第120話.強き者と弱き者
ユニコーンから身体能力が上がったバイコーンといっても、元は中位精霊のユニコーンでしかない。急に能力が倍以上になるわけもなく、不利な状況である事はバイコーンが1番分かっている。
そして、バイコーンの身体から黒い靄が発生し姿を隠し始める。黒い靄からは強い怨みの情念が発せられ、見ているだけでも不快な気持ちになり触れる事や近付く事でさえ躊躇わせる。その間に、バイコーンは完全に黒い靄と怨みの情念に包み込まれてしまう。
そこから伝わる酷く歪んだ感情。
強き者が支配者
支配者は絶対
お前達の支配者は誰だ?
全てを差し出せ、捧げろ
選ぶ事なんて許されない
拒否する事も許されない
許されるのは、従う事のみ
誰から始める?
弱き者は誰だ?
1番弱き者から始める
味わえ、終わることのない苦しみを!
感じろ、延々に続く絶望を!
「それが切り札のつもりか? まあ中位の精霊クラスにしてはマシだが、俺様の前では通用すると思ったか!」
「イッショ、これは魔法なのか?独り言じゃないのか?」
「怨みの精神魔法だな。増幅された怨みの感情は、疑心暗鬼を招き仲間割れを起こさせる」
『イッショがいると精神攻撃は、勝手にレジストしてくれるから便利でしょ』
「ムーア、“便利”はないだろ!もう少し褒め称える良い言葉があるはずだ」
『まだ、レジストしただけでしょ。それだけで偉そうに出来る思ってるの?消滅しそうになったのを助けてあげたのよ。これで使えなかったら、私の顔に泥を塗った事になるのよ!』
そう言われると、イッショが魔力吸収の要領で触手を伸ばし、怨みの情念を吸収しただの魔力へと変えてゆく。
「俺様の怒りに比べたら、こんな怨みなんて赤ん坊みたいなもんだ」
徐々に靄が晴れて再びバイコーンの姿が顕になるが、そこにいるのは身体が溶け出して原形をとどめていないバイコーンの姿。液状化した脚はもう無くなり、胴体が地面に付いている。
「逃げようとしていたのか!」
俺がゴブリンキングの杖を構えるのが合図となり一斉に攻撃が始まる。
最初の攻撃はウィプス達のサンダーボルトで、当たった瞬間にバイコーンの身体の一部が消滅する。
しかし、俺のウィンドカッターやムーアのストーンバレット、ホーソンのストーンアローは、バイコーンの身体をすり抜けるように貫通してしまう。
サンダーボルト以外はすり抜けてしまい、逆にその魔法がソースイの接近を妨げ足止めしてしまう。
ダークの操るマジックソードは、バイコーンの頭上から襲いかかるが、これも手応えが薄い。ダークの攻撃もすり抜けてしまうが、マジックソード触れた場所は抉られたように消滅している。
「もしかして、スライムなのか?」
『いえ、違うわ。怨みの情念が薄れて、存在を維持出来ないだけよ』
「俺様のお陰で、元の魔力に還るのだ!どうだ、俺様の力を見たか!」
バイコーンの消滅が加速し、魔石が顕になってくる。やはりそこには、もう魔物の臭いしか感じとる事が出来ない。
「ダーク、魔石を壊してくれ!」
『魔石は残さなくてイイのね』
「ああ、まだ微かでもユニコーンの欠片が残っているなら、精霊は消滅しない。そうだろ、ガーラ」
「あなた次第。出来損ないのペガサス」
そしてダークのマジックソードがバイコーンの魔石に優しく触れると、軽い音と共に砕け散り消滅する。
出来損ないと言いつつも、紛れもないユニコーンを同族の“ペガサス”として認めるガーラの言葉。
『このユニコーンは、あなたがペガサスである事に気付いていたのね』
「私がユニコーンなら、群れの中に入れる。私が群れの中で弱き者であれば、強き者でいられる」
「群れの中で生き抜く為に、お互いが必要だったのか」
それを黙って聞いているユニコーン達。角がひび割れたユニコーン、無くなってしまったユニコーンは、この森で強き者になるか?それとも弱き者になるか?
本来の力を取り戻すには、何百年の長い時間が必要となるだろうが、縄張り争いを生き抜くだけの力はない。
過酷で悲惨な未来であることは間違いない。
「今日からリーダーは私。そして、ここは私の縄張り」
ガーラが静かに宣言し、ユニコーン達が黙ったままでいる事が了承した意思表示になる。
「私の主はカショウ。私の縄張りを侵す事は、カショウに敵対するのと同意」
ガーラの宣言はコダマによって、瞬く間に森全体に広まる。
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