5 託宣の神子と……

第1話 主人公たち

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 学院の寮の一室。二つの華。

 余人を交えず、『託宣の神子』と『アダム殿下の婚約者』が小さな茶会。

 

「セシリー、どうしたの? 浮かない顔だけど……?」

「……ああ、いえ……アリエル様に心配して頂くほどのことでは……」

「もうッ! 二人の時は様付けはよしてよ! 喋り方も!」


 アリエル・ダンスタブル侯爵令嬢。アダム殿下の婚約者であり、『託宣の神子』の二人とは幼少の頃に一時期を過ごした者。

 腰まであるピンクブロンドの髪に翡翠の瞳。身体はほっそりとして小さい。庇護欲を掻き立てるような印象があるが、その瞳の奥には芯の強さもある。ゲームでは男性主人公ダリルの公式ヒロイン。


 この世界において、偶然ではあったが、幼少期の『託宣の神子』をダンスタブル侯爵家が東方の別邸で保護していた。つまり、『託宣の神子』の当人たちに一番初めに関わった貴族家と言える。その繋がりで彼女自身も幼き頃に神子であるダリルとセシリーと接点を持っていたのだが……その接点が彼女の人生を決めたと言っても過言ではない。


「アリエル……そうは言うが、私と君ではもう明らかに立場が違うだろ? 学院の中といっても、君がアダム殿下の婚約者であり、ダンスタブル侯爵家の令嬢だということは知れ渡っているしな。泥まみれになって遊んだあの頃とは違うさ」

「……ふぅ。セシリーは大人だね。私はそこまでは割り切れないや。アダム殿下の婚約者という立場は、私には過分よ……」


 気心の知れた相手に可愛らしい我がままを言ってみる。そんな構図。しかし、アリエルはそれすらも計算している。そして、そういう自分が嫌にもなっている。


 彼女は知っている。アダム殿下との婚約は解消される。自分の本当の相手はダリルだ。『託宣の神子』であり、女神の寵愛を受ける者。

 アダム殿下が畏れ多くも自身に想いを持って下さっているのは知っているが、自分はそのお気持ちには応えられない。全ては決められていたこと。そして自らで決めたこと。


 アリエルの瞳に映るセシリー。彼女も『託宣の神子』であり特別な存在。今はダリルが注目を浴びているが、アリエルは知っている。セシリーは力を抑えていると。


 幼き頃よりダリルと一緒に居て、彼と比べられることが多かったセシリーは、ある時から敢えてダリルに花を持たせた。恐らく、それは幼い恋心からだったのだろうとアリエルは見ている。そして、セシリーのソレは今も続いている。もしかすると、もはや自分が力を抑えていることすら覚えていないのかも知れない。


 自分には自由などない。そして、それはダリルやセシリーも。アダム殿下だってそうだ。


 アリエルは目の前にいる不器用で心優しいセシリーのことを好ましく思っている。その心は自由。

 せめて彼女には自分たちのように籠の鳥になって欲しくないと願う。願うだけではなく、彼女は行動に移す気ではあるが……


「アリエル……王家に連なる御方が相手では弱気になる気持ちも分かるが……私は、アリエルがアダム殿下に引けを取るような者じゃない事を知っているよ。逆だよ。アダム殿下にこそアリエルはもったいないのさ」

「ふふふ。不敬だわ、セシリー」

「はは。ここだけの内緒にしてくれ」


 華たちが綻ぶ。お互いに身の内に秘めた悩みはあるが、いまこの時ばかりは幼き頃と同じ。

 アリエルはダリルと結ばれる。それはもう決まっていること。だが、そうなれば恐らくセシリーとこのように笑い合うことはもうできない。その未来を知る彼女は、それだけが心苦しい。


「……ふぅ。久しぶりに笑えた気がするわ。それで? 結局セシリーは何に悩んでいるの?」

「そうだな……アリエルに言わせると鼻で笑われそうだけど……例の“白いマナ”の件であちこちと顔繫ぎやら修練に参加しているのだが、どうにもお膳立てされている感が強くてね。まるで人形劇の人形になった気分で少し辟易しているだけさ。いつの間にかヨエル殿たちがまるで私たちの付き人のようになっているしな……」


 セシリーは少し愚痴を零す。立場もあるアリエルから言わせると本当に些細な悩みだろうが、辺境にて魔物たちとやり合っていただけの田舎者だ。そんな自分が御偉方と連日のように顔を合わせている事実についていけない所もある。

 そして、確かに彼女は違和感を抱いている。この状況に対して。もう勘違いなどではない。明らかだ。流石にアリエルにそんなことまでは言わないが……


「……聞いたわ。“白いマナ”。神聖術の力のようでもあり、普通の魔法のようでもある。二つの特性を融合させて昇華させたかのような奇跡の力だと……本当にそれほどの力なら、ある意味で今の状況も仕方ないのかもね……」

「はは。アリエル。それは大袈裟な噂だ。まぁダリルの方はかなり強力だが、私の方はそうでもないさ。普通の魔法が白っぽくなる程度だよ。……まぁそのお陰で家督の継承破棄がスムーズにいきそうだ」

「教会の発表……やはり『神聖術』と同じ扱いに?」


 セシリーは養子ではあるもののオルコット子爵家の長子として迎えられている。長子……つまりは家督継承者。セシリー自身はそのことに引け目を感じており、再三に渡って、オルコット子爵の実子である義弟おとうとに継承権を委譲するべきだと訴えてきた。


 オルコット子爵家において、セシリーはまさしく家族として迎えられ愛されている。当初は義両親であるオルコット子爵夫婦も『託宣の神子』のことが頭をチラついていたが……それはもうない。逆にセシリーが『託宣の神子』として家を離れることに心を痛め、王国や教会の意向に緩やかに逆らいながら家督の継承権をセシリーに持たせたまま今に至っている。オルコット家のせめてもの抵抗の証。


 だが、『神聖術』に目覚めた者は貴族家から切り離される。もちろん、家督継承者が一人しか居ないような場合は少し話が違うが……基本的には女神に真に帰依することとなり、貴族家に連なる者から『神聖術』の遣い手の一人、個人として教会の庇護下に入ることになっている。少なくともマクブライン王国では教会とそのような持ちつ持たれつの関係がある。


 今回、ダリルとセシリーの“白いマナ”に関して、教会は『神聖術』と同等の扱いとする旨を示した。


「ああ。私としては義父上ちちうえ義母上ははうえへの感謝と愛情はあるが……やはり家督は血族が継ぐべきだとは思う。代々の血脈を私が途絶えさせるのは忍びない。義弟おとうとと婚姻して子を為すということも頭を過ったが……もはや家族でしかないからな。流石に無理だ。家督の継承について義父上も義母上も頑固だが、教会の認定とあれば流石に引き下がるだろう。私の白いマナなど、ダリルのオマケのようなものだから……教会側には少し申し訳ないが……」


 溜息混じりに思いを吐露するセシリー。うんうんと相槌を打ちながら応じるアリエル。


「(セシリー……私は知っているよ。幼い頃のこと覚えている。貴女のマナは“白っぽくなる”程度ではないし、ダリルのオマケなんかじゃない。アレはまるで光の奔流……あの時のことがあったから、私は『託宣の神子』の為に生きることを決意したんだよ)」


 セシリーとの談話にアリエルは微笑む。その微笑みの奥に決意を隠して。



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 ……

 …………

 ………………



「ふん。なかなかにやるものだな」

「はは。俺は田舎者ですからね。世辞と言えどもありがたく頂戴しておきますよ」


 学院の訓練場。通称決闘場と呼ばれる場所。学院の生徒同士で諍いが起きた時に『訓練』という名目にて、ここで決闘紛いのことが行われることからそう呼ばれている。むろん、学院側は認めていないが、殊更に止めることもない。黙認。暗黙の了解。


 ただ、いまこの場を使用している二人はもう決闘紛いのことをする程の隔意はない。


 ダリル。『託宣の神子』

 アダム。マクブライン王国の第三王子。


 アルの記憶にあるストーリーとは前後しているが、婚約解消前の現時点で、アダム殿下への襲撃事件は既に起きていた。コートネイ家の変事が落ち着いたすぐ後のこと。


 当然のことながら極秘に処理され、緘口令も敷かれているため、その内容は極一部の者にしか知られてはいない。王家の影であるヨエルも、この事はアルには明かさなかった。


 実際のところ、不埒な襲撃犯はアダム殿下ではなく婚約者であるアリエル嬢を狙ったもの。実行犯は死ぬことを前提としており、特別な成果を求めない襲撃。『託宣の神子』だとか黒いマナなどはまったく関係のないモノ。


 仕掛けたのは、ダンスタブル侯爵家が力を付けることを是としない者達。当然のことながら証拠を残すような真似はしていないが、嫌疑は十分といったところ。


 アダム殿下とアリエル嬢の茶会でトラブルを起こし、ダンスタブル侯爵家の責任を問うという子供じみたモノだった。

 その発想は子供じみているが、アリエル嬢の血を求める愚劣さは本物。流石に尊き殿下の血を求めない程度の理性はあったようだが。


 現場は学院のサロン室の一つ。その場にはダリルやセシリー、その付き人と化したヨエルやラウノもおり、当然のことながらアダム殿下の護衛たちも居た。


 襲撃を察知するなり、周りの者は皆が殿下を護るために動いた。


 そのほんの一時、空白の出来たアリエル嬢。


 彼女に凶刃が迫る中、ダリルとラウノはアダム殿下ではなく、アリエル嬢を護るために動いていた。そして、ダリルは身を挺してアリエル嬢を庇い負傷。賊はラウノがその場で仕留めた。ダリルの献身もありアリエル嬢は無傷に済んだ。


 一連の出来事にアダム殿下は大変感銘を受けたという。


 力無き者を護るのは貴族の本懐だと。


 以降、アダム殿下はダリルのことを気に掛けるようになり、同時にヨエルやラウノも自然と殿下の善き覚えを受ける身となった。


 しかし、アダム殿下は気付かない。本来であれば、この程度の襲撃犯は殿下に近付くことも出来なかったことに。


 この一連の騒動は、襲撃犯を逆に利用して殿下と知己を得ようと考えたヨエルとラウノの猿芝居だったということ。勿論、アダム殿下の護衛達も承知の上。

 ダリルの動きだけは予想外だったが、ラウノは丁度良いとばかりに瞬時に判断して、賊を仕留めるのを少し遅らせた。


 結果、想定以上の効果があったという。



「しかし……その白いマナは反則だな。術の効果が籠めたマナと比例していない。何故にそのような不可思議な現象となるのか?」

「いや……実のところ俺にも解りません。この度、教会は俺とセシリーを『神聖術を繰る者』として正式に認定しましたが、この白いマナは神聖術とも似て非なるモノのようですし……」


 訓練室で魔法の実践を行う二人。今では気安いやり取りまで出来るほどに打ち解けている。


「教会の認定か。残念だ。ダリルやセシリーには貴族に連なる者として力を振るってもらいたかったが……致し方あるまい。やはり家督の継承破棄となるのだろう?」

「ええ。ですが、長子であるセシリーはともかくとして、俺の場合は養子の上、義兄あに義姉あねがいますから。アーサー家の家督を継承する目は元々ありませんでしたよ。学院に来たのも出仕先を探すというのが一番の目的でしたし。まさか教会の所属となるとは思いませんでしたが……」


 彼等は知らない。全ては王国と教会の手の上。

 そして、王国と教会も知らない。彼等には自由意志があるということを。


「教会の認定が正式なモノとなれば、俺とセシリーは一度実家に戻り家督の継承破棄の儀式をしますが……俺にとっては気楽な里帰りのようなものですね」

「そうか。では、しばらくは学院を空けるということか。……アリエル嬢が寂しがるだろうな」


 今となってはアダムもダリルとアリエル嬢の交流を咎めはしない。


 ダリルは辺境貴族に連なる者であり粗野だ。王都の貴族社会での礼儀は十全ではない。しかし、本質的な部分では実直であり、“キチンと弁えている者”であることをアダムは知った。

 むしろ、アリエル嬢へのフィルターを外したアダムの眼には、ダリルの直接的な言動が新鮮に映ったという。少なくとも、ガチガチの礼儀で本音を隠す都貴族家に連なる者よりかは好感を持った。


「アリエル様はセシリーと離れることが堪えるでしょうね。最近は二人で連れ立っているのをよく見ます」

「ふぅ。最近では私と居るときもセシリー嬢の話ばかりだ……」


 大袈裟に嘆くアダムを見てダリルは笑う。そして、それがアダムには心地よい。



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