第2話 コンラッドの主

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 本命であったヨエル達から話を聞いた後、アルは学院内で噂話を聞いてまわりながら、黒いマナを持つ者をチェックして時間を潰す。ただ、思っていたよりも黒いマナを持つ者が多く、なにかしらの対処の必要性についても考えていた。


「(黒いマナも人によってかなり濃淡が激しい。ほんの僅かにチラつくだけの者は、『託宣の神子』への害意というよりは、特別扱いをされている主人公たちへの妬み程度にも思える。プライドの高さそうな都貴族に多い感じか。逆にハッキリと黒いマナが認識できる連中は、イベント絡みのような気もするし……主人公たちがどうにかするなら、手を出さない方が正解か? いまになって振り返れば、あの教師四人は割とハッキリと黒いマナが視えていた部類だな。手を出したのはマズかったか? 首輪を付けられたとはいえ、王家の影の協力も得られたし、個人的には良し悪しというところなんだけどな。う~ん……ストーリーに影響が無ければ良いんだけど……ってまぁそれも今更か)」


 黒いマナ。アルとしてはこれについてもその判定基準が分からない。

 当たり障りのない連中相手にすれ違いざま、その黒いマナにさり気なく触れて確認することもあるが、その多くが『あいつらばっかり……』『かの御方と知己を得るなど……』『神聖術使いなら学院に在籍する意味は無い筈だ』……というような、主人公たちへの妬みや愚痴のようなモノが感知された。『託宣の神子』というキーワードも出てこない為、特別にイベントやクエストに繋がるような印象はない。


 ただ、質量を伴うかと錯覚するほどの黒いマナを持つ者は、だいたいがイベントキャラ的な者たちと見受けられる。アルの記憶にも引っ掛かる者もいるが、そうではない者も多く、誰がゲーム的なイベントキャラなのか、それともこの世界独自の者なのか、アルには判別が出来ない。そして、なかにはお試しで接触するのは憚られる程の遣い手も混じっている。


「(う~ん……僕が使徒であるのは極秘らしいけど……これはビクター班を通じて、神聖術の遣い手なりに話を聞きたいな。この“機能”を有効に活用できている気がしないや。あの化け物クレア殿には何となく解っている気がするんだけど……何故か彼女には“聞いてはいけない”と感じる。ただの理不尽な暴力というだけじゃない。取り返しのつかないナニかが待っている気がする)」


 黒いマナの感知機能についての相談。また一つ借りができる。王家の影への借りが積みあがっている気もするが、アルはそれも今更かとあっさりと割り切る。

 ただ、クレアへの警戒は解けない。その実力だけではなく、彼女に対してアルは、得体の知れないモノ……触れてはいけないナニかを感じている。


 そしてその警戒は正しい。今のアルが知る由もないが、クレアには相対するときのルールがある。


 その真意を聞いてはならない。

 その言葉に逆らってはならない。

 その真の姿を見てはならない。


 禁を犯せば、彼女と“契約”を交わすことになる。

 ただの雑談程度であればよいが、意志を持って彼女に真意を問うことは禁忌の一つ。もっとも、彼女と雑談できる者もそうは居ないが……


 秘されしクレアとの“契約”。その内容を余人が知ることはない。それを知るときには既に契約が交わされた後。


 そして、これまでに怠惰のクレアと契約した者は、王国内においても決して少なくはないという。



 寮室のドアを丁寧にノックする音で思考が中断される。


「アル殿。コンラッドにございます。お迎えに参りました」

「……承知致しました。(なかなかにやる。解かれるまで気配が読めなかった。この間はそう感じなかったのに……。はは、都貴族と馬鹿にできない者たちも居るね)」


 アルはドアの前に立たれるまでコンラッドの気配を感知できなかった。そして、恐らくコンラッドは敵意の無さを現すためにドアの前で敢えて隠形を解いた。そんな彼に対して、アルはファルコナーの技に近いものを感じる。


 決して油断はしていないつもりだったが、アルはどこかで気が緩んでいたと認識を改めながら、ドアを開けてコンラッドと相対する。


「お待たせしました。……今日はどちらへ?」

「はは。アル殿。我が主も学院の在籍者です。少し離れてはいますが、学院の寮に違いはありません。主の寮は馬車を出すほどは離れていないため、申し訳ありませんが、徒歩でお付き合いをお願い致します」

「それは良かった。貴族区にでも連れて行かれるのかと戦々恐々としていましたよ。なにぶん辺境の田舎者故、無礼があるかも知れませんが……その際は平にご容赦を」


 それとなく話をしながら、コンラッドの先導に従って後ろを付いていくアル。

 先を行く者は、今は“普通”の都貴族家に連なる者の動き。洗練はされているが、その歩法は戦う者のそれではない。マナの制御も未熟。擬態。


「(器用だな。こうも巧く使い分けができるのか。僕には無理だ。マナの制御はともかくとして、動きについてはここまで“できない”フリは難しい。……彼の主がファルコナーに興味を持ったと言うけど、このコンラッド殿が居れば十分では? ……ファルコナー領でも十分にやっていけるレベルなんだけど……。ダメだね。王家の影という模範があったのに、王都を……都貴族を舐め過ぎてた。少なくともコンラッド殿と接近戦はしたくない。不意を突かれそうだ)」


 涼しげな顔で先を行くコンラッドだが、後ろを行くアルは内心で舌を巻く。戦いたくない相手。容易に倒せない相手。しかも今は隙だらけときた。アルが突発的に襲撃しても捌けると踏んでいるのか。礼儀として敢えて隙を見せているのか。


 少なくとも、隠すなら徹底的に隠すこともできた筈。敢えてアルに見せたのは、やはり礼儀としてなのか……真意は不明。


 ただ、現状、彼の後ろ姿には悪意も害意もない。平穏なマナ。その姿がファルコナーの者を彷彿とさせる。


 ある程度の雑談の後は、静かに二人は歩いていく。コンラッドの主のもとへ。


 実のところ、アルは都貴族家の者の相手など面倒くさいと思っていたが、コンラッドの振る舞いをみて俄然興味が沸いている。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。



 ……

 …………

 ………………



 出たのは子供。それも貴公子。眩しいほどの。


「この度は私のわがままに付き合って頂き、誠に申し訳ない。」


 戦場を征く貴族式の礼ではあり、きっちりとしたものではあるが……ペコリと頭を下げる擬音が聞こえてきそうな程に子供らしい。


「(あれ? この学院って確か十三歳から十六歳で入学じゃなかったっけか? あまり発育の良くないサイラスと同じくらいにしか見えないぞ? いや、個人差もあるしな……迂闊なことは言えないけど……それにこの子は……)」

「……アル殿」

「……あ、これは失礼致しました。僕はアルバート・ファルコナー男爵子息です。そちらの家名は敢えて聞かないでおきます。アルと呼んで頂ければそれで構いません」


 あまりにも意表を突かれて反応が遅れる。アルは名乗り、同じく貴族式で礼を返す。


「私はセリアンだ。まぁ学院にいる以上は学院に倣い家名は伏せるが、先に貴殿を調べさせた無礼は改めて謝罪する」

「……セリアン殿の謝罪を受け取ります。ですが、ファルコナーの名を知られても、もう特段に困ることもないですし、無礼だと思っていないことはお伝えしておきますよ」


 学院に来た当初は悪目立ちするのを避ける意味でも家名を知られたくなかったが、よくよく周りを見れば、一部では既にバレているというのも分かった。南方の辺境貴族家に連なる者も多数いた為、連中から漏れていたのだと少し経ってからようやくアルも気付いた。南方の出の者などは、まず目すら合わせない。あからさまだ。


「……アル殿。お気付きかも知れませんが、我が主には事情があります」

「ええ。構いません。話であれば、僕がベッドの横に行きましょう」


 セリアンの事情。

 マナの流動を視てピンときた。……とにかく“普通”の状態ではない。体が蝕まれている。

 グレードの高い寮。その上で彼の看護や世話のための使用人も常駐している様子。この分だと医師や神聖術の遣い手も抱えているのかも知れない。先ほどの挨拶すら、かなり辛かったのではないかと、アルは察した。


「……不甲斐ない姿をお見せして申し訳ない。横になる無礼を許してほしい」

「いえ、セリアン殿の事情に付き合うのは招かれた側の役割でもあります。謝罪の必要はありませんよ」


 セリアンの言葉と態度にはアルへの敬意がある。コンラッドの時と同じ。敬意には敬意を返す。それに、都貴族に連なる者であっても、力無き者へ配慮するのはアルにとっては当然の習い。そこに貴賤はない。あるのは単純な敵か味方かの線引きのみ。

 敵ならば女子供であろうが、瀕死の老人であろうが容赦はしないという面もあるが。


 コンラッドがセリアンを抱え上げてベッドへ運ぶのを眺める。


「(かなり弱っているな。彼が学院の基準の年齢であれば、身体の成長が伴っていないのも“アレ”の所為なのか? 下限の十三歳だとしても……体が出来ていない。ほんの十歳程度にしか見えないな)」

「……失礼致しました。アル殿、どうぞこちらへ」


 セリアンは大きめのクッションを背もたれにし、上半身を少し起こしている。ベッドの横には椅子と小さめのテーブルが用意されており、恐らく普段から来客対応に使用されているもの。アルはコンラッドに勧められるままにベッド脇にセッティングされた椅子に腰かけ、セリアンの言葉を受ける。


「……まず……アル殿は南方五家の中でも名高い、かのファルコナー家。私のような軟弱な者を見て気分を害しているのではないか?」


 どこかバツが悪そうにセリアンがアルに伺いを立てる。……と、同時に……


「……セリアン様。仮にファルコナーがそのような気風であっても、アル殿はそのような御方ではありませんよ。そのような言葉こそ非礼に値します。……申し訳ございません。アル殿、主に代わり謝罪致します。」


 セリアンを窘めて、コンラッドがピシッと頭を下げる。

 なんだこのやり取りは? 一連の流れにアルも若干引く。


「……えっと……セリアン殿もコンラッド殿も……僕が言うのも何ですが、ファルコナー家に対していささか偏った認識がおありのようですね。確かに僕らは頭がオカシイと指をさされても甘んじて受け入れますが……害意も悪意もない、むしろ敬意を持って接して下さるセリアン殿に対して、見ただけで気分を害すなど……そこまで愚かな礼儀知らずではありませんよ?」


 哀しいかな。セリアンの言葉は割と本気だった。そしてコンラッドの謝罪もだ。つまり、アル個人はともかくとして、ファルコナーは“そういう奴ら”だと思われている節があるということ。


「……そ、そうなのか? ファルコナーでは強さのみが正義であり、魔物と戦えぬような弱者は淘汰される厳しい環境だと聞いたのだが……?」


 都貴族にもファルコナーの名が知られているのは事実だが、正しく認識されているかは別。ファルコナーは修羅の国ではあるものの、ヒト同士の繋がりや互助や共助はむしろ王都よりも手厚いのだが……それを知る者は少ない。

 アルもわざわざ説明する気にもなれない。狂戦士の風評が強過ぎて、説明しても理解を得られないのが目に見えているからだ。


「……ま、まぁファルコナーの風評はこの際はどうでも良いとしましょう。セリアン殿。それで? ファルコナーに興味を持ったとお聞きしましたが、僕にどのような御用でしょう?」


 アルは強引に話を本題へ繋げる。ファルコナーの風評の話は終わり。セリアンもそんなアルの態度に感じるものがあったのか、追及はしない。


「……そ、そうだな……では前置きはなしでこちらの用件をお伝えしよう。ただ、このようなことを頼むのは、貴族に連なる者の風上にもおけぬことだと分かっている。そのことだけは知っておいて欲しい。…………アル殿。ファルコナーの秘儀である『身体強化』の魔法を教示願えないだろうか? むろん! 貴族家の秘儀を他家に漏らすなど以ての外なのは承知してる! 私一人だけだ! 私は女神と我が祖先に掛けて、その秘儀を明かさぬと誓う!」


 セリアンはアルが見る限りは本気。その言葉に偽りはない。コンラッドをはじめ、周囲の使用人たちを観察しても、特段にアルを嵌めようとする害意は感じない。主の願いを共に真剣にアルに願っている気配すらある。


 だからこそ困惑する。


「(え? そんなことなの? てっきり、ダンジョンの魔物ぶっ殺してこいだとか、コンラッド殿と戦って見せろとか、そっち系を想定してたんだけど……もしかすると病なり呪いなりの対抗手段を探しているのか? う~ん……ファルコナーの技は秘儀という訳でもないし、別に教えるのは良いんだけど……セリアン殿が望む効果ではないだろうな……)」

「……アル殿。どうか主の願いを聞き入れて貰えないでしょうか? 礼金はもちろんのこと、アル殿が望むモノを可能な限り用意致します。……どうか……ッ!」


 アルがいつもの如くボンヤリと考え込んでいると、それを否定の意と捉えたのか、コンラッドが更に重ねてくる。


「あ、い、いえ。特に嫌だとか、勿体ぶっている訳ではなく……単に拍子抜けしてびっくりしただけです。……セリアン殿もコンラッド殿も……やはりファルコナーへの誤解があるようですね」


 アルは改めて説明する。


 ファルコナーの『身体強化』は秘儀ではないと。



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