第75話 頼りになるハーフ

「さて……どうしたものかな――」


 シャルは腕組みをして低く呻いた。目線の先にあるのはもちろん、生ける石像と化した冒険者とモンスターだ。

 正直モンスターの方は、動き出す前に処理してしまえるので容易い。エルフの膂力をもってすれば、魔法など使わずとも素手で殴り倒せてしまえるのだから。

 しかし、ヒト族の方はそういう訳にもいかない。アティの思惑通り彼らをこの場で亡き者としてしまえば、事後処理など考える必要もなかったのだが――。


 アティに拉致された冒険者パーティは全部で五人。一日に死なせても許される人数は三人までなので、口封じのために彼らを見殺しにすれば今日一日の稼ぎを大きく上回る赤字だ。

 では何事もなかったかのように生かして帰すのかと言われれば、それもまた厳しい状況である。


 ヒト族の歴史上『ズッ友』扱いのエルフに拉致監禁されたなんて話が世に出ては面倒だ。まだ試用段階の隠しエリアについて露呈したのもよろしくない。ただ、瞬く間に完成してしまったこのエリアの実地試験が必要なのも、また事実だ。


 アティが無断でやった事は社会人としてマニュアル完全無視の問題行動だが、実際にヒト族を放り込んでみてエリアの様子を見るというのは避けて通れない工程だった。口を塞げばそれで済むなんて、後先を考えていない強引なやり方が間違っていただけで――特にここ、ヒト族ファーストエルフ筆頭のじぃじの想いを継ぐアレクシオンでは。


 ここまでやらかしてしまったからには、もう冒険者とモンスターを戦わせるしかないだろうか。ひとまずシャルは「収納」に身を隠し、彼らが不利と判断した時点で助けに入ればむざむざモンスターに食い殺される事もないだろう。

 問題は、無事生き残った彼らをどうするか。一体どの街から攫われて来たのかは知らないが、どうやって帰せば良いのか。もしアティと全く同じ手法で帰せば、より一層エルフに対する不信感を抱くだろう。更に、このエリアについてはどう説明するのか。


 神々の寵愛を受けるヒト族は、ダンジョンの成り立ちも仕組みも、そこで労働しているエルフの苦労もモンスターに成り下がった魔族の存在も、何も知らないのだ。世界の裏話などできようはずもないし、ヒト族に秘密を漏らしたエルフは神によって消される――なんて噂もある。

 全くもって、出勤早々頭の痛い話である。もうすぐ夜勤との交代時間が近付いている事もあって、シャルは眉間に皺を寄せた。


「――シャルルエドゥ先輩! 話は大体、チビシアパイセンから聞かせてもらいましたよ!」

「ああ、頭痛の種が増えたようだな。おはよう」

「口を開くなりメチャクチャ失礼ですね!? おはようございます!」


 シャルは目の前の光景に気を取られていて気付かなかったが、どうもこのエリアは既にゴブリンの巣エリアと道が繋がっているようだ。「次元移動」ではなく元気いっぱいにを開いて現れたアズを見て初めて、壁に扉が取り付けられている事に気付く。


 それは両開きの観音扉で、成人したヒト五、六人が横並びで入退場できるほど大きなものだった。真ん中にある直径二十センチほどの丸い窪みは、扉を開く鍵となる宝玉オーブを嵌め込むためのものか。

 あれだけの余裕をもった扉ならば、敗走する冒険者が出口で詰まって逃げ遅れる心配も少ないだろう。


「それで――シャルルエドゥ先輩。ここは自分の出番、という訳ですね?」

「嫌な予感しかしない。僕は昨日からずっと胃が痛い」

「まあ聞いてくださいよ! 自分、演技力には定評があるんですから!」


 謎の主張をしながら拳でドン! と薄っぺらい胸板を叩く少年エルフに、シャルはみぞおちの辺りを押さえながら「貴様と話す前に、一旦ロロと話がしたい。彼だけがクレアシオンの良心で、僕の救いだ」などと呟いている。果たして、公明正大な彼はどこへ行ってしまったのだろうか。

 アズはそんな彼の呟きなど一切聞こえなかったかのようにスルーして、得意げに解決策を語り始めた。


「ここは一つ、ヒト族の間に伝わる誤った歴史を借りませんか? 冒険者を拉致監禁したアティ先輩を、ヒト族と仲違いさせるためエルフに化けた魔族――という事にしてしまうんです」

「……それで? 歴史上滅びたはずの『魔族』の台頭に、彼らだけでなく世界中のヒトが混乱するだろうな」

「世界中が混乱、上等じゃありませんか。これほど効果的なは他にない――ヒトとエルフを争わせようとする魔族の再臨に、冒険者はこれでもかと燃えるでしょうね。神の寵愛を受け、すっかり恐れを忘れた彼らは我先に魔族を退治しようと動き出しますよ」

「つまり……何が言いたい?」


 シャルの問いかけに、アズは口の端を引き上げて勝気に笑う。


「問題の魔族が身を隠しているのは、このエリアという事にしてしまいましょうよ。ダンジョンの大ボスらしく、次から次へ立ち塞がる手下ザコ全てを倒すまでは絶対に姿を現さない――ヒトとエルフ共通の敵を創り出すんです。どうです? いかにも名声を求める浅はかな冒険者が食いつきそうな設定だと思いませんか? 彼らが仮想敵の幻に気付くのは、一体何百年後の事でしょうね……?」


 肩を竦めながら人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる少年エルフに、シャルはややあってから「貴様は、たまに……妙に悪役ヒールが似合う時があるよな」とぼやいた。

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