第57話 それはよかったです

「後輩さん。先日はどうもお世話になりました」


「なんのなんの。私は何もしてないっすよ。それを言うなら、先輩のこと、本当に助かったっす」


 後輩さんは、ニコニコと笑いながら僕に向かって頭を下げました。


「郵便屋さんは、元気ですか?」


「はい。今日も元気そうだったっす。忙しいのは相変わらずっすけど、前より人員も増やしたんで。もうあんなことは起こさないっすよ」


「それはよかったです」


 郵便屋さんの会社に人員が増えたという話は、郵便屋さん自身の口からも聞かされていました。それのおかげで、仕事が楽になったとも。ですが、僕の心には、不安があったのです。郵便屋さんはまた無理をしているんじゃないか。そんな、拭いきれない不安が。


 後輩さんの言葉に、僕は、自分の心が少しだけ軽くなるのを感じました。


「そういえば、後輩さんはこんなところで何を?」


 初めて会った時の後輩さんは、普段の郵便屋さんと同じ、軍隊のような制服を着ていました。ですが、今、後輩さんが着ているのは、灰色のパーカーと薄青色のジーパン。どう見ても、仕事中ではありません。


「ああ。今日は午前中に仕事して、午後からは休み取ってるんす。あんなことがあってから、社長が休み取れってうるさくて。ちなみに、彼氏さんは何を?」


「僕は、夕飯の買い物です。まあ、メニューやらなんやらで悩んでて、まだ何も買ってないですけどね」


「ほー。自分で作るんすね。やっぱり、先輩の彼氏だけあってすごいっすね」


 ウンウンと腕組みをしながら頷く後輩さん。


 この瞬間、僕はとても大切なことに気が付きました。後輩さんが、とある勘違いをしているということに。


「あの……後輩さん」


「何すか?」


「僕、郵便屋さんの彼氏じゃないですよ」

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