第7話 戦士とは

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 バタバタと騒がしい……どころではなく、明らかに魔法を撃ち合う衝撃音や金属製の武器がぶつかり合うと音がしている。


「……しょ、少々お持ちくださいッ! 邪法の徒はこちらで何とかして引き渡します故に……ッ!! なにとぞ、もうしばらくのお時間をッ!!」

「い、いや! 違うッ! 確かに邪法の徒は放置はできないが、このような騒動を望んでいる訳ではない! 即刻に戦闘を中止して欲しいのだッ!」

「し、しかし……既にビーリー子爵やその取り巻きが邸宅の一角に立て籠っており……他でも散発的に衝突が……」


 領政を執り行う領主館のみならず、隣接するビーリー子爵家の邸宅にも押し入り、一部が暴徒化して略奪行為に走っている有様。それを防ぐ意味もあり、当主は手勢を引き連れて立て籠っている。

 また、領主館の役人である壮年の男性曰く、邪法の研究の協力者として匿っていた者達もおり、そちらはそちらで仲間内で同士討ちをはじめ、手出しができない状況だという。

 事態の収拾を図るのが困難だというのは、流石にアルとセシリーも十分過ぎるほどに理解した。


「個人でどうにかという状況ではありませんね。教会の者や治安騎士も、あの眷属の兵たちが引いたのを見て、そろそろ踏み込んでくるかも? むしろ、後はそっちに任せる方が無難かも知れませんけど……?」

「……しかしッ! 元はと言えば私の所為でもある! 私がもっと早くウォレスの手を打ち払っていれば……ッ!」


 セシリー。

 一時は自暴自棄に流されてはいたが、その本質は清廉であり争いを好まない。それが神子である故にかは定かではないが、他者の痛みを理解するだけの優しさがある。


 当然魔道士として魔物と戦う事はあったが、決してやり過ぎることはなく、敵は必ず殲滅という苛烈さにも遠い。

 それは甘さとも取れるが、ヒトとしては好ましい気質とも言える。


 アルからすれば『何となく物語の主人公っぽい』という印象を受けると同時に『この世界の現実においては生きづらそうだ』という想いも抱く。


 声を潜めてアルはセシリーに囁く。手っ取り早い解決と現状を。


「(セシリー殿。僕らがこの混乱を鎮めようとすれば、“明らかな連中”をどうにかするしかない。力ずくで。その上で本職の連中が到着前に逃げる。正規の教会の者はセシリー殿を神子として捕らえると思います)」

「(アル殿……だが、その明らかな連中であっても我々には裁く権限も証拠もないぞ。気配で判別は付くだろうが……それに、事を放置して自分だけ逃げるという訳にもいかない)」


 セシリーの言い分は至極真っ当なもの。ただ、アルが一瞬『うぇ?』となったのは彼の脳筋の証明に過ぎない。

 権限なし。証拠は状況証拠のみ。民の害となる都貴族。確証を得た。そして機会があるなら……粛清。こんな事を実行していた以上、アルが戸惑うのも分かるが。


「(いやぁ……セ、セシリー殿、いまはそうも言ってられないかなって思うんですけど……? 早くしないと。それに、このまま捕まればセシリー殿は本格的に虜囚の身ですよ? 本職の連中に頼らざる得ない分、逃げないと不味いでしょう?)」

「(……くっ! ヒト族同士で争うことになるとは……ッ! それに本職の介入に頼るというが、聖堂騎士が介入すればここに居る魔族は問答無用で粛清されることになる……ッ!)」


 東方辺境地では、大っぴらにではないが魔族との交流も細々とだがある。特にルーサム家の逸話を知る者達にとって、魔族とヒト族に然程の違いがないのは周知のこと。


 当然教会所属の聖堂騎士であっても、東方辺境地においては魔族というだけで過剰な反応はない。しかし、何か事が起これば、本来の教会の動き……粛清に傾いた動きになる。そもそも魔族を法で裁くという概念が教会にはない。王国法に魔族に関しての規定は一応存在するが、有名無実化しており、基本は教会の法が優先されている状況でもある。


 セシリーは、あくまでも罪があれば、法によって裁くべきだという思いがあるが故の葛藤を抱いている。

 助けられる者は助けたい。魔族であってもだ。

 それは物語に語られる公明正大で清廉潔白な主人公らしさであり、ヒトとしても好感が持てる資質ではあるが、自身の能力以上の結果を追い求める姿は駄々を捏ねる子供と紙一重。


「……セシリー殿。ここは選択するべき時です。アレもコレもは無理でしょう。悪いですけど、僕は今すぐにでも立ち去るべきとまで思っています。ただ、アリエル様から『もし叶うならセシリーに助力を』と、暗に頼まれているから残っているだけです」

「ッ! ア、アリエルが……ッ!?」


 噛んで含むようにセシリーに言い聞かせる。それは無謀な理想結果を求める年少者に対する対応に等しい。アルはセシリーの中に幼さと甘さを視た。好ましいが、ときに自身を含めて、道連れに周囲まで破滅させかねない危うさをだ。


 そして、彼が受けた依頼。アリエルは言葉にこそしなかったが、セシリーを援けたいという思いが透けて見えていた。叶うならばと。流石にアルもその程度の機微は察せられた。


 だが、あくまでもアルが優先するのは己の身と自身の倫理。流儀。

 もちろん、無関係の者が犠牲になるのを避けたいが、今回の件に関してアルは深い事情を知らない。そして、ただ職務に忠実な聖堂騎士や治安騎士を害してまで、ビーリー子爵家の騒動を収めようとまでは思わない。情報が少なすぎて判別ができない。


 当然の如く、直接的に害意を向けてくる相手に容赦はしないが、命を奪うという暴力を振るう以上、その相手は流儀に則って選ぶ。アルの中にも一線がある。そして、手加減が下手だという自覚もだ。


『ゴメン☆間違えちゃった☆』では済まないということを十分以上に理解している。


 だからこそ、セシリーの理想にいまは賛同できない。光の消えた瞳で彼女に突き付ける。選択を。優先順位を選べと。

 その上で、既にアルの中でどう動くかはほぼ確定している。臨戦態勢。セシリーもアルが言わんとしていることを、何となくだが察した。


「……速やかに“明らかな連中”を無力化する……ただ、可能な限り生かして罪を明らかにさせたいッ! 本職の連中だってそれを望む筈だ……ッ!」

「ええ。それはセシリー殿のお好きにどうぞ。僕は僕で、明確に害意を持って向かってくる者は始末するのみです。あと、民の害となる不埒な輩であると……僕が“確証”を得た者もです」

「……くッ! き、貴殿は……ッ!」


『裁定者にでもなったつもりかッ!』


 セシリーが呑み込んだ言葉。もっとも、その言葉を吐いたところで、アルは『そうだ』と答えるだけ。そこに揺らぎはない。不埒な賊は民の敵。確証を得たなら、機会があれば始末することに躊躇はない。

 もはや問答は無用。

 いまのセシリーには、アルの中にある戦士の信条を揺らがせるだけのモノを持ち合わせていない。情や志、理想だけでは何もできないことを知る。それを理解できるだけの分別が彼女にはあった。


「では、ほぼ確実に“明らかな連中”である、黒いマナを扱う外法集団の方に当たりましょうか。ビーリー子爵については本職に任せた方が良いでしょうし」

「……承知した」


 アルとセシリーは改めて戦いの渦中へ向かう。そして、アルは既にナイナの気配を感知している。命の灯が消え入りそうなその気配を。



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 ……

 …………

 ………………



 ナイナが操るのは、既に滅せられ現世から退場した外法の求道者の幹部であり、魔性の存在であるシグネが造り上げた人形兵器。特殊なゴーレム。


 見た目も気配もまさにただのヒト族であり、非魔道士である一般人。しかし、その肉体強度や運動機能は高く、身体強化を纏った一級の魔道士と同等以上で接近戦を得手とする。奇しくもファルコナーの戦士と似たような性能を持つ。


 そして、奥の手を解放すれば、ニンゲンの可動域に囚われない動きを可能とし、個々に基礎魔法を使用させることすらできる。まさに人外の化生けしょう


 ただ、いまはまともに稼働する人形は残されていはない。少なくともナイナの周囲には。


「ふん。なかなかに強かった。まさかここまで数を減らされるとはな」 

「は、は……はは。ざまぁ……みろ……だ。ア、アンタを……道連れに出来なかったのが……ざ、残念だよ。……ただ……か、かなり時間を……無駄に……しただろ?」


 黒い血……不浄のマナがまき散らされている。人形を盾にベナーク達の攻撃を凌いでいたが、遂にすべての人形を打ち破られ、ナイナ自身も満身創痍。黒い血に紛れて彼女自身の血も流れている。


「ちッ! 死に損ないのイイ子ちゃんがッ!」

「……がッ!!」


 ガラクタとなった人形共々、魔人たるベナークの軽い蹴りで呆気なく吹き飛び転がる。


 ベナークは手傷を負ってはいるが深手はない。ただ、彼女の指摘通り値千金の時を失った。包囲網を突破する為の手勢……使い捨ての仲間達もだ。

 ナイナは当人の実力もある上、人形使いとしてもそれなり以上の遣い手だったが、そもそもベナーク達とは数が違う。人形を使うとは言えども、所詮は孤軍奮闘で勝てる見込みはなかった。いや、決して孤軍ではなかったか。


「……や、やめろ……ッ! 殺すなら……俺からやれッ!」

「くそ……ッ!」

「ナイナを……いや、“エイダ”を殺させるものか……ッ!」


 共にヴィンス一族を出奔してきた馴染みの戦士達。彼ら彼女らはナイナと共にベナーク達に反旗を翻した。そして、ナイナがどう思おうとも、彼女を死なせるつもりは無い。それぞれがナイナと同じかそれ以上の深手を負っており、もうまともには戦えないのは一目瞭然。しかし、立ち上がる。ベナークとナイナの間に立ち塞がる。


「はぁ……今後のことを考えると、それなりに手勢が欲しかったんだが……こうなったら俺一人で逃げるか。もちろん、オマエらは皆殺しの上でだがな……ッ!」


 ベナーク。真の魔族。魔人。


 その容貌はまさにアルの前世の記憶にある「魔族」といったところ。

 通常は大柄のヒト族といった体だったが、いまは更に頭一つ分以上に身体が肥大している。全身に鋼のような黒々とした鱗状の皮膚……天然の鎧を纏う者。能力を解放することで任意に変異するタイプの魔人。その上で、総帥から与えられた黒いマナを十全に使用することもできる。近接寄りの万能型。


 圧倒的なその身体機能によって敵を蹂躙するという戦い方を好み、同じく接近戦を得手とする人形達とはそのスペックの違いと戦闘スタイルの嚙み合わせから相性が悪かった。ベナークからすれば、遠方から高威力の魔法で削られることの方が怖い。踏み込んで殴れる距離の戦いで、負ける道理はないと自負している。


 ただ、それでもベナークは一人しかいない。ナイナはベナークと真正面からやりやって勝てるとは思っていなかった。なので防戦に徹し、その間に人形を使って、他の求道者一味の数を減らせるだけ減らした。もやはベナーク側も残りは数名。元々の数を考えると、痛み分けというにはあまりにもベナーク側の痛みが強い。それでも、ナイナ側にも限界はあった。


 ナイナの一味は彼女を含めて残すところ四人。もはやベナークにとっては薄紙を千切る程度の作業に過ぎない。生き死にの際まできた。


「(……所詮はクズの同士討ちに過ぎない。だが、それでも私は戦士として戦った……ヴィンス様……アンタが言うように、マナの量など関係なかった……強い者が強い。弱い者は弱い……ただそれだけだった。私は……弱かったよ)」

「……エイダ……ッ! 起きろッ! まだだ! お、お前は生きろ……ッ!」


 “エイダ”には薄っすらと黄泉へ道が視えている。もう力も入らない。仲間が……最期を共に戦ってくれた仲間が目の前で散っていくのを見ているだけしかできない。

 ベナークが軽く払った腕で戦士が腹から千切れる。軽く蹴られただけで、もう一人の戦士が足を失う。


「……む、無理だ……もう、動けない……私はいい……逃げ……ろ」

「は……ッ! エイダ……アンタは戦士だ。怖じ気づいて、流されそうだった私たちを踏み止まらせてくれた。名を取り戻すに値する戦士だよ。今度は……私がアンタを現世に繋ぎとめて見せるさ……ッ!」


 先にベナークに立ち塞がった二人の戦士。既に絶命している。……にも関わらず、その亡骸はベナークを掴んで離さない。


「……薄気味悪い奴らだ。ナイナ程度の者を生かすために死兵となるか……くだらない」


 何の感慨も無く、ベナークは戦士の亡骸を軽く摘まんで自分の身から引き剝がし、投げ捨てる。それだけ。彼は強者ではあるが、その振る舞いには戦い果てた者への敬意はない。ただの作業。


「……ベナーク。アンタは強い。だが、アンタは戦士じゃない」

「ふん。知るかよ。何が戦士だ。勝った方が強い。それだけだ」


 それも一つの真理。ただ、それだけではないと吠える戦士もいる。

 そんな女戦士がエイダを庇って立つ。もはや命は無い。それでも戦う。真の戦士を守って死ぬ。


「(……やめろよ……私にそんな価値はない……ベナーク……止せ……ッ!)」


 軽くベナークが右拳を振りかぶる。既に女戦士には反撃をする力はない。押せば倒れるほどしか命の残りがない。

 エイダはもはや声も出ない。朦朧とする意識の中で、周りのその全てがまるで深い水の中にいるかのようにゆったりと視えた。その瞬間瞬間の全てがハッキリと視える。走馬灯の如く。


 このまま、エイダは何も出来ず、異常にゆっくりとしたベナークの拳……致命の一撃が戦士に到達するまでを見る羽目になる。目を閉じたいが閉じれない。叫びたいが叫べない。動きたいが動けはしない。


「(や、やめろ……ッ!)」


 ただ、やたらとゆったりとした空間の中で、次にエイダが目にしたのは、戦士の死ではなかった。



 斬り飛ばされたベナークの右腕。



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