第7話 分かり合う必要もなし

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 代わる代わるダンジョンダイブを繰り返し、三日間に及ぶチュートリアル……学院が新入生達をダンジョンに放り込むだけのイベントが終わった。


 一部の教師達は『何故死人が出ない?』と訝しんだが……流石に、ダンジョンの異常個体、それも災害個体と呼ばれるゴブリンジェネラルを報告せずに放置していたと、自ら公にすることも出来ずに悶々としていたという。


 アルはアルで、異常個体のゴブリンについてはヨエル達に報告し、そのドロップアイテムである魔石と剣も王家の影に提出している。

 チラつく黒いマナが気持ち悪くて押し付けたというのが本心だが……ヨエルなどは『アルバート殿の態度は模範的な貴族に連なる者……やはり誤解だったのだろうか?』……と、少し絆されている。チョロい。


 ただ、アルとしての誤算は、魔石を手放しても視界に映る黒いマナが完全に消えた訳では無いということ。


 明らかにこれまでには無かった“機能”。

 少なくとも、アルはマナを視覚化して認識することなど出来なかった。

 王家の影たるヴェーラのように、視覚でマナを認識する者たちも確かに居るが……あくまで素質がある上で、年単位の訓練の積み重ねによる能力モノ


 天性の資質にいま目覚めた! ……と信じ込めるほど、アルは能天気にも成りきれなかった。


「(うーん……やはり何らかの法則性はあるのか? 傲慢な都貴族であっても、何も視えない者も多いし、逆に真面目な使用人や好々爺と言える教師に黒いマナが視えたりもする。……イベントキャラと思われる奴らにも一部黒いマナが視え隠れしているし……あ! アレは後半で魔族側に寝返る奴だ! 正規ルートでバッチリ出てくる筈!)」


 いつもの如く、アルがボンヤリと周囲を観察していると、記憶の隅にヒットするキャラを発見。

 そしてそのキャラに黒いマナ……主人公達を包む光とは対象的なモノを捉える。


「(……やはりイベントに関わる印みたいなモノか? 一応、マナを視覚で捉えられるというヴェーラ殿にも確認したけど、あの司教のときのようなハッキリした黒いマナじゃないと視えないようだし。

 流石に主人公達に確認してもらうのは無理だ。色々とこちらも情報を出さないといけないし……そもそも、王家の影達に納得行く説明は出来ない。チラつくだけの黒いマナは今のところ僕にしか視えてないと考えておくにしても……というか、あの黒いマナにふれるとどうなるんだ? 気持ち悪いけど一度試すか……イベントキャラは怖いから、どうでもいいモブな教師たちだな。実験台は)」


 晴れて、一部の教師たちは狂戦士に選ばれる。



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「しかし……一体どういう事なんでしょうか?」

「もしや異常個体が発生しなかったか?」

「いえいえ、それは有り得ません。存在の確認自体はされていましたから……」

「なら、新入生共に倒されたのか?」


 異常個体の発生を伏せていた都貴族の教師たち。

 何の問題もなくオリエンテーションが終わったことに疑問が尽きない。彼等には分からない。


「まさか! あの田舎者共のヒヨッコが災害個体を被害なく倒すなど! ……確か以前に出現した際は、かのハズウェル家の御令嬢が撃破したと……」

「おお! ハズウェル家! かの家の者が相手取る魔物に、田舎者共が敵う筈もないのぅ!」


 彼等は知らない。魔物の強さなど。ほとんど見たこともない。

 王都の中で語られる、装飾過多な武勇伝の噂をただ真実としているだけ。


 前世の記憶を持つアルからすると、知識層、支配階級の者がなんと純朴で阿呆なのかと驚くことだろう。実際に驚いている。


「それでは一体何があったのか……?」

「……都貴族家の御令息御令嬢の為にも、一度改めて調査を出すか?」

「仕方あるまい。未だに災害個体がウロウロしているなど……もっとも、我らが同胞の令息令嬢なら、何とでもするだろうがのぅ!」

「ハハハ! それは違いない!」


「(うーん……分かり易いバカなんだけど……余りにもバカ過ぎて、逆にコイツ等はイベントキャラなんじゃないのかと感じる。主人公達にアッサリやられる小物な悪役とか?)」


 教師たちが集まる部屋。とあるサロン室なのだが、他の“普通”の教師たちは彼等と接触したくないが為に近寄らないという。

 アルが少し聞き込みをするだけで、連中の溜まり場はすぐに知れた上、ここに居る四人全員に黒いマナがチラついていた。


 気配を隠して先回りして部屋に潜んでいたのだが……誰もアルの存在に気付きもしない。

 ダダ漏れで未制御のマナ、だらしない身体に気配。絵に描いたような悪人面、それも小物。根拠なく自らが優秀であるという選民思想を持ち、駄目な方に実践までしている愚物。

 アルが疑うのも無理はないと思うほどに“条件”が揃っている。ゲーム的に言えば雑魚な悪役としてはテンプレ。


「(実験台は一人で十分かと思ったけど……別に良いか。イベントキャラだとしても、どうせフリークエストとかそんな感じだろ、コイツ等なら。あの異常個体のゴブリンを始末したのも僕なんだし、コイツ等に迷惑掛けられたのは事実だ。正規の手続きで処分とかは無理だろうし、ここはついでにファルコナー流で済ませるか)」


 アッサリと連中の先行きが決まる。『今日の夕食はどうしようか?』程度の軽い検討で。

 しかし、狂戦士にも冷静な判断材料はある。


 コイツ等なら証拠をそれほど残さずにやれる。

 抵抗されても問題にならない。

 学院にとってどうでも良い人材。

 家名は気になるが、この程度の愚物が当主ではあり得ない。そもそも当主たる者が学院で一教師などしていない。

 派閥に属するとしても、どうせ大したポジションではない。

 マナ量も少し多い程度。古貴族家のような歴史の古い家系でもなさそうだ。

 戦争となっても大した戦力にもならない。むしろ足を引っ張りそう。


 それらを加味しての判断。

 実際は『気に入らない』というアルの感情が一番の判断材料とも言えるが。



 ……

 …………



 ある日、学院の教師の男が一人姿を消す。

 王都の民衆区。その中でも貴族や富裕層たちが多く住む区画にある自宅。妻と子が待つその自宅に戻らなかった。


 商売女に熱を上げて、家に寄り付かなくなることはこれまでにも多くあり、家族は『またいつもの病気か』と気にもしなかったと言う。


 ただ、学院にも姿を表さなくなり、三日程が経過すると『流石にコレはおかしい』となり、男か行方不明となっていることが発覚。


 行方不明となったであろう当日。

 学院を出た後、酒場で酒を飲み、性接待を含めた“そういうお店”で夜半まで過ごし、その後の足取りは不明。


 事故と事件の双方で捜査されることになったが、目新しい発見はないままとなっている。

 ちなみに家族は、遺族保障の手続きがある為、『早く死体を見つけろ』と煩いらしい。男が生きている事を望んではいない様子もあり、捜査にあたる者は家族の犯行も視野に入れている。


 そして、その行方不明事件とは別に、一人の学院教師が事故死した。不審死でもある。

 何故かは不明だが、一人でダンジョンに入り、二階層でゴブリンに嬲られて殺された模様。

 特別に力のある魔道士ではなく、実戦からも遠ざかっていたとは言え、学院の教師を勤める者が、何も出来ずにゴブリンにやられるとは……何らかの事件ではないかと疑われているが、当日の被害者は『かなり酔っていた』という目撃情報もある。


 そもそも、普段から素行が宜しくないと言われており、学院の勤務時間内にも姿をくらませたり、酒を飲む悪癖の持ち主。


 謎は残るが、所詮は二階層のゴブリンにやられる自業自得という事もあり、家族も強く捜査の継続を望まなかったという。


 立て続けに起きた教師の失踪と不審死。


 しかし、それを聞いた学院内の殆どの者が『へぇそうなんだ』程度の反応しか示すことはない。

 本人達は不本意だろうが、代わりは幾らでもいる。むしろ、学院の教職に空席が出来たと喜んでいる連中も多いという。


 ただ、訝しむ者たちも当然いる。かなりの頻度で二人と接点を持っていた者なら特に。



 ……

 …………



「……何があったのでしょう? あ、あの二人が同時期にこのようなことに……」

「ええい! 辛気臭い話をするでないわ! たまたまの偶然じゃろうて! ……それにしても、あれ程大口を叩きながら、ゴブリン程度に殺られるとは情けないにも程があるわ!」


 いつものサロン室。

 しかし、集まる者は二人。残る二人はもうここへ来ることはない。いや、一人は行方不明である為、もしかすると可能性はあるのかも知れない。


「……が、学院内では、次は私達ではないか? などと噂になっております……。

 つ、次はどちらかという、賭けまであるとか……」

「な、なんじゃとッ!? な、何たる無礼! 何たる不謹慎さじゃッ!! ヒトの命を賭けの対象にしようなどとッ!!」


 もはや質の悪い喜劇のよう。


 彼等は気付かない。

 自分達の行いを他者がしているだけであることに。同じであることに。

 彼等が自らの行いを省みることは決してない。

 何故なら、自分達は違うという思い込みがあるから。歪んだ信念があるから。

 自分達は何をやっても許されるし、清く正しい存在なのだという前提がある以上、自らの歪んだ信念に沿わない者達とは、未来永劫に解り合うことはない。


 アルもまた、彼等とは話し合わない。交わらないのが解っているから。

 ヴィンスのときとは違い、交わした情もない。


「(ここまでバカだと、逆に罠のような気さえしたけど……まぁ本当に底抜けなバカたちだっただけとはね。

 さて、今日で終わりだ。若干ヴェーラ殿には疑惑の目を向けられているし、とっとと終わらせるか)」


 行方不明と不審死。

 当然の事ながらアルの仕業。ただ、何らかの罠を疑い、念の為の確認作業として先に二人を対象にしたというだけ。


 情報も大して持っていない。

 軽く耳を千切った程度で、一人は泣きながら失禁し、助けてくれと懇願しながらペラペラと聞かれてもいない情報を吐いた。ただ、アルにとってはどうでもいい情報ばかり。


 例の黒いマナに関しては、触れても身体やマナには何の問題もなかったが……問題が無い訳でもなかった。


 ダンジョンに連れ込んだ教師の黒くチラつくマナに触れた瞬間『託宣の神子を害する』という強い意思……のようなモノをアルは感知する。


「(やはりあの黒いマナは主人公達への敵意……何らかのイベントのサインのようだ。ただ、あくまで『託宣の神子』というワードが強かったから……ゲームではなく、この世界のオリジナルの存在か? ゲーム本編に絡まない程度に、黒いマナがチラつく奴らを締め上げていくのも良いかもな)」


 アルは黒いマナを『託宣の神子』の敵性存在によるモノと断定する。

 この判断が吉と出るか凶と出るか……少なくとも、部屋に隠れ潜む狂戦士に気付けない二人の教師にとっては、間違いなく凶。大狂。


「けしからん連中だッ! 派閥の者からも注意してもらわなければッ!」

「……い、いえ……その、賭けの元締めは、我らが派閥の長である……ワディンガム侯爵家に連なる者です……つ、つまり我らは、もう……」

「ッ!!? ありえん! 我らのい、命を賭けにするなど……ッ!! そ、それでは! ワディンガムの者から!!」


 既に切り捨てられ、行方不明なり死ぬことを望まれているということ。


 この二人は『自分たちも同じだ!』と認めないだろうが、彼等が属する派閥の者たちは比較的一般寄りの良識はある。少なくとも、ダンジョンに異常個体が発生したことを隠蔽するような真似はしない。

 するとしても、相手を明確に選んで作戦を組み、ターゲットに異常個体をぶつけたりして利用する程度だ。


 彼等のように、辺境貴族組だからといって、貴族家に連なる者達を意味なく無差別に害するようなことはしない。それらは謂わば王国の戦力を削る背信行為。


 更に呆れるのが、異常個体を放置した彼等は、ただの辺境貴族組への嫌がらせ以上の意味がないときた。

 これが、王国の敵に通じている等の利敵行為ならまだしも……嫌がらせというくだらないことをザクザク証拠を残して行うなど……無能にも程がある。


 都貴族が辺境貴族に偏見を持つのは良い。差別や嫌がらせも構わない。ただし、報復を招くような証拠を残すな。表向きには知らぬ存ぜぬを通すのがルール。

 それが、彼等が属する派閥の考え方。最低限のルールすら守れない無能を庇うほど、派閥の結束は甘くも微温くもない。


 何より、今回の件には王家の影まで調査に動いており、既に無能な教師四人はその捜査線上に上がっていた。派閥を預かる者は『もう我らとは関係のない者共』と切り捨てるのも当然のこと。


「(ようやく派閥に見捨てられたことを知ったのか……というか、何故自分達が“こう”なっているのかも知らないとはね……先の二人含めて本当におめでたい連中だよ)」



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 ……

 …………



 賭けは不成立。


 何故なら、残りの二人はいつもたむろしていたサロン室で同時に遺体となって発見された。

 傍らには違法な薬物が散乱しており、過剰摂取による薬物中毒死と判断。

 お互いに殴り合ったような痕もあったが、薬物による錯乱状態として片付けられた。

 流石に派閥の者や捜査関係者も、後先がどちらかまでは調べなかったという。


 派閥による粛清、はたまた王家の影の断罪か? ……などと噂されることになったが、特に興味もない者も多く、その噂すら直に立ち消えたという。


 そして案の定、空席となった教職はすぐに別の者に振り分けられることとなった。特に問題も混乱もなくスムーズに。


 アルは知る由もないが、彼等に対してその予想は当たっていた。

 ゲームに措いては彼等はフリークエストの端役。

 しかし、後任の教師が実はイベントキャラであり、彼等が絡むフリークエストは、後の隠しシナリオルートへのフラグになっていたという。



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