第三部
百一話 矢吹の憂鬱ー1
地底生活六十一日目。
新拠点である巨大樹の樹洞の中から、天然の木のスロープを
昇っていった先にある見晴らし台から見える景色は、絶景の一言だった。
眼下には緑の絨毯のような森が広がり、その奥に見える巨大なエメラルドグリーンの滝が、水煙を辺りに白く撒き散らしている。
緑と青と白のコントラストが自然と溶け合って、目を奪われる光景だった。
だがその光景を目にしながらも、矢吹は違うことを考えていた。
数日前から、矢吹には一つ悩みの種が発生していた。
視線を外の絶景ではなく、樹洞内の下に向ける。幾人もの生徒たちが樹洞内で活動する中で、キョロキョロと周りを見回しながら、誰かを探している一人の女子が目に入った。
矢吹は顔に片手を当てて、深くため息をついた。
山田加奈子。最近、やたらと矢吹に付き纏ってくる三年の女子である。浦賀が校舎を支配していた時に、性処理役をやらされていたうちの一人だ。
櫛谷や友坂と同じクラスで、彼女たちはいつも三人一緒だった。だが、最近では、櫛谷は宮木と付き合って一緒にいる時間が多くなったし、友坂は、何故か林や片桐と一緒にいたり、神矢たちと話をしたりしている。
いつも一緒にいた仲間が、他の男子たちと話すようになり、山田は所在なさそうにしていることが多くなった。
櫛谷と友坂、山田は地上にいた時に、ウリなどをしていたという話があって、そのせいもあって浦賀たちに性処理役をさせられていたと聞いた。そして、櫛谷たちは性処理をすることによって、美味い飯などをもらっていたらしく、他の女子たちはそれを不快に感じて嫌っていたという。
今でも、女子たちの櫛谷たちに対する思いは、あまり払拭されているようには見えない。時々、陰口なども言われていたりするようだ。
櫛谷は宮木の存在もあって、あまり気にしていないように見えたし、友坂もさばさばした性格なのか、あまり気にしていないようだった。
問題は山田だった。いつも、頼っていた仲間たちが少し離れたことによって、行き場をなくしている様子だった。そして、なぜか矢吹の近くをうろつくようになった。
もっとも、それは山田だけではない。矢吹の周りには、数日前から数人の女子がやたらと付き纏うようになっている。
悪い気はしないが、今はそんなことにうつつを抜かしている場合ではない。かと言って、冷たくあしらうわけにもいかない。今まで散々デリカシーがないだのなんだのと言われてきたのだから、言葉には注意を払うようになっていた。
九条も女の怖さを説いてきたし、女子を敵に回す勇気はなかった。あしらい方などわからない矢吹は、ただただ困り果てていた。
「どうしたもんかね……」また深くため息をついていると、背中越しに声をかけられた。
「……矢吹さん、どうかしたんですか?」
見ると、いつの間にか神矢がいた。
そういえば、神矢も女子三人組に付き纏われていた。今の矢吹と同じく対応に困っていたはずだが、最近は何やら吹っ切れた様子だ。
女子三人組とも、以前よりも親密な態度になっている。
神矢に相談するか。というより、巨大樹拠点のメンバーの中で、神矢以外の生徒に相談できない。
「……ちょうどいいところに来たな。ちょっとそこ座れ」
素直に相談に乗ってくれと言えない矢吹だったが、神矢は苦笑しながら矢吹の隣に腰を下ろした。
「ひょっとして、山田先輩のことですか?」
「何でわかった!?」
こちらが何も言ってないのに言い当てられて、矢吹は少し仰け反った。
「……見ていたらわかりますよ。最近、山田先輩が矢吹さんについて回っていること、そして、それを矢吹さんが少し迷惑そうにしているのを」
「……そんなに、わかりやすかったか?」
神矢は軽く肩をすくめた。
「まあ、矢吹さんの追っかけは、山田先輩だけじゃないですけどね」
「そうなんだよ。山田を含めた女子の何人かが、ここんところ俺の周りをウロウロして鬱陶しくてたまらねえ。女子三人に付きまとわれていたお前の気持ちが良くわかったぜ」
その言葉に神矢が憮然とした顔になった。
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