第3話 学院へ

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 結局のところ、アルがどれだけ悩もうとも学院行きの日は来る。現実は待ってはくれない。


「アル様。お気を付けて行ってらっしゃいまし。たとえ学院で出仕先が決まろうとも、一度はこのファルコナー領へ帰ってきて元気な姿を見せてくだされ……ヨヨヨ……」


 ホブス老が白々しく目元を拭う。嘘泣きもここまで来ると清々しい。

 ただ、アルとしては見送りに来てくれるだけ有り難いとも感じている。父であるブライアンや二人の兄たちなど、既にそれぞれの戦地で暴れている。


「アルが居なくなると、ますますファルコナー家に常識が薄くなりますね……」

義姉上あねうえ。そう悲観しないで下さい。既に義姉上も大概ファルコナーに染まっていま……」


 ぶんッと空を切り、アルの頭があった場所をナニかが横切る。アルは慣れた感じでしゃがみ込み、綺麗に身を躱していた。


「……義姉上、そういう所ですよ?」

「ふふ。アルは本当に可愛げが無い子」


 長兄カルヴァンの妻である、メリッサ・ファルコナー。

 見た目は深窓の令嬢ではあるが、その手にはしっかりと実戦で使い込まれた鉄棍が握られている。


 貴族に連なる者は戦う者。そこに男女の差はない。そして、ファルコナー家に来た者は脳筋一直線だ。


「まぁまぁ。二人とも戯れはその辺にして……アル。最後にもっとよく顔を見せて頂戴。……下手をすれば、これが今生の別れとなることも覚悟しなくてはいけないのですから……」

「……母上……」


 クラーラ・ファルコナー男爵夫人。

 アル達の母であり、ブライアンの妻。彼がいない間もいる時も、実質的に男爵領を取り仕切っている女傑。

 その彼女がそっとアルの顔を包むように両手で触れる。……と同時に膝。


「ぐふぅッ!?」


 クラーラの膝は見事にアルの腹に刺さる。

 崩れ落ちるアル。

 心底ガッカリした表情のクラーラ。


「……はぁ。なんて惰弱な……アル、常在戦場のファルコナー家の心得を忘れたのですか? 身体強化がなっていませんよ?」

「……ぐぇ……も、申し訳な……いで……す。(くそッ! だから嫌なんだよココはッ!!)」


 アルバート・ファルコナー男爵子息。

 十四歳。前世の記憶持ち。転生者。

 ファルコナー家の第三子と生まれるが、ファルコナー家を出奔することを心に誓う。


 ……

 …………

 ………………


「ははは! アル様! あれはクラーラ様たちの照れ隠しですよ!」

「……笑いごとじゃないから……痛てて……」


 馬車に揺られながら、御者であるコリンと共にアルは王都への道を行く。

 コリンはファルコナー家の馬丁見習い。アルとは年も近く、ファルコナー家においては“比較的”常識人寄りの者であり、身分差はあるものの、お互いを友人として認識している。


「……コリンは知らないからそう言えるんだよ。母上のあの膝は本気だった。あと少し身体強化が遅ければ内臓までイってたよ。……まったく……脳筋どもめ……ッ!」

「はは。それでもクラーラ様たちは寂しがりますよ。何だかんだと言いながら、アル様はクラーラ様たちに優しかったですから。ファルコナー家には貴重な気遣いの人。いや~アル様が居なくなるのは俺だって寂しいですよ~」


 だが、あくまでコリンも薄いとは言え貴族の血を引き魔法を使う者。ファルコナー家に仕える者であり、別れには慣れている。良くも悪くも。


「……はぁ。何だよその軽い感じ。全然寂しいとか思ってないだろ? ……コリンも所詮はファルコナーの人間なんだよなぁ。僕がどれほどコリンとの別れを惜しんでいるか分かってないだろ? ……はぁ。ファルコナーもこりごりだけど……辺境以外の上品な貴族家に仕えても上手くやっていけるか不安だし……色々と憂鬱だよ」

「アル様は本当に繊細ですよね。逆にどうしてファルコナーじゃダメなんです? アル様だって凄い魔法で魔物と戦えるじゃないですか? 上品な都貴族に仕えるなんて勿体ないですって!」

「別に僕は魔物と戦うのが好きなわけじゃないの! 中央の貴族家に仕えれば戦いからちょっとは遠ざかるからだよッ! ……はぁ。ファルコナーの人間に言っても理解されないのは分かってるけどさ……」


 脳筋のファルコナー。直接は戦わない使用人たちの間にもその価値観は浸透している。いや、守られるはずの領民ですら脳筋気質だったりするのだ。残念ながら、ファルコナー領ではアルの気が休まることはない。


「……まぁとりあえず王都までよろしく頼むよコリン」

「承知いたしましたよアル様。……はは。この旅路が本当に今生の別れとなるかも知れませんし、全身全霊で王都までお供しますよ。アル様にはこのコリンの姿、その仕事ぶりを目に焼き付けておいてもらわないとね」

「…………」


 アルは思う。ズルいと。

 ファルコナー領の人たちは脳筋で、嫌気がさすことも多い。

 でも、誰もが決して悪人ではなく、その性根は清々しい。そして、好きも嫌いもその感情はストレートだ。

 魔物との戦いに明け暮れる辺境地域。今日笑い合っていた者と明日も同じでいられる保証はない。一期一会。朝生暮死。電光朝露。

 コリンは確かにアルとの別れを悲しんではいない。だが、その別れを大切に思ってくれている。


「コリン。ありがとう。僕はコリンのことを決して忘れはしないよ」

「はは。アル様。そういう台詞は、無事に王都へ辿り着いた時にとっておいてもらわないと」

「……確かにそうだ。王都へは二十日は掛かるんだったね」


 アルは行く。


 ゲームのストーリーが本当に始まるなら、この道は地獄へ片道切符だ。

 アルがファルコナー男爵領に戻ってこれたとしても、その時、この国は恐らくまともな状況にはない。魔族との全面戦争の火蓋が切られた後か。


 うろ覚えのストーリーではあるが、ファルコナー領が舞台となるようなシナリオは正規ストーリーではなかったはず。本当は分かっている。ファルコナー領に籠っているのが正解なのだと。


 だが、もし自分にできることがあるなら……アルはそんな思いも微かに持っている。戦争の回避などと大それたことが出来るとは思わない。しかし、もし自分の介在でゲームのストーリーが良い方に変わるなら……もちろん、悪い方へ変わる可能性も承知の上で。


 アルは、ゲームのストーリーが始まらないことを願いながら……王都への道を行く。


 ……

 …………

 ………………


 マクブライン王国の南には大森林と呼ばれる魔物の巣窟……であると共に大いなる恩恵を与えてくれる一帯がある。

 ファルコナー領はその大森林とヒト族の生活圏の間の防波堤のような形で配置されており、隣り合う領地もそれは同じ。


 ちなみに、南の辺境貴族群などと呼ばれるが、その主要な家々が、ファルコナー男爵家、アンブラ―男爵家、デネット子爵家、ディクソン伯爵家、ヒューム伯爵家の五家であり、南方の辺境五家、南方守護家などと評される。


 実際には他にも貴族家はあり領地も存在するが、それほど目立つ功績がない。つまりは戦う力が五家には一段も二段も劣るという。


 アルたちの道のり。王都へ行くためには、南の辺境領地から北へ向かうことになる……つまりは大森林から遠ざかっていく。

 これは辺境に住む旅慣れぬ者の多くが経験することだが、自領から王都へ向かう際に、徐々に魔物が弱くなり道が広く整っていくため、馬車のスピードが上がり、想定していたよりも徐々に旅の日程が早まっていくという。


 元々は二十日ほどの旅程をみていたが、五日を過ぎる頃には、ファルコナー領に比べて広々と整備されている街道が現れる。アルたちはその街道に感心しながら進んでいくことになるが、やはりその旅程は早まる。

 魔物が現れても、ファルコナー領のような緊張はない。弱いのだ。何ならコリン一人でも問題ない程。

 ファルコナー領しか知らないアルなどは『こ、こんなところで強くてニューゲーム的な感動を得られるとは……ッ!』と、コリンには理解不能な事を言う始末。


 旅の日程に余裕が出ると、ヒトという生き物はどうしても寄り道がしたくなるという悪癖が出る。アルとコリンもその呪縛から逃れられない。あちらに景色が良い場所がある。そっちの山村では名物の肉料理がある。などなど。

 辺境に比べて魔物が弱く、危険が少ないという状況が更に悪癖に拍車をかける。


 しかし、彼らは知らない。

 辺境以外の土地では確かに魔物が弱い。その代わりと言うべきかは微妙だが、整備された街道があるような場所では、旅人や行商を襲うヒト族が出るということを、辺境に籠もっていた者たちは経験として知らないのだ。


 魔物が強すぎて辺境にはほぼいない。盗賊や山賊と呼ばれる者たちのことはアルたちの頭にはない。

 そして、そのような賊に擬態して、対象者を抹殺しようなどという陰謀も辺境にはないのだ。



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「囲まれたッ! くっ! 皆の者ッ! シルメス様を御守りするのだッ!!」

「「おうッ!!」」


 整備された街道からは外れた、開拓村へ続く森の中。道はあるにはあるが、馬車が通るには心許ない道。


 立ち往生した馬車が賊に囲まれている。


 シンプルな造形だが、見る者が見ればその質の良さが有りありと判る馬車。つまり、貴人がお忍びで……という用途まで知られてしまう。


 馬車の周り、守護側は馬上の騎士が三名と歩兵兼従者が十名ほど。……この人数が付いているだけでも馬車の主が貴人や要人であることが知れる。


 対して馬車を襲う側。馬上の者は六名だが、歩兵に弓兵と……かなりの数。パッと見ただけでも二十名はおり、伏兵の配置も予想される。

 見た目は汚れた体に粗末な服。だが、それぞれが手にする武器は多少の擬装をしてあるが“まとも”なモノばかり。その上、賊たちの動きは統制が取れているという事実。


 守護側の者たちは、これがただの賊の襲撃だとは思っていない。決死の戦いになると覚悟している。


「(くそ! どこから情報が漏れたッ!? 古貴族の蛇共めッ! こうなったら命を賭してシルメス様だけでも逃がすッ!!)」


 衝突。


 賊と貴人の守護者たちが相まみえる。


 ……

 …………


 街道を外れ、珍しい薬草が採れるという噂をもとの寄り道の途中、沢の畔で休んでいたアル達にも聞こえた。森の中から“戦いの音”が。


 即座に臨戦態勢となるコリン。脳筋の片鱗。


「……アル様。森の中で何者かが相争っていますね。武器同士の衝突……魔物ではなさそうですが……」

「……賊か? そう言えば街道にはそんな連中が出るとは聞いたけど……本当に居るんだな」


 アル達は自分たちに今すぐ危害が及ぶモノではないと判別したが……


「アル様。様子を見に行きましょう。もし、賊であるなら襲われているのは無辜の民。助けなければ……!」


 ファルコナーの血。使用人にまで浸透している。血族ではないはずなのに……と、アルは常々疑問に思っていた。

 しかし、辺境の地で暮らす者には常識であり疑問などない。

 力あるものが力無き者を助ける。

 ファルコナー領では領民たちですら、正しい貴族の在り方を体現している。


「(……猛烈に嫌な気がする。学院に向かう途上で、何者かが賊に襲われる現場に出会す……ベタなイベントかよ……)」

「ほら! アル様行きますよ!」


 コリンは馬たちが襲われないように魔物避けのお香を焚き、テキパキと荷物をまとめて武器を持つ。常在戦場の心が活きている。


「何でそんなにやる気なんだよ……そりゃ賊退治は良いけど……明らかに襲われてる側もいい音出して反撃してるだろ……」


 そうは言いながらも、アルも既に臨戦態勢。ファルコナーの血は確かに流れているのだ。あるいは幼児の頃からの条件反射か。瞳のハイライトも消える。


「(頼むからただの賊であってくれ。あのゲームのオープニングは学院のはずだ。確か主人公が第三王子と揉めるとかなんとか……こんなベタな襲撃イベントは無かったから大丈夫だと思うけど……)」


 既にフラグが立っている。



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