第55話 郵便屋さんまで!?

 数日後。


 コンコン。コンコン。


 家で昼食を食べていた僕と師匠。そこに、突然鳴った扉のノック音。


「はーい」


 僕は、扉に近づき、ゆっくりと開きます。ギギギという鈍い音。ヒュッと室内に流れ込むさわやかな風。木々の優しい香り。


 扉の先には一人の女性。青色の三角帽子。軍隊のような制服。整えられた綺麗な短い黒髪。


「や、先日はありがとね」


 笑顔の郵便屋さんがそこにいました。


「郵便屋さん!? もう大丈夫なんですか?」


「うん。もう元気だよ」


「無理しちゃだめですよ」


「分かってるって」


 そう言って、郵便屋さんは、僕の後ろに視線を向けます。そして、フリフリと小さく手を振りました。


 何をしているのだろうと不思議に思い、後ろを振り返る僕。僕の視線の先。椅子に座ったまま素っ気なく手を振る師匠の姿。


 笑顔の郵便屋さん。素っ気ない師匠。二人の間に言葉はありません。ですが、どうしてでしょうか。二人が会話をしているように思えてしまうのは。


「そうだ。これ、お礼のケーキ」


 郵便屋さんは、手に持っていた白い箱を僕に手渡します。それを受け取ると、箱の上部に貼られていたケーキ屋さんのラベルが目に入りました。


「あ、これ、町で有名なケーキ屋さんのやつですね。すごくおいしくて大好きなんです」


「そうそう。ボクもここのケーキが好きでね」


 玄関先でそんな会話をしていると、急に、「あー!」という師匠の大きな叫び声。


「どうしたんですか? 師匠」


「私、約束のケーキ貰ってない!」


「約束?」


「ほら。この前約束したよね! 仕事を手伝ったらケーキ買ってくれるって!」


「…………あ」


 そういえば、そんな約束もありましたね。あの時は、郵便屋さんが倒れるという事件が起こったことで、うやむやになってしまいましたが。


「ま、まあ、今日は郵便屋さんがくれたケーキもありますし。また後日ってことで」


「だめ! それとは別にほしい!」


「ええ……」


 どうやら、師匠のわがままモードが発動してしまったようです。僕の脳内ブザーが、とても大きな音を響かせて警告します。これから面倒な展開になります、と。


「何なら、買ってくるんじゃなくて、今から作ってくれてもいいよ! いや、むしろそれがいい!」


「ちょ、わがまま言わないでください。急にそんなこと言われても」


「ボクも、弟子ちゃんの作ったケーキ食べたいなー」


「郵便屋さんまで!?」


 いやはや。今日は忙しくなりそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る