベースの身体だと、本能的に食べてしまうのだろうか?だけど、ムーアも驚いているところを見ると、異常な行動っぽいな。


「ガーラ、大丈夫なのか?」


「大丈夫、死んでない」


「えっ、死ななくても何かあったら困るんだけど・・・」


「違う、まだ枯れてない」


 ガーラはクオンと一緒で言葉が短いが、好奇心優先なので考えている事が伝わらない事が多い。だけど今は、話の内容が理解出来ても“あっ、そっちの事ですか”とはならない。


「大樹じゃなくて、ガーラの方なんだけど?」


「あなたの魔力、強いから大丈夫」


「それってガーラだけじゃなくて、俺の影響を受けている精霊達は皆同じなのか?」


「そう!」


 短く断言されても、半信半疑でしかない。勧誘した責任者でもあるし、精霊達の中でも一番理解しているはずのムーアを見る。


『ガーラが言ってるなら、信用しても大丈夫じゃない』


「それが本当なら、魔物を相手にしてもイロイロとやり易くなるな」


『多分ね』


「えっ、何か言ったか?」


『ああっ、何でもないわよ。一応、過信は禁物でね』


「魔物化する。全体が侵されてる」


『「えっ・・・」』


 俺とムーアが話をしている間に、今度は変色していない緑の葉を咀嚼している。

 齧られた断面からは、変色している箇所よりも少なくはあるが、間違いなく靄が出ている。


「確かキマイラの話だと、精霊と魔物は共存出来ないんだよな」


『そうね、もう全体が侵されてるなら、精霊として抵抗する力が失くなってる証明ね』


 この大樹が魔物化するという事は、ヘカトンケイルも魔物化する事を意味する。少しでも禍々しい魔力を吸い出せないかと思い魔力吸収スキルを発動させてみるが、大樹の状態は予想よりも遥かに悪い。


 葉からにじみ出した靄は、大樹の内部へと流れ膨大な量の靄が溜まっている。大樹の外周部分は幹同士が融合し隙間はなくなっているが、内部にはまだ空間が残されている。


 どれくらいの期間をかけて溜まったかは分からないが、その空間には魔樹の森よりも濃い大量の靄が溜まり続け、靄の魔力漬けの状態になっている。


「もしかして、この蔓や蔦が魔物化した部分が外に飛び出さないように抑え込んでいるんじゃないか」


『どこまで持ちこたえるかは、まだ侵食されていないトレントがどれだけ居るか次第って事になるわね』


「ヘカトンケイルが落ちてきたのも、身体に今までにない異変が起こっていたのなら納得出来るし、やっぱり残された時間は少ない気がするな」


『もし、合一の大樹が完全に魔物化したらどうなると思う?』


「大樹の中に溜まった魔力も、地中から吸い上げている魔力も全てが一斉に溢れ出す事になるだろうな。そして何故かここは、都合よく盆地になっているだろ」


『ここにも、何か故意的なものが隠れていそうね。そうなると、悠長にヘカトンケイルが登ってくるのを待ってられないわ』


「ソースイとガーラは、ゼロ・グラビティでヘカトンケイルが登ってくるのを援護してくれ。その間にチェンとホーソンは、他にも大樹に異変がないかを調べるぞ」

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