第10話 それぞれが征く道

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「神子セシリーですが、ある程度は女神の力を引き出したようです。もっとも、こちらの手の者はあくまで遠くから感知をしただけですが……」

「くは。に育っているか。粘っていた割には、事が起きた後はウォレス愚物との接続が切れるのが早かったからな。気にはなっていた。またしても小僧が出しゃばって来るとは流石に思いもしなかったわ。……まぁ計画に支障がなければそれで良い」


 死と闇の眷属が語らう。ただし、この度の舞台は光差す邸宅の部屋の一つ。

 人外のエルフもどきは、変わらない紅き瞳の妖しさと美しさを纏うが、今はその姿を光の下に晒している。


「セシリーに魔族領の浄化をさせる……という話を進めるのか?」


 男の声。もう一人の神子であるダリル。いまや女神の力を十全に操り、この世界の“物語”を彩る者。


「その通りだ。こそこそと隠れ潜む連中を引きずり出してもらう。それこそ、託宣に語られる勇者の偉業よ。それに、今回の一件で神子セシリーは“魔族との接点を持った”」

「……よく分からないな。魔族との接点であれば既に俺も持っているだろうに。“魔族と接点を持ち、百年の苦難の暗黒を王国にもたらす”……だったか?」


 託宣。その中でも一部の者にとっては広く知られている内容。

 辺境より光の勇者が二人。

 彼等は王家に連なる者との接点を持ち、いずれ王国に千年の繁栄をもたらす可能性。

 彼等は魔族に連なる者と接点を持ち、いずれ王国に百年の苦難の暗黒をもたらす可能性。

 その可能性のどちらにおいても、魔族とヒト族は相争う。

 二つは一つに。可能性は調和。調和こそが千年の先。


 よくよく考えれば、既にダリルもセシリーも、王家に連なる者とも魔族に連なる者とも接点を持っている。今更の話。

 いまの教会の定義によれば、女神の祝福を得ていない種族が魔族であるという。つまり、そういう意味ではクレア達も魔族に連なる者と言える。


「その託宣はただのあらすじのようなモノだ。王家に連なる者とは、マクブライン王国の第三王子であるアダム周辺を指しており、魔族に連なる者とは、ヒト族の中で生きる融和派と呼ばれる連中一族のことよ。

 ……本来であればもっと早く、それこそ学院にいる間に魔族どもと接触させる気だったのだがな。王国は想定していたよりも頑なに神子を閉じ込めた上に、融和派の連中も突然に結束を固めて独自に動き始めた。早々に託宣とは違う流れが出来てしまっていたからな」


 クレアが滔々と語る内容やその行動について、ダリルは疑問を感じている。

 彼女達は託宣からの脱却を目指していると言いながら、託宣の流れに沿わないことに不満を持っている風でもある。


「(クレア殿は明らかに託宣を“選んでいる”。その先に彼女の目的があるのだろうが……碌なモノじゃないのは確実だろうな)」

「(健気なモノよ。国を割り、己の身を捨ててでも、好いた女の未来の為に命を懸ける……その姿は、まさに劇に語られる主役の振る舞いか……くくく)」


 元より、お互いに利用し合う関係ではあるが、ダリルとしてはどう足掻いても、自分がクレアの手の平の上で踊るだけなのは理解している。

 単純で強大な暴力にはじまり、組織力、計画の為に準備していた時間、持っている情報量……その全てがクレアの足元にも及ばない。


「ルーサム家はどうなんだ? クレア殿たちの思惑とはまた違うのだろう? 悪いが、俺は王国や教会に対してはともかく、まさに同胞とも言えるルーサム家と事を構える気は無いからな?」

「構わんよ。神子ダリルは己の想うままの道を征くがいいさ。我々とてルーサム家修羅の者と真っ向から対立する気は無い。それに、あやつ等の怒りは魔族領を穢した者どもに向かっておる。我等とは共通の敵を持つ者同士よ。

 ふふ。神子ダリル。決裂の末に、貴殿がワタシを滅する気になったなら、ルーサム家と手を組むのが最善だと言っておこう」


 流石に雑兵ごときに遅れをとることはない。だが、数は少ないが、当主をはじめ、ルーサム家の幹部級の者達は、その一人一人がクレアの命に届き得る程の強者。迂闊に敵対することは避けたい……と、彼女が思うのも当然のこと。

 託宣の外に居ながら、その暴力と組織力により、クレアが最も警戒しているのがルーサム家でもある。


 ただ、ダリルは敵対する未来について助言を受けたが、それをそのまま素直に信じられる程、クレアが甘くないことも知っている。


「(……女神の力を纏いながら相対してよく分かる。クレア殿はまさに超越者。ルーサム家の者たちも強大だが、それでも強者の範疇に過ぎない。彼女がその真の力とやらを発揮したときに……勝てるとは思えない)」


 クレアはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらダリルの様子を窺がっている。発する言葉とは裏腹に、何をしようとも無駄だと……彼に対して暗に突き付けている。

 雁字搦めで逃げられないのは、実のところセシリーではなくダリルの方。


 彼はクレアの目的を果たす為の道具。もはや逃げられる筈もない。そして、ダリルはその事すら理解している。


 クレアにナニかを仕込まれた。


 いつの間にか己の身の中に、日に日に脈動して膨れ上がっていくナニかの存在を認識している。同時に、その脈動に対抗するかのように女神の力も明らかに増してきている。


 既に呼吸に等しいほど自然に、女神の力を制御することができており、クレアがお遊びで仕掛けてくる“契約”に引っ掛かることもない。


 それでも、クレアの余裕は崩れない。


「(このまま精霊となるのか、死と闇の眷属となるのか……ふっ。どちらにせよ、俺がヒトで居られるのもそう永くはないのかもな。女神にクレア殿。それぞれが何を目的としているのかは知らんが、好きにするが良いさ。俺は馬鹿な操り人形だ。精々最期まで確かな足取りで踊ってやるよ)」


 ダリルは哀しき決意を秘め、戻れない道を唯一人で進む。

 その旅路が何処へ辿り着くのか。詳細は分からずとも、確かなことを彼は知っている。この道が、自分自身の未来へ辿り着くことはないと。



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 ……

 …………

 ………………



「名も知らぬエイダ殿。調子はどうだ?」

「……アンタか。はっ。良いわけもない。だが、いつまでも拗ねてもいられない。私は名を取り戻してしまったからな」


 セシリーとエイダ。

 お互いにどこか似た空気を持った二人。かつて自暴自棄のままに出会った僅かな邂逅の際も、そして今も。

 その経緯はどうであれ、特にエイダは生きる理由……死ねない理由を持ってしまった。前を向かざるを得ない。いつまでも立ち止まっていられない。


「そうか。……私たちはここから更に東方へ向かうことになりそうだ。王国を割る変事に関わっていく可能性が高い。エイダ殿はどうする? もう死に場所を求めるという訳でもないのだろう?」

「……聞いたよ。アンタが『託宣の神子』とやらだったんだな。あのベナークを片手間で始末したらしいじゃないか。まるで寄せ付けなかったと。はは……シグネたちが躍起になっていたのも分かろうと言うモノだ」


 お互いにそれなりに素性を知った。セシリーが『託宣の神子』であることもだが、エイダがヒト族の中に生きる魔族であること、アルに手を出して返り討ちにあったこと、一族を追放された後、争乱を煽る連中に与したこと。


 ただ、あの魔人との戦いを改めて言われると、セシリーには身の内に苦いモノが拡がる。


「なぁ。アンタからすれば図々しいとは思うかも知れないが、私も同道させて貰えないか?」

「……恐らく、いや、確実に命を懸ける戦いが待っているぞ? 私には深いところまでは解からないが、名を取り戻したなら一族の下へ戻れるんじゃないのか? あの時、伝言を頼んだヴィンスという翁……その御方が一族の長なのだろう?」

「……いずれケジメとして一族の下に帰ることになるだろうが、まずは魔族領の方が先だ。それに、何よりもアンタたちには恩がある。道行きに戦いが待つという恩人を、ただ見送って、はいサヨウナラという訳にはいかない」


 エイダは語る。

 自分を生かした戦士達の望み。エイダ自身が馬鹿を仕出かしたことが発端ではあったが、共に一族を出奔した者達は魔族領へ行くことを望んでいた。


 過去に一族丸ごとが追放されて決別したという見知らぬ故郷。遠くて近い同胞たち。そんな魔族領への様々な感情が混じり合う、歪ではあるが確かな望郷の念が根底にあったからこそ。


 エイダ達自身も追放者へと堕ち、望みの糸は絡まって解けなくなってしまったが、それでも、魔族領へ辿り着くことが一つの心の支えとなっていたのも事実。


 生き永らえたエイダは魔族領をその目に焼き付ける。遠い故郷で生きる同胞に触れる。そこに厳しい現実が待っていたとしても。


 そして、それとはまた別に、命の恩人に対して何もしないという訳にもいかない。セシリー達を護る為なら、永らえた命を惜しむことはない。

 恩人を護る為とはいえ、黄泉路を渡れば、さっそくに来たのかと向こうでカーラ達にこっぴどく叱られるだろうが……それはそれで戦士としての一つの在り方。


「恩人というなら、それはアル殿だ。私は確かに治癒術を使ったが……エイダ殿を守った戦士たちへの敬意など……それどころではなかった。情けないことに、私は口ばかり達者で、あの時も自分のことばかりだ。明確にヒトを殺したのもアレが初めてで……私は、ただアル殿に言われるままに動いただけだ」


 セシリーはアルに理想を語っていたが、いざとなれば訳も分からないまま、率先して一撃を加え、あまつさえそのまま敵を殺した。

 法による裁き? 生かして無力化すると豪語したのは誰だ。敵の始末を平然と口にしたアルに対して、怒りを覚えたのは何処の誰だったのか。


 敵を生かすにせよ殺すにせよ、どちらにしても中途半端な対応だったと……振り返ってそれを自覚し、一連の行動を恥だと思う程度には、セシリーも戦う者としての気概は持ち合わせていた。


 そんな己の未熟さ、中途半端さをセシリーはエイダに語る。何故か彼女にはするすると自身の恥を晒すことができた。自然と弱音を吐く。それは似た者同士という気安さか。あるいは接点が無さ過ぎる故の気負いの無さか。


「私はエイダ殿の恩人などではない。貴女を庇い、戦い続けた戦士達に遠く及ばない未熟者だ。エイダ殿が恩を感じるような者ではない……」

「……アンタが未熟なら猶更のこと。正直なところ、アルバート殿に私は必要ないだろう。彼の御仁は、ある種の完成された戦士だ。むしろ私が付き従えば足を引っ張るだけだろうさ。

 悪いが、私から見てもアンタには戦士として足りない部分がある。だからこそだ。私はその部分を命をもって補ってみせる。アンタが正道を征くなら、邪道を引き受ける。私の命を盾として使えばいい。従者とは言わない。ただの小間使いとして傍に置いてくれないか?」


 エイダは静かにセシリーの前に両膝を付く。膝立ちとなり、頭を軽く垂れて両の掌を上に向けてセシリーへ差し出す。ヴィンス一族の命を捧げるという儀礼。


 セシリーはその儀礼の詳しい由来や意味などは知らない。ただ、彼女が己に仕えることを望んでいることは流石に解かる。そして、それを断るということが、どのような意味を持つのかも。エイダの儀礼は、捧げた命を拒絶されれば、その命を投げ捨てるという覚悟すら含んでいる。


「……戦士エイダ。私は貴女の主として相応しい者じゃない。ただ、貴女の想いを無下に断ることなど出来る筈もない」

「……感謝を。この命はセシリーへ捧ぐ。私はアンタを主として仰ぎ、命を剣として、盾として、アンタが歩む道の露払いをする。主より後に死ぬことはないと誓おう」


 領都とは言え辺境地。その安宿の一室で契られた主従の誓い。

 見届ける者はおらず、教会や王家、ヴィンス一族やオルコット家がその関係を承認する訳でもない。


 ただの戯れ言のような儀式に過ぎない。だが、二人にとっては紛れもなく意味を持つ出来事。


 セシリーとエイダ。

 一人は神子。一人は魔族。

 己の弱さと愚かさを知る者。

 二人は征く。物語の世界を共に。

 

 もし、遠い未来において、神の視点で過去を振り返るとすれば、この瞬間こそが神子セシリーの転機だったと知るだろう。


 この世界はあくまで現実であり、アルが知る“物語ゲーム”とは似て非なるもの。


 二人の神子。

 ダリルとセシリー

 アルは考えていた。この世界においての『主人公』はどちらなのかと。


 答えを知る時は徐々に近付いている。

 それはアルだけではない。多くの者が、この世界の『主人公』のことを知るだろう。


 真に託宣に示された者。主人公。光の勇者。


 世界が主人公を知る時、それが“物語”の終わり。



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