第18話 ハーフの起源

 今年度の首席卒業者ルルトリシア――トリスの勤務態度は、極めて模範的だ。

 新人らしく真摯な姿勢で誰よりも早く現場に入り、勉強熱心で積極性もある。報告連絡相談も的確なタイミングで行い、人の話をよく聞いて上の指示には忠実に従う。

 もちろん首席らしく知識が豊富で、ハーフエルフらしい視点から業務効率向上の提案をすることもあるが――決して押しつけがましくなく、己の優秀さを鼻にかけた様子もない。


 不思議と「新人が何を生意気なこと言っていやがる」とはならないライン。歳を食った頭の固いエルフが相手だろうが、一考する価値ありと思わせる謙虚で殊勝な態度。

 そして目上の者を立てる太鼓持ち気質――いや、口の上手さと要領の良さによるものだろう。


 領分をわきまえるという言葉がある。彼女は正にそれだ。

 ハーフエルフと言うからには、今まで散々苦汁くじゅうを舐めてきたのだろう。それでも捻くれて諦めずに、学生の間も社会に出てからも努力を怠らない。その精神力には目を見張るものがある。


 正直、トリスと同世代のエルフ族ならば「混ざりもの」も多いはずだ。ただ養成学校の教諭や親の世代には、まだまだに対する偏見が根強く残っている。


 そもそもなぜエルフ族が劣等種とすげさむヒト族との間に、子をもうけようと考えついたのか。その発端は至極単純で酷いものだ。

 神に愛されたヒト族と交われば、エルフ族も許されるのではないか――そんな思いでもって始まったである。


 当然、気位の高いエルフ族はヒト族と直接交わることを良しとしなかった。エルフ族の種を下等生物に渡すのも、下賤の種をエルフ族のはらに宿すのも拒んだ。

 ではどうやってハーフがつくられたかと言えば、体外受精試験管ベビーである。受精卵は母体の胎へ戻すのが一般的だが、エルフ族は頑なに混ざりものの回収を拒絶したのだ。


 彼らはつくられた人工子宮の中ですくすく育ち、それは約十カ月で分娩される。

 ヒトの遺伝子優位の子供が生まれたら廃棄。または、曲がりなりにも片親であるヒトに押し付ける。

 どうせヒト族優位では百年足らずしか生きられないのだ。神からヒトを愛玩動物として扱うことを禁止されているため――つくっておいてなんだが――そんな短命種の面倒など見ていられない。


 運良くエルフの遺伝子優位の子供が生み出されればエルフ族で育てるが――可愛がるかどうかは、また別の話である。

 エルフは仲間意識が強く同胞には寛容だ。しかし同胞の胎から産まれていないモノに対してはこれでもかと冷酷であった。


 テルセイロの管理者なんて最高の例だ。トリスがいくら優秀でも、「ハーフだから」と正しく評価されないことも多かっただろう。

 そんな厳しい環境下に置かれても尚、心折れずに首席で卒業したというのだから大したものだ。

 まあ、それを言うと次席で卒業したアザレオルルも十分に素晴らしいのだが――それは今後の勤務態度次第である。


 ちなみに、ヒトとのハーフをつくったことで神に許されたかどうか。それは言わずとも、現状を見て頂ければ分かってもらえるだろう。


「エド先輩、管理者リーダーなんですから重役出勤すれば良いのに……本当に真面目ですよね。ついさっき「時間停止」が発動したばかりですから、早くてもあと三十分はかかりますよ」


 トリスの言葉に、シャルは頷いた。ダンジョン周辺の暗い森に目をやれば、風ひとつなく木々も時を止めている。今まさに中で清掃が行われている証だ。


 ここクレアシオンは最初のダンジョンだけあって、そもそもエリア数が少ない。入口エリアに、スライムの巣が二つとゴブリンの巣一つ。ボス部屋であるサハギンの巣一つと、その先に宝物殿一つ。


 他ダンジョンにはあって当然の、絶対にモンスターが湧かない休憩エリアはない。まだ利用者の技量が低いため、そもそも長時間の探索が難しく街へ戻るのが割と早いのだ。半日も居座れば頑張った方だろうか。


 薬草が生えているのはスライムの巣。魚が取れる水辺はボス部屋のサハギンの巣。

 ゆっくり採取がしたいなら、エリアのモンスターを片付けて安全を確保してから物色するしかない。そのまま安全なエリアで休憩する冒険者も多い。


 やがて気が済んだら別のエリアに移動して、おかわりがしたいなら戻る。先へ進みたいなら進む。

 ダンジョン内が狭いせいで、一度に入れる冒険者は精々五、六組だろうか。今は外の時間が深夜帯のためもっと少ないはずだ。


 特に禁止している訳ではないが、冒険者同士の暗黙の了解で「自分とパーティを組んでいない誰かが利用していたら、絶対に邪魔をしない。横入りは盗賊と同義」というルールがあるらしい。


「僕はいつも早めに行動しないと落ち着かないんだ……特に、


 ため息交じりに紡がれた言葉に、トリスはぱちぱちと目を瞬かせる。ややあってからそれを細めると、彼女らしからぬ低い声で「アザレオルルですよね?」と問いかけた。

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