第2話 託宣の神子
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「単刀直入に聞く。アルバート、貴様はアダム殿下を害する者か?」
初老の男が問う。
前触れもなく、突然部屋に入ってきてすぐだ。
マナの揺らぎを感知しているため、準備をさせずにという意図なのだろう。アルはボンヤリとそう考えていた。
「いいえ。僕に殿下を害する意図はありません。(ゆくゆくは殿下も主人公パーティなんだ。むしろ頑張ってもらいたいと思っているよ)」
アルは、先日の大ホールでは、自分も興奮していたのだろうと……そう振り返るようになっていた。
王家の影という同年代の少年少女三人。
それに後から入ってきた上役と思われる初老の男性。
誰もがかなりの使い手であり、恐らくいまの自分では敵わない。
しかし、誰からも父上のような隔絶した強さを感じない。対峙しただけで総毛立つような危機感もない。……そんな風に彼等を評価していた。
「そうか。貴様は殿下……引いては王家に弓引く者ではないと? そう言うのだな?」
「はい。王国の者として、貴族に連なる者として……そのようなことは考えたこともありません」
チラリと男は感知を担当する少女を見る。静かに頷く。
しかし、少女……ヴェーラには不安がある。確かにアルのマナに揺らぎはない。だが、それは質問の前も後も同じ。何ならここへ来るまでの道中ですら同じ。判別がつかないのだ。
「……それでは、何故に先日の大ホールで殿下と、影の護衛である彼等を観察していた?」
「それは……実のところ殿下が目的ではありません。僕が確認したかったのは、辺境の貴族家に連なる者たちの力です。お恥ずかしい話ですが、僕は南方の貴族家の者としか関わりがありません。他の辺境地の者がどれほどの使い手なのかが気になっていたのです。(まぁ嘘じゃないな)」
質問者である初老の男は名乗らず、それどころかマナで威圧までしている。……にも関わらずに平然と応えるアルに、流石に違和感を抱く。
「(こやつ……私の威圧に対して小動もしないとは。マナの制御が巧い。……ここまでされると、ヴェーラであっても感知は難しいか? ……ふん。これだから『ファルコナー』に連なる者は扱い辛いのだ)」
「(生温い威圧……でもまぁ、都貴族相手にはこの程度で抑えればイイわけね。まさに活きた教材だな)」
何故か尋問されている側は平気な顔でリラックスしており、それを見守る影の三人の方が緊張しているという状況。
「ヴェーラ。もういい。こやつには無意味だ。まったくもって忌々しい。流石だよ、ファルコナーに連なる者め」
「お褒め頂きありがとうございます」
しれっと煽る。たが、次の瞬間にアルの余裕は崩れることになった。
「……ダリルやセシリーに関係するかとも思ったのだが……」
なぜその名を!? 平穏だったアルのマナが激しく揺らぐ。思わず初老の男に向けて。
「……ッ!」
「!!」
「……ふッ!」
瞬時に反応した三人に組み付かれ、床に叩きつけられる形で動きを封じられた。
未熟な自分にはお似合いだと、アルも抵抗はしない。
「(あーあ。つい反応しちゃった。三人とも良い動きをしてるね。……それにしてもダリルとセシリー……主人公のことを彼等も……この世界のヒト族も認識しているのか?)」
「……驚いた。貴様はあの二人に関して、本当に何か知っているのか?」
……
…………
不審者から要観察対象。ついには情報を吐かせる尋問相手へ。
「聞かせてもらおう。何故貴様はあの二人を知っている?」
「いやぁ……さきほど言ったように、辺境貴族家に連なる者を見ていたら……殿下の決闘未遂騒動です。あの二人を見たのはその時がはじめてで……知ったのも名前くらいです。
……ただ、逆に僕が聞きたいですね。何故誰もあの二人に気付かないのでしょうか? 明らかに何らかの加護や特別な祝福なんかがあるでしょう?」
身の自由は許されず、アルは押さえ込まれて床に這いつくばったままで応える。
「貴様……視えていたのか? ……いや、判断できんな……ヨエル、急ぎ司教に取り次げ。そして連れて来い。ラウノとヴェーラはそれまでコイツを閉じ込めておけ」
「ハッ!」
「「はい!」」
晴れてアルは、尋問相手から虜囚の身へ。
「(まぁ仕方ないか……でも司教ってことは……やはり教会は二人を把握しているのかな? 女神の御意志的な?)」
「……こちらへ。抵抗はしないで。騒がなければ何もしません」
ヴェーラが促す。アルは素直に従い、客室と思われる場所へと案内される。『あぁ地下牢とかじゃないんた』と思うのみで特に抵抗の意思は見せない。というよりも、既に術中にあり実質抵抗が出来ない状態。
「(やっぱり“強さ”の質というか、魔法の方向性が違う……彼女は感知と捕縛を得意とするみたいだけど……見えない鎖のようなモノが巻き付いてる? 抵抗したら一気に締まるのかな? 流石に試すと怒られるだろうしなぁ。
うーん……身体強化でブチのめすのに特化したファルコナーとは違うか。どうやったら逃れられるんだ、この魔法? まったく破れる気がしないや)」
アルの身体には、ヴェーラの魔法で構成された不可視の鎖が巻き付いており、微かでもマナの活性があれば即座に実体化して対象を締め付ける仕様となっている。
そして、この魔法は距離が近ければ近いほどに強力となり、現在のアルとの距離であれば、締め付けるだけでなくそのまま“潰せる”。
「……協力に感謝します」
「いえいえ。どう致しまして。僕は別に王国に仇を為す者ではありませんから」
確かにアルは王国に仇を為すつもりはない。むしろ戦争による王国の疲弊を少しでも防ぎたいという大義がある。心からの本音だ。
しかし、何故かヴェーラは、そんな彼の背後に不吉な影を幻視する。屍山血河。死屍累々。
「(……この人は危険だ。何故かは分からない。でも、私のマナが騒いでいる。彼を野放しにしてはならないと……ッ!)」
「(うーん……なんだろ? このヴェーラっていう子……苦労性な気配がするなぁ)」
何故か虜囚の身でありながら、余裕というか平静を崩さない。
この少年はアルバート・ファルコナー。ファルコナー男爵家の第三子。
ヴェーラ自身が個人的に彼を知っているわけではないが、聞いたことはある。聞かされてきた。魔道士の基礎とも言える身体強化。その魔法を教わるときには、その家名が必ず出てくる。それも何度も何度もだ。
南方の辺境五家の一つであり、代々継承される秘伝の魔法はないと言うが、実はその驚異的な身体強化の魔法こそがファルコナー家の秘伝ではないかという専らの噂。
彼らは直系一族だけではなく、その家臣団、私兵、民兵までが……身体強化による近接戦闘で大森林の凶悪な魔物たちを屠るという。
王都周辺の弱い魔物じゃない。大森林の魔物と肉薄するなど……他の貴族家では考えられない。
更に彼らにはもう一つの噂がある。
『平静に狂っている』
それがファルコナー家だと。
「(噂は噂。だけど……このアルバート。彼の熱のない平坦なマナは本当に気持ち悪い……。私の『縛鎖』にもまったく動じていない。それに、マナの活性を感知すれば反応するのはずなのに『縛鎖』は未だに何の反応もない。有り得ない。彼だって命を奪う魔法が自分に巻き付いていることには気付いている筈なのに……何故動じない? )」
ヴェーラには理解ができない。自分の命が他者の手の内にある。そんな状況でありながら、まったく気にもしてない。少なくともその素振りを見せない。
命を握る側でありながら、ヴェーラこそが平静でいられない。
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「……困りますな。こうも突然に呼びつけるなど……いくら『神子』に関することでも、もう少し余裕を持って頂きたいものです」
「申し訳ない、バーナード司教殿。ただ、『神子』に関しては火急にと……そう仰っているのはエリノーラ教会ではございませんか? バーナード司教殿が余裕を持てと仰るなら、次からは別の御方に話を持っていくとしましょう。如何かな?」
「……くッ……! 足元を見よってからに……ッ!」
ヨエルにより呼びつけられたバーナード司教。彼は聖職者ではあるが、その性根は権力欲に取り付かれた亡者と変わりはしない。聖職者の皮を被った俗物。
しかし、そんな俗物であっても確かに『神聖術』の素養がある。魔道士で言えば貴族家の精鋭クラス。逆を言えば、だからこそ司教の立場にいられるというだけらしいが。
「……それで? ただの魔道士如きが『託宣の神子』を看破したと?」
「ええ。ただの魔道士如きがです。まぁ所詮は司教クラスにギリギリ届く程度の小物であっても感知することができる以上、特別に珍しいことではないと思いますが……念のために確認をと思いましてな」
この場に待機する羽目となったヨエルからすれば、上役である初老の男もエリノーラ教会の司教も自分より遥かに上の立場である存在。そんな二人が笑顔で当て擦りをする様には胃が痛くなる。
「(ああ。とりあえずさっさと本題を済ませてもらいたい……)」
『託宣の神子』
二人の主人公。
ダリルとセシリー。
彼等はこの世界でも確かに認識されていた。女神エリノーラの御使いとして。
ある日、辺境の修道女が女神の託宣を受け取った。
魔法やマナがあり、魔物が跋扈する世界。そんな世界で広く信仰されている女神エリノーラ。
女神からの託宣はこれまでも実例があるが、それ以上に、信徒の思い込み、トランス状態での幻覚や幻聴などの方が多いのが実情。おいそれと真の託宣であると教会も認定はしない。
しかし、その時の託宣は、これまでの実例よりは明確であり、直接ダリルとセシリーを指し示してたという。その上で、具体的に言及されていたのだ。マクブライン王国の未来が。
その詳細は事細かに明らかにされていないが、一部の者達に公開された大雑把な内容はこうだ。
辺境より光の勇者が二人。
彼等は王家に連なる者との接点を持ち、いずれ王国に千年の繁栄をもたらす可能性。
彼等は魔族に連なる者と接点を持ち、いずれ王国に百年の苦難の暗黒をもたらす可能性。
その可能性のどちらにおいても、魔族とヒト族は相争う。
二つは一つに。可能性は調和。調和こそが千年の先。
彼等には知らせてはならぬ。
可能性を操作してはならぬ。
王家や枢機卿にはその詳細……勇者たちの名、王家の者の役割、魔族との関連、地名、年代、戦争、栄光と苦難の具体的な内容、千年の先の事……などが公開されたと言うが……この話も定かではない。ただの与太話と一笑に付す者たちも多い。
ただ、司教以上の位階の『神聖術』の使い手たちは概ね託宣を信じている。
何故なら、ダリルとセシリーを包む光を……女神の加護を直接視ることが出来たのだから……もちろん全員が加護を認識することができたわけではなく、また、一度認識した者でも、次には感じなくなることもあったというが。
まず、マクブライン王国とエリノーラ教会は共通の認識として、ダリルとセシリーの生命の保護と彼等の健やかな成長を望んだ。そして、当然の如く託宣は秘される。
しかし、ヒト族のためにと可能性への介入は為された。
ダンスタブル侯爵家の後押しにより、とある貴族家の庶子であったダリルはアーサー男爵家の養子となり、セシリーの方は元々は孤児でありながら、オルコット子爵家の正式な長子として迎えられた。
アルは知る由もなく、ゲーム設定でも語られないこと。
そもそもゲームにおいての主人公たちは、際限なく強くなっていき、イベントに巻き込まれ、王侯貴族や古貴族家とも繋がりを深め、出会う者たちからいきなり信頼されたりするが、あくまで「辺境貴族家に連なる普通の少年少女」という設定だった。
しかし、この世界においての二人は、一部の者達からは明確に“特別な存在”と認識されている。
そう。ダンスタブル侯爵家令嬢であり、幼き日にダリルやセシリーと交流したアリエル嬢という存在。
彼女が王家の者と婚約したのも、ゆくゆくはダリル達と王家に連なる者……アダム殿下との接点を持たせるため。それが為されれば、最初からアダム殿下との婚約は解消される手筈だった。アリエル嬢への他の貴族家からの婚約の打診を跳ね返す為の処置であり、時間稼ぎ。
そして、婚約解消後はアリエル嬢は幼き日に交流した男爵家のダリルと……
つまり、ゲーム世界においての男主人公の公式ヒロインであるアリエル嬢は、この世界でも託宣の神子と結ばれることを周囲に期待され、そのように仕組まれていた。それは当然、彼女自身も承知の上でだ。
誤算は、アダム殿下が本気でアリエル嬢に懸想したことか。……切ない。
ゲームでの主人公たち。
この世界においての託宣の神子。
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