九十五話 神矢の答えー1

 神矢の言葉に、雪野たちは思わず顔を見合わせた。

 いつも大人びていて落ち着いていて、冷静でドライで、それでいて行動力があって思いやりがあって、他人が危険に晒されていると身を張って助けようとする。

 そんな神矢が、女子からの好意を向けられた事がないために、どうしていいか戸惑っているなどと、とても考えられなかった。

 だが彼の過去を聞いて、それも少し納得だった。そして同時に、神矢にもそんな一面があったことに安心した。

 わたしたちの神矢くんへの思いは伝わっていたんだ。雪野はそう考えて、急に落ち着かなくなった。

 上原と宍戸も同じらしい。急にソワソワしだした。

「あ、あの、神矢くん? その言い方だと、えっと、わたしたちの気持ちに気づいていたってこと?」

 神矢は照れ臭そうに頬を掻いて、頷いた。

「……もっとも、気付かされたのは先日なんだけど。それまでは、俺に好意を持つ女子なんて考えられなかったんだ。クラスメイトの仲間として、コレが普通なんだと思い込もうとした。でも、先日三人が俺の事を話していたのを聞いてしまって……あ、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、それで三人の気持ちを知ってしまって、どうしていいかわからなくなって、気持ちを整理する為に、洞窟に逃げたんだ」

 自嘲の笑みを浮かべて、神矢は「情けないだろ?」と言った。

「だけど、洞窟内で自分を見つめ直して、自分なりに答えを出した。それを今から伝えたい」

 それを聞いて、雪野はまた上原たちと顔を見合わせた。

 まさか、今から答えを聞くことになるとは思わなかった。気持ちは伝わっていたとしても、告白したわけではない。実質、神矢からの告白となるのだ。

「ちょ、ちょーっと待って。こ、今度はわたしの方の気持ちがまだ準備出来てないわ」

 上原が慌てた。

「し、深呼吸させて……」

 宍戸も待ったをかけて、深呼吸をする。雪野もそれに便乗して深呼吸した。

 神矢はそれを微笑ましそうに見ている。こんな優しい顔をする彼は初めてだ。激しく鳴り響く胸の鼓動が治らない。

 今まで告白されたことは何度もある。どの男も、言ってはなんだが、ピンと来なかったから断り続けてきた。とりあえず付き合うという概念は、雪野の中にはなかった。

 初めて好意を寄せた神矢からの告白。身体中の血が猛スピードで巡って、身体が熱くなった。

「よ、よし。ドンと来い」

 上原が緊張した面持ちで、神矢を見た。

 ちょっと待って! わたしの気持ちがまだ落ち着いてない!

 そう言いたかったが声にならず、神矢から言葉が放たれた。

「さっきも言ったけど、俺は弱い人間だ。だから、罵ってくれてもいい。それを踏まえて言うと、今の俺には三人の誰かを選ぶとかは出来ない」

 少しの間が空いた。

「……ん?」宍戸が首を傾げた。

「……誰も選ばない? それってわたしたちフラれたってこと?」上原が目を瞬かせて訊いた。

 雪野もまた戸惑った。コレは上原の言う通りフラれたことになるのだろうか。

 神矢が続ける。

「違う違う。そうじゃない。三人ともに同じくらいの感情を抱いているから、選ぶことが出来ないんだ。要するに俺は優柔不断の最低男だってことだ。だから、罵られることも覚悟でこの答えを今は出したんだ」

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