第77話 サハギンの巣

 いつだって我が道をくアズ。定時が来ても帰宅せずに、居残り工事をし続けたアティとその部下。攫われた冒険者達。


 彼らの相手をするだけでも頭が痛いのに、夜勤のナルギからは交代間際に「シャルルエドゥ! お前がちゃんと教育しないから下の者が好き勝手に動くんだぞ!? 俺だって色々やりたかったのに、できる事がほとんど残されていなかった――全てお前の監督不足によるものだ! もっと俺を見ないか! 見てください!!」なんて、不条理に近い苦言を呈されて。


 ただでさえ「顔が邪魔」「存在が麻薬」などと、本人にはどうにもできない暴言を吐かれたばかりでショックを受けているのに、監督不足まで責められては凹んでしまう。

 それでも愚痴る事なくただ細い息を吐くシャルに、ロロが無言で温かいココアを差し出した。それだけでパッと表情が和らぐ辺り、『チョコ好き』の特性にもいくらかメリットがあるのだろう。


「それにしても……隠しエリアの様子、ちゃんと見てなくても良いんスか? とりあえずこっちの仕事は俺に任せて、リーダーは「収納」に隠れて残れば良かったのによ」

「ロロまで僕の監督不足を嘆くのか――邪魔と言われたからには、あの場を立ち去るしかない」

「リーダーの監督不足っつーか、なんか……アズの奴、目を離すとメチャクチャするじゃねえッスか」

「その認識は間違っている。仮に僕が見ていたとしてもメチャクチャだからな」


 淡々と答えながらココアを飲み下すシャルを見て、ロロも「まあ、それもそうか」と肩を竦めた。ダンジョンの管理者として責任問題を問われようとも、あのハーフだけはどうにもできない。

 シャルが本気で注意もしくは嫌悪を示せば彼の暴挙も止まるだろうが、他でもないシャル自身の平等を尊ぶ特性がそれを許さない。嫌われない事が分かっているからこそ、アズは好き放題動くのだろう。


「難儀な特性だ。どんな特別も作れない。好きも嫌いも、無関心で居る事さえも許されないとは……僕はしばしば自分が分からなくなるよ」

「それがリーダーだろ? 何を今更……俺だって俺の全てを把握してる訳じゃねえ。それこそ神でもなけりゃあ無理だっての」

「ロロは……ああ、本当にロロの相手は楽で良い」

「リーダーの頭にある比較対象が過ぎて、いまいち喜べねえんだよなあ」


 口ではそう言いながらも、ロロは目元を緩めて笑った。特別にはなれずとも、シャルにとって気楽に接する事のできる友人――ぐらいにはなっているのだろうか。それ以前に職場の部下と上司という関係性だから、友人と表現するのも間違いかも知れないが。


 ココアを飲み干したシャルは、ほうと息を吐き出して「時間停止」を発動すると、ロロの「収納」から抜け出した。担当エリアの冒険者が移動して、扉を閉めたからだ。

 本日シャル班が担当するのは、ダンジョン最奥の宝物殿一つ手前。ボス部屋であるサハギンの巣エリアだ。

 これが本日一度目の清掃だから、精神疲労はともかくとして肉体疲労はゼロ。まだアズ率いる仲良しエルフご一行が戻らないので、ひとまずシャルとロロの二人で原状回復に努めるしかない。


 エリア内に小さな湖があるせいで、他のどこよりも多湿な場所。壁にも床にもところどころ水苔が生えていて、冒険者が上を歩くだけで酷く荒れてしまう。湖には魚を放っているから、道具さえあれば釣りもし放題。なんなら水浴びも可能だし、良識のない冒険者は平気で用を足して行く。

 サハギンの巣エリアに当たった班は、この先にある宝物殿の宝箱とその中身の補充についても任される。


 苔や湖の水質管理など、なかなか原状回復し辛い場所ではあるが――とにかく『おかわり』地獄が続くスライムの巣、そもそも環境が最悪なゴブリンの巣と比べればメリットも多い。

 まず、クレアシオンのボス部屋という点。ここまで辿り着くためにはスライムで経験値を稼ぎ、ゴブリンを退けるだけの強さが必要になる。そもそもやって来るルーキーの数が他エリアと比べて少ないのだ。


 来訪者が少ないからこそ、ボスを倒した達成感を噛みしめながらこの場に留まって休憩する者も多い。心ゆくまで魚釣りに勤しむ者も居る。

 この先にある宝物殿で寝転び、自分の後にボスを撃破した冒険者を待つ者も散見される。同じレベルの者でパーティを組みたいからとか、互いに苦労話をして盛り上がりたいからとか、理由は様々だ。


 当然誰かがボスを倒す度に宝箱の中身を一新しなければならないので、ヒトに宝物殿に居座られると「時間停止」のオンパレードになる。自分が開けて空っぽになったはずの宝箱が、瞬きした後いきなり補充されている様は神秘的で最高に面白い――なんて、そんな楽しみ方をするのも新人ならではか。

 稀に冒険者同士で「俺の宝箱を横取りした」だの「宝物殿に居座るんじゃねえ」だのとトラブルが起きる事もあるが、その辺りはエルフの管轄外である。

 ヒトが同じエリアに留まる時間が長引けば長引くほど、エルフはいとも簡単に実働八時間を獲得できる。ヒト同士の喧嘩で血なまぐさい事件に発展する事もなかなかないので、「心ゆくまで争って、どうぞ」だ。


 そして、低難易度とは言え一つのダンジョンをクリアしたとなれば、さっさと次のステップに進みたくなるのがヒトというもの。もちろん時にはサハギンボスのおかわりを望む変わり者も居るが、それは少数派だ。

 いつまでも始まりのダンジョンで一人燻っているよりも、新しい街でパーティを組んだ方が効率も良い。他のダンジョンではボスどころかザコ扱いの、サハギン狩りばかりしていられないのだ。


 極端に少ないおかわりで満足してしまうので、エリアの回転率が少ない。そうかと思えば、一人辺りの滞在時間は比較的長い。暴れん坊ルーキーで溢れるここクレアシオンでは、割と気楽な場所である。


「遅刻扱いになるトリスやダニーには、なんだか申し訳ないな」

「当然のようにアズだけ除外して――いや、まあ分かるッスけど」


 彼らと別れてから、ダンジョン時間ではまだ十数分しか経っていない。果たして『劇団エルフ』の演目は何分尺なのか。

 床に散らばるサハギンだった肉片を集めようと、シャルは己の「収納」から大釜を取り出した。それから汚れ対策にゴム手袋を着用して、いざ原状回復開始――というタイミングで、エリアの空間に金色の裂け目が走る。恐らくチームの誰かが「次元移動」を発動したのだろう。


 ややあってから姿を現したのは、何やら疲れ切った表情のトリス。にこぉっといつも以上に相好を崩したダニエラ。最後に出てきたのは、何故か頬を腫らしてエグエグと泣きじゃくるアズだった。

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