第15話 本編開始

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 学院の入学手続きの最終日。


 アルの予想に反して一番の人混み合い具合。揉みくちゃになる者たちまでいる模様。流石に全員ではないが、従者を連れている者達も多い。


 彼自身は詳しく知らなかったが、実はファルコナー領はその戦果により、片田舎の男爵領としては、かなりの金銭的支援を王国から受けているのだ。謂わば危険手当のようなモノ。


 また、アルは半年の外民の町暮らしで、総額としては、かなりの額をチンピラ達から巻き上げていたというのもある。つまり小金持ち。


 学院の寮に、金を払って事前に入るなど……そんな事が出来る貴族家は実は少ない。従者のことを考え、ギリギリまで外民の町や民衆区の安宿で待機していた者達が、アルの考えていたよりも実際にはかなり多かった。

 特に辺境の貴族家では、その辺りで見栄を張ることも少ない。実利を取る。


「(……まぁ経験してみないと分からないこともある。もし次があれば、見張るのは最終日かその直前くらいで良いわけか)」


 そんな学院と貴族家の内情を通り掛かった新入生に聞いたりしながら、アルは二階のテラス席より混み合う大ホールの様子をボンヤリと眺める。


「(チラホラと重要キャラっぽいビジュアルやら、ヤバそうな実力者なんかもいる。やはり今日が当たり……今期から本編スタートか……? )」


 明らかに貴族家の令息令嬢というだけでは済まないような者……あくまでマナの量と質のみだが……そんな者達にもアルは目を付ける。

 ただし、アルがゲームストーリーに関係なく警戒する必要を感じたのは、マナの制御が飛び抜けて巧い者達。


「(あの連中は恐らくは護衛。普通の護衛と違い、供回りとして年齢の近い者をというのは……確か王家の慣習。近衛侍従。主人公のライバルキャラである第三王子に属する者達かな? もしかすると、僕ぐらいじゃ気付けない達人とかも紛れてる可能性もあるか。それに近衛っぽい中でも一人だけ……僕に気付いたね。方向性は違うけど、貴族家の当主クラスの実力はありそう。……ヴィンス殿の所にいた、あのエイダとかいう紛い物とは別格)」


 自分の存在を感知されたことに警戒を強めるが、同時に彼は安心もしていた。


『王都育ちの者達でも底知れぬ実力者たちがいる』


 そもそも彼等は魔族との戦争においては紛れも無い味方。

 実際に同じ戦場に立つことは決してないだろうが、彼等であれば安心して背を任せられると……アルは感じた。

 ただ、相手側からは確実に不審者としてマークされたことは敢えて考えない。


「(……ッ! やはり当たり。いま入ってきた少年。あのビジュアル……キラキラ金髪のど真ん中な貴公子。記憶にある第三王子だ。……王家に連なる者は他の貴族家の者と敢えて同じ行動を取らせるのが慣例らしいけど……この混雑する日に来られると学院側も迷惑だろうなぁ。あの一角だけいきなり人が割れたし……あ、近衛はさっきの連中じゃないのか? 別のベテランっぽい人たちが護衛に付いてる。もしかして、さっき生徒に紛れていた連中は裏とか影的な感じなのか? 王子を守る配置だから、敵側ではないだろう)」


 アルは遂に第三王子であるアダム・マクブラインを確認。ゲーム本編の重要キャラであり、この国の重要人物。

 色々と感じるモノがあり、思わずマナが昂ったのだが……それを先程の裏の護衛と評した者達たちにも感知されていた。

 ただの不審人物から、要観察対象へクラスチェンジした瞬間でもある。


 そして、そうこうしていると主人公たちが現れる。男女のペア。第三王子側とは反対方向。

 他の者たちは誰も彼らを気にしていないが、アルは違う。彼らを照らす光を幻視する。神々しく暖かな光。


「(……んなッ!? 何だあの存在感はッ!? ほ、他の人たちは気付いてないのか……? は、はは。これは確かに“主人公”だ……辺境貴族家の、確か男は男爵家で女は子爵家だったはずだけど……確かにそれなりに鍛えられている。でも、アレはそんな次元の話じゃない。……もしかすると、教会の高位の聖職者はこんな景色を視ているのか……? あの二人は……この世界なり、女神エリノーラなりに祝福されている……確実に。そうじゃないとおかしい……)」


 王都に来てがっかりしていた。辺境の地と違い、王都では命のやり取りが遠い。結果として、本来は“戦う者”であったはずの貴族たちが腑抜けている。暴力を商売道具とするはずの裏町の連中も同じ。

 アルはそんな印象を持ち、近い将来に起こるだろう、魔族との戦争についても危機感を募らせた。『このままで大丈夫なのか?』『魔族はどれほどの脅威なのか?』と。


 しかし、今日ここで主人公たちを視て、少し考えが変わる。それだけの衝撃を受けた。


「(……あの二人。主人公たちに任せておけば問題ないのでは? あの存在感……女神とかの祝福があるのなら、この世界はマクブライン王国の勝利を、ヒト族の存続を望んでるんじゃないのか? ゲームのストーリー、世界の強制力的なモノだってあるかも知れないし。

 少なくともあのゲームの正規ストーリーは、最終的には『この世界はこれから、ヒト族と魔族が手を取り合い、共に調和の道を歩むだろう……』というハッピーエンドだった筈。ただ、戦争に関しては結局のところヒト族の勝利で幕を閉じた。魔族は敗戦の徒。そりゃヒト族側が『調和を』と言えば『はいその通りに……』となるのは当然だけどさ。

 ……はぁ。何だか色々と気を揉んでいたけど……僕がチョロチョロと何かをしなくても良いんじゃないのか? それぐらいにあの二人は別格の存在だ……逆に誰も気付いてないのがビックリだよ。もしかすると僕のチートはコレか? この世界の超重要人物を識別できるとか? ……だからどうしたという能力だな……)」


 アルは気配を察知しながらもいつもの如く黙々と考え続ける。


 そうこうしている間に、男主人公であるダリル・アーサー男爵令息が幼き日に世話になったという侯爵家令嬢とボーイ・ミーツ・ガールする。


 入学の手続きではなく、婚約者であるアダム・マクブライン第三王子殿下に挨拶にきていた、アリエル・ダンスタブル侯爵令嬢。彼女こそ、男性主人公の初期設定のメインヒロイン。

 もっとも、ゲームにおいては好感度なるモノによって最終的なヒロインは変わってくる仕様のため、あくまで公式の設定でしかない。


 ストーリーの進め方によっては、女主人公であるセシリー・オルコット子爵令嬢が、アダム殿下と結ばれるという展開もあるし、男女の主人公同士がカップルとなる展開もある。

 ファンからすると、男性主人公で一番の人気女性キャラは、正ヒロインであるアリエル嬢ではなく、セシリー子爵令嬢。つまり主人公カップルだったという。


 アリエル嬢は、そもそもがライバルキャラであるアダム殿下の婚約者。その後、ストーリーの諸々によってアリエル嬢とアダム殿下との婚約は解消されるため、ヒロインを殿下から略奪するようなドロドロ展開とまではいかない。一応は。


 しかし、政略上の婚約だったが、アダム殿下はアリエル嬢へ本物の恋心を抱いていた。婚約解消後とはいえ、男主人公と正ヒロインのイベントの数々は、アダム殿下の脳を破壊している。……などと評されていたらしい。


 恋心を抱く元・婚約者が、目の前で別の男とイチャイチャしている。確かに、アダム殿下の視点で考えると嫌な話だ。


 階下の大ホールの一角では、そんなダリルとアリエル嬢の再会があり、それをやれやれと見守るセシリー。更にその姿を遠目から目撃してしまうアダム殿下。


 まさにゲームのオープニング。


 アダム殿下としては、久々に会う婚約者のアリエル嬢が見知らぬ少年と輝く笑顔で談笑している。それも衆人観衆で名前を呼び合うなどと……これが口煩い一部の古貴族家の者にでも知られれば、アリエル嬢の名誉が傷付けられる。


 アダム殿下は随伴の者に相手の情報を調べさせ……アリエル嬢の名誉を陰でコソコソと傷付けられぬようにと、殊更に自分に注目を集めるためにダリルへ決闘を申し込む。……という流れ。


 そもそもアダム殿下には、この時のダリルなど眼中にはなかったという裏設定。ダリルが引き下がれば殿下も引く。


「……本当にオープニングイベントが起こるとは。マジにゲームのままだね。さて、僕はどうすれば良いのやら……」



 とうとう本編が始まる。



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