第5話 ダンジョン

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 結局、アルはどの派閥やグループにも属さぬ者としてやっていくことになった。一般人と同程度のマナ量しか持たず、南方出身のオドオドした小物という微妙なキャラ設定。


「(あぁ……もう少しキャラ設定を考えるべきだったな。はぁ……ぼっちでも問題はないけどさ。僕を見る学院の教師たちの目が『こいつ面倒くせぇなぁ』ってのが少し気に入らないだけだ。うん。あと、ヨエル殿たちの監視というか警戒レベルがあからさまに上がった気もするけど……ふぅ。別に好きでぼっちになった訳じゃないんだから勘弁して欲しい。

 まぁ良い。今はチュートリアルの件だ。これまでもこの世界とゲームでは色々と違いがあったけど……ここに来てチュートリアルがゲームと同じだとはね。

 妙にこの世界の常識に則った独自の面があるかと思えば、その反面で、正にゲーム的設定な『ダンジョン』なんてモノがそのまま存在するとはね。仮にチュートリアルがあるにしても、王都の近場で魔物狩りするとか……ダンジョンは普通の洞窟みたいなモノかと思ってたんだけどなぁ……)」


 力ある貴族家たちの引き抜きが一段落した後、今期の辺境組を担当する教師たちの挨拶と紹介があり、そのままの流れでいきなり『ダンジョン』について説明があった。


 ダンジョン。


 学院の敷地内に入口であるゲートが存在する謎の空間。

 基本的に現世と同じ生態の魔物が徘徊しているが、ダンジョンの中の魔物は倒すと、マナの残滓を残して消える。魔物の死体は残らない。そして、時には魔物の死体が消えた後に何故か有益な武具や魔道具など現れることがあるという。所謂ドロップアイテムだ。


 正にゲーム設定的なあの『ダンジョン』に他ならない。


 アルの前世に存在したゲーム内においては、ゲームクリア後のやり込み要素であり、ダンジョンそのものがストーリーに大きく関与はしない。

 ときにダンジョン内での事故とその救出劇があったり、暗躍する者たちが会合場所として使用してるなど、イベントで多少出てくるのみ。

 ゲーム内では、ダンジョンの存在自体について詳しく説明されることもなく、ただ学院の訓練施設のような形で利用されているという風になっていた。


「(五階層まで行って、階層ボスを倒して、五階層ごとに存在するというショートカット用の魔道具である石板を起動。それで学院に戻ってきて終わり。……って、メチャクチャゲームじゃないか! 何だよショートカットの魔道具って! 明らかにこのダンジョンだけ世界観が違うだろ! 何だかんだと言いながら、ゲーム設定を基にした現実世界な感じだったじゃないか! 急にゲーム色を強く出してくるなよ! だったらはじめからステータスとかレベルとかも用意しとけ! 僕なんか去年までここがゲーム設定がベースの世界だと気付かなかったくらいなんだぞ! このダンジョンを知ってたら、もっと早く思い出してたわ!)」


 誰とも共有できない怒りがアルの胸に去来する。まぁ……だからどうしたというだけのことだが。


「(くそ。もう良い。ゲームの方のチュートリアルなんて覚えてないけど、レベル一の主人公たちで出来る程度だ。そう構えることはないだろ……)」


 本来、辺境組の初っ端のダンジョンダイブは、派閥やグループの結束を図り、お互いの能力を把握するためのモノとして扱われており、それ以降は魔物との実戦的な訓練施設という扱いとなる。

 都貴族組の戦闘科目もこのダンジョンが主となっているが、彼らがダイブするのはもう少し後となっている。ある程度の訓練を経てから。ただし、魔道士であればそれほど危険がないとも判断されている。

 つまり、既に実戦を経て来ている辺境組にとっては、いきなり放り込まれても大丈夫だろうと……その程度の危険度だと言われている。


 ただ、アルに関してはノン派閥な孤独の身であるため、一人でダイブすることになる。

 流石にこれは不味いか? ……そう教師たちが考えたのも一瞬。アルがファルコナー家に連なる者であることを確認した後は、気持ち良く『オマエは一人で行け。むしろ他の者と合流するな』……ということになった。


 その結果、いま、アルは一人でダンジョンにいる。



 ……

 …………



「……ヨエル殿。大きなお世話だと分かっているが……あのアルバートと言う者は一人で大丈夫なのだろうか? ……こちらには余裕もあることだし、合流するのはどうだろうか?」


 セシリー。女主人公。

 彼女の凛とした声がダンジョンに微かに反響して聞こえる。


「……セシリー殿。彼のことは気にしなくても良いのです。むしろ気にしてはダメです。本人の居ないところで家名について語るのはマナー違反と知っていますが……彼は南方五家の一つとして名高い、かのファルコナー家に連なる者です」

「ッ! 狂戦士の一族……ッ! 彼が? 本当に?」


 女主人公のセシリー。男主人公のダリル。二人とも東方の辺境貴族家に連なる者。……共に家の者との血縁はないが。


 東方は南方と比較的魔物の傾向が似ている。その有効な戦闘方法の中には、当然の如く近接戦闘も含まれている。勿論、ファルコナー家のようにほぼ近接戦闘のみという程の偏りはない。ただ、その有用性を認めているのは事実。そのような感じで、良くも悪くもファルコナー家のことを知っていた。


「……失礼。ヨエル殿の言葉を信じていない訳ではない。ただ、少し驚いてしまっただけだ」

「いえ、構いません。確かお二人は彼を引き入れることを提案していましたね? あの場では言えませんでしたが、私たちが彼を引き抜こうとしなかったのは、そのマナ量や南方出身だからではありません。彼は巧く擬態しているだけであり、その実力はかなり高い。しかし、同時にどこか不安を掻き立てるのです。申し訳ないが、その能力よりも不安感の方が強いと判断した為、彼を引き入れるのを断ったのです」


 ヨエルはセシリーとダリルに説明する。丁寧ではあるが、結局は『何だか不安』というフワッとした理由でしかない。

 王家の影としての任務があるため、彼とは行動を共にすることが出来ないという理由もあるが、それをそのまま『託宣の神子』二人に話せるわけもない。


「ヨエル殿に従者のお二人も、どおりで彼を見る目が険しかった訳だ。……そうか、彼はファルコナー家の戦士。あのマナ量や気配……俺は全く見破れなかったよ」

「……落胆するなダリル。私も同じだ。表に出ている態度などに気を取られていた。いや、言い訳だな」


 二人はアルの擬態を見破れなかったりことを嘆くが、それは仕方のないこと。それ程までにファルコナー家のマナ制御は自然というだけ。


「(弱い者を守ることや他者への情もある。貴族に連なる者としての気概は十分。辺境貴族家としては素晴らしいが……いずれこの二人には都貴族家からのちょっかいも増える。利用されなければ良いが……いや、現に彼女たちを利用している私が何を思うのか……)」


 ヨエルは二人の気質を好ましいと感じていたが、都貴族の者たちはそのようには思わないことも知っている。『お人好しなバカめ』と利用しようとするだろう。


 そんな彼女たちを守ることもまた、王家の影としての役目。不確定な要素を排除するのも当然のこと。


「……行きましょうか? このダンジョンではゴブリンが多いらしいのですが、お二人は東方にて戦ったことはあるのでしょう?」

「ええ。親の顔より見たと言っても過言ではない程には……」

「私も同じく。東方ではゴブリンやオークが主な相手ですから……」



 ……

 …………



「ええい! 鬱陶しい!」


 一人でダンジョンを進むアル。

 当然の事ながらダンジョンの魔物が襲ってくるが……弱い。

 魔道士に目撃されるのを避け、『銃弾』は使わずに身体強化のみで戦うが、それでも出てくる魔物……ゴブリン共では準備運動にもならない。しかし、数だけは多いという状況。


「初見ではちょっとビビったけど……弱いな、ゴブリン。確かゴブリンやオークなんかの亜人型は、東方の大峡谷に多いと聞くけど……まさか実際はこの程度じゃないだろ。恐らく個体差もあるし、上位クラスの奴や変異体もいるはず。このダンジョンで出てくる奴らは妙に猪突猛進で均一だから、何らかの操作やバランス調整的なのがあるんだろうな……」


 他の生徒たちの気配も遠く、完全に一人となり、普段の黙考ではなく独り言がダダ漏れのアル。

 ブツブツ言いながらも、襲い来るゴブリンを瞬時に死体へと変えるという、異様な作業は続く。


 既に四階層まで到達しているが、ゴブリン共が彼の歩みを止めるには至っていない。

 数の暴力というには心許ない数。哀しいかな、ダンジョンのルールなのか一度に出てくるのは多くてもゴブリンが七体程度。


「……単体の強さは変わらないけど、出現数だの連携だので難易度調整してるのか。雑だな。通路がデカいんだから、もっと数で押すとかしないのか? ……いや、なんで僕がダンジョン側の心配してるんだ?」


 最初に全力で殴った際、ゴブリンが爆散してしまった為、今は加減しているが……それでもアルは拳、手刀、蹴りという単純な一撃一撃でゴブリンをマナに還す。


 学院側も派閥の数が多ければ、流石に一度に挑戦するのは五人程度ずつとして、時間差を設けている。人数自体が多いため、日程が違う者達も多い。

 ただし、入るときにいくら時間差があろうが、中で合流すれば同じこと。結局の所、ダンジョン内まで着いていって監視する程の労力を学院が掛けることはない。

 所詮はオリエンテーションのようなモノ。もし、このダンジョンの五階層までで大怪我や死亡となるなら、その者はそれまでというだけ。

 都貴族組の生徒たちの場合であれば、学院側からもっと手厚いサポートがあるが、辺境貴族組の扱いはこんなモノ。


 学院の教師たちの多くも都貴族家に連なる者たちであり、学院では彼らが幅を利かせている。そして、都貴族家の多くは、辺境貴族家を野蛮な田舎者と見下す風潮が根強くある。

 魔物と日常的に相対することのない者たちは、辺境貴族家が居なければ、国土の多くが魔物に呑まれる事実には目を向けない。


『我々が本気を出せば魔物など容易く駆逐できる。それをしないのは田舎貴族に仕事を与えるためだ』


 本気でそのように考える都貴族も、決して少なくないのだ。


 そのような影響から、辺境貴族家の者たちに対しては、良くも悪くも自己責任の放任主義がラドフォード王立魔導学院のやり方。


 そして『ダンジョン』には、ときにイレギュラーな個体が発生することも学院側は把握している。その個体が発生するのおおよその時期も。

 一部の教師たちによって、そのような情報が操作され、あわよくば田舎貴族の子弟どもが慌てふためくかも……という、幼稚な嫌がらせにも利用される。そんなことすら日常茶飯事。


 今回のように。



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「くッ! 何だこのゴブリンはッ!?」

「クローディア様を守れ!」


 護衛役の取り巻きがクローディアの前に出て大盾を構えるが……軽く振られた程度のゴブリンの剣撃を受けて、呆気なく盾ごと吹き飛ばされるという有様。


 ゴブリン。

 邪妖精などとも言われるが、実体を持つ生物であり魔物。

 この世界においては亜人型ということもあり、その脅威度は高い。武器や道具を使い、社会を築く。

 知能は獣並で、彼等は汚れた存在だと教会は吹聴するが、東方においては魔族の一種だという認識。つまりヒト族と同等の知能や社会性を持つ存在として認知されている。


 個体差も大きく、ときにはヒト族に受け継がれた“技”を凌駕し、貴族家の当主クラスの魔法を使う者さえいる。


 災害個体。


 絶対数は少ないが、その個体に遭遇すれば……死を免れることは難しいとも言われる。



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「(おいおい。これまたベタなイベントか? あのゴブリン普通に強いな。雑魚とは別格だし異常個体か? 災害個体というには弱いかな? うーん。ゴブリンの等級なんて判別つかないな。

 それにしても、あの縦巻きロールのお嬢様達もショボい。西方は遠距離での大規模魔法が主体と聞くから、接近戦は苦手なんだろうけど……ちゃんと護衛しろ。お嬢様が強い魔法を準備する時間くらい稼げ。そもそもこんなになるまで接近を許すなよ)」


 アルが強者の気配を感知して、様子を見に来てみれば、西方貴族家のクローディア達が一体のゴブリンに良いようにあしらわれていた。


 見た目自体に大きな差はないが、そのマナ量や練度はただの個体である筈も無い。


 ゴブリンには大振りとなる片刃の西洋剣を持ちだらりと棒立ち。しかし、その立ち姿に隙はない。

 その上、マナを隠蔽していたアルの存在にすら気付いている。むしろ、目の前の者たちよりも、潜むアルを警戒して動きを止めているという状態。


「(……既にうろ覚えとはいえ、ゲームのチュートリアルにこんな奴は出てこなかったのは確かだ。……コレ、僕が何とかするのか? 主人公たちはまだ遠いし……あの縦巻きロールのクローディア様も、恐らく重要キャラだろうしなぁ。正規ルートにはあんなベタベタな悪役令嬢ビジュアルなキャラはいなかったから……ストーリーの大勢に影響はないか? それともここで散る悲劇のキャラか? いやいや、学院に来て早々にダンジョンの五階層までで死んだら、この世界の貴族社会的にはただの恥さらしで終わるか……)」


 アルがボンヤリと悩んでいる間も、クローディア達は絶望に折れそうになっているが……



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