第43話 サマードリーム・2
「ふあぁぁ」
なんだかとっても気持ち良く眠れた気がする。
目が覚めた時には一人だったけれど、明け方までは二人だったはずの布団にもう一度潜り込む。うん、微かにみーちゃんの残り香。
寝る前に、登山をするお客さんがいてお弁当を作ったり登山口まで送迎するから早く起きるんだって言ってたみーちゃん。それでも一緒に眠りたいって我儘を言ったら、一緒に寝てくれて。
「行ってくるね」ってキスされたような気がするけど、夢なのか現実なのか定かではない。まぁでも、すぐに会えるからいいや。
朝風呂を頂きに浴場へ向かう途中、チラッとみーちゃんの姿が見えた。朝食を運んでるみたいだ。小さく手を振ったら気付いたみたいで何か言おうとしているみたい。でも距離があってわからないなぁと首を傾げたら、えっ嘘、ウィンクした? うわっビックリしたなぁ、私、リアルでウィンクする人初めて見たかも。ちょっと感動だ。そうだ、今日はウィンク記念日にしよう、ふふ。
朝ご飯もお部屋に持ってきてもらった。遅めの時間、たぶん私が一番最後なのだろう。だから、みーちゃんはそのまま一緒に食べてくれるんだろう。
「どうした?」
納豆をかき混ぜながら聞いてくる。
「朝から忙しかったのかなぁって思って」
「うん、ようやく座れた」
「そんなに?」
疲れないの? と心配になる。
「慣れるもんだよ、この後は少し暇になるし。あ、そうだ、雫は今日は何する予定?」
「特に予定は決めてない、お散歩でもしてのんびり過ごすつもり」
「ふぅん、じゃ買い出しに付き合ってもらおうかな、どう?」
「うん、行く! 行かせて〜」
私の言葉に嬉しそうに頷く顔を見てホッとする。みーちゃんも同じ気持ちでいてくれるんだなぁと。
帰られるお客さんをフェリー乗り場へ送るついでに買い出しに行くこととなり、それまでの時間に近所を散歩した。
私の感覚ではこの時期は残暑厳しいはずなのに、こちらはもう朝晩はすっかり冷え込み、上着が必要だ。空気が澄んでいて歩いていると気持ちが良い。
この辺りは家と家の間隔が広い。
戻ってきた時に、ふとした好奇心が生まれた。みーちゃんの生まれた家をぐるっと回ってみようと。ちょうど裏にまわる細い道を見つけたからでもある。
細い路地を抜けると裏庭に出た。
小さいけれどキチンと手入れがされている木々や苔の、緑の世界。
「あっ」
思わず声が出た。
それらを眺めながら佇んでいる人と目が合ったからだ。
その人は縁側にちょこんと座っていた。目が合うとニコリと笑って手招きをした。おいでおいで! というように。
近づいていくと隣に座るように促され、座ったままお茶を入れてくれた。
「ありがとうございます」
一口啜る。熱すぎずぬる過ぎずちょうど良い温度だ。
「おいしいです」と言うと、目を細めたその人は「お名前は?」と尋ねる。
「大石雫です」
「雫さん、私はね、尚美といいます」
「尚美さん」
「はい。良かったらお饅頭もどうぞ」
「いいんですか? いただきまーす」
一口齧ったところで、スマホが震えた。
「雫、どこにいるの? そろそろ行くよ」
「今、尚美さんとお茶してる」
「はぁ?」
すぐに通話は切られ、しばらくしたら部屋の奥の扉が開いた。
「なんで、ここに?」
みーちゃんが息を弾ませていた。
「ほんとビックリしたよ、雫とお母さんが仲良くお茶してたなんて」
お客さんをフェリー乗り場へ送り届け、市場で飲み物や野菜の買い出しも終え、昼食のためにラーメン屋さんにやってきた。人気店みたいで少し並んだが、店主と知り合いみたいで、奥の席へ通された。他のお客と少し距離がありゆっくり過ごせそうだ。注文を終えた後、ようやく本題に入れたという感じで「なんであそこにいたの?」と問うてくる。
「迷い込んで」
「え、庭から?」
「ごめんなさい」
「何喋った?」
「ん? 自己紹介しただけ」
「普通……だった?」
「うん」
「ふぅん」
なんだか怪訝そうな顔が気になったけれど、ちょうど注文したラーメンがやってきたので、それきりとなった。
「うわぁ、美味しそ」
「一応、名物だから」
「出汁が……昆布?」
そういえば、前にみーちゃんの料理食べた時、出汁はだいたい昆布だって言ってたっけ。
「正解、美味しいでしょ」
「うん、幸せ」
ふっ、ふふんと突然笑い出すみーちゃん。
「え、なに?」
「だって、食べてる時の雫、本当に幸せそうなんだもん」
「食いしん坊って言いたい訳か、みーちゃん食べないの?」
まだ笑いが止まらないみたいだ、そんなにツボに入ったのか。
「猫舌だから、今から食べるの」
ようやく、それでもフーフーしながら食べ始める。
「あっ、そうか」
「なに?」
「尚美さんが入れてくれたお茶、ちょうど飲み頃の温度だったの、あれ、みーちゃんの猫舌に合わせたのかなって」
「そう? たまたまじゃないの?」
「絶対そうだよ」
私はそう思う。
「それより、雫。すぐ分かったの? あの人のこと」
「ん?」
「いくら雫でも、知らない人がくれたお饅頭食べないでしょ? 私の母親だって知ってたんじゃないの?」
「うん。だって似てたんだもん」
「どこが?」
「目元とか」
笑った時の優しげな目元がそっくりで。みーちゃんが年老いたらあんな感じかなぁって思ったって言ったら、そんな想像しないでって言われそうだから、胸に秘めておいた。
「あらあら、お客様にそんなこと」
宿へ帰ったら、恵さんが慌てていた。
「荷物持ちくらい大丈夫です、お昼奢ってもらったし、ね?」
みーちゃんを見たら、照れながら「何か手伝うことがあれば、やりたいみたいなので……」
「あら、そう……なら。そうだ、美佐さん。今日は十五夜なのでお月見団子作ってもらってもいい?」
「あぁ、はい」
もちろん、私も一緒に作ることにした。
「恵さんにも気を使わせちゃったかな?」
厨房の片隅で、二人でお団子を作る午後、さっきの恵さんの表情が気になったんだけど......と聞いてみた。
「出来るだけ一緒にいられるよう配慮してくれたかも」
優しい人だからと言う。
「雫、捏ねるの上手いね」
「お菓子作りも好きだから」
「そういえば、手作りケーキ美味しかったよ」
バレンタインの時の事だ、ちゃんと覚えてくれている。
「私は周りの人に恵まれてると思う」
団子を丸めながら、みーちゃんが言う。
「私もそうだよ」
たくさんの優しい人たちに支えられて今こうしている。
「え、それ、可愛い」
私が作ったお団子を褒めてもらえた。
「へへっ、でしょ」
まん丸ではなく楕円にして、ウサギのように顔と耳を書いたのだ。
「月と言えばウサギかなと思って」
「ほんと、そういうところ……」
「ん、なに?」
「なんでもない。お月見楽しみだな」
夕食を食べて、お風呂に入ってくつろいでいたら、みーちゃんから「今からいい?」と連絡が来た。何がいいのかわからないけど、いいよと答えた。
みーちゃんが部屋にやって来て「じゃ行こっか」と言う。
「えっ、どこへ?」
「あれ、言ってなかった? お月見しよ」
「えぇ、聞いてないけど」
「嫌なら無理にとはーー」
「行くに決まってるし」
「ごめんごめん」
笑いながら謝れてもなぁ、まぁ本気で怒ってるわけでもないけど。
「みーちゃんと一緒なら、月にだってどこだって行くから」
「月に行ったら、お月見出来ないじゃない?」
割と真面目に言ったのに、軽くいなされながら、廊下を歩いて行った。
「ここ?」
「ここが一番綺麗に見えるから」
昼間に迷い込んだ、みーちゃんの母ーー尚美さんのお部屋だった。
中に入ると、昼間と同じように縁側に座っている小さな背中が見えた。
「こんばんは」
声をかけると振り向いた。
「あらぁ」
一瞬でパァと花が咲いたような笑顔になった。
後ろでみーちゃんが息をのんだ気がした。
「いらっしゃい」
みーちゃんの顔を見たら頷いてくれたので、尚美さんの隣に座った。
「お邪魔します」
「どうぞ、お名前は?」
「えっ、あ。雫です」
「雫さん、私はね尚美と言います」
「はい、尚美さん。よろしくお願いします」
「お茶入ったよ」
みーちゃんが配ってくれた。その隣には、私たちが作ったお団子もあった。
「ありがとう」
「あら、あなたは?」
「美佐ですよ」
「あら、良いお名前ねぇ」
ニコニコしながらお茶を啜っていた。
みーちゃんは隣に座り、空を見上げた。私もつられて見上げる。
「はぁぁ、まん丸だ」
綺麗な満月が見えていた。
「綺麗だねぇ」
「あっ、ウサギさん」
尚美さんの声に横を向くと、お団子を眺めていた。
「一緒に食べてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
ウサギの形のお団子、改めて見ると食べにくい。
「食べちゃうの、かわいそうだけど」
「でも食べちゃう」
「えい」
パクっと口に入れた尚美さんと一緒に笑う。
「お邪魔しまーす」
恵さんが遅れてやってきて、尚美さんの隣に座った。
「おつかれさまです」
「お先に始めちゃってて、ごめん」
「いいよいいよ、あぁこれ? ほんとウサギ可愛いね」
「食べても美味しい」
ワイワイと食べて喋って見上げていたら、尚美さんはウトウトし始めた。
「そろそろ眠そうだね」
「寝かせてくるね」
みーちゃんがお布団へと連れて行った。
「明日、午前の便でしたよね?」
「はい」
恵さんに、また空港まで送ってもらう予定になっている。
「あっという間だったね、またいらしてね」
「はい、是非」
「さっきね、ここに入ってきた時、三人が家族みたいだったよ」
「え、それは……嬉しいです」
いつか、本物の家族になりたいと思う。
「雫、そろそろ行く?」
「はぁい」
「おやすみなさい」
片付けをして、それぞれの部屋へ帰る。はずが、みーちゃんは私の部屋へとやってきた。
「いいの?」
「明日は登山客いないから、朝はゆっくり目でいいの。少し話そ」
「うん」
お腹は満たされていたので、歯磨きをして、布団に寝転がりながらお喋りをする。
「さっきね、恵さんに家族みたいって言われちゃった」
「その事なんだけど、雫、気に入られてたよね。珍しいなって思って」
「えっ?」
「あの人ね、病気になってから、凄く人見知りするようになってたの。初めての人にあんな笑顔、見たことなかったもん」
「そうなんだぁ」
「さすが、雫だね。いや、さすが私の母か?」
「どういうこと?」
「雫に惚れる遺伝子があるのかも」
そんな事を真面目な顔で言うから、もう。
「みーちゃんってば、ほんとにーー」
我慢出来ずに、キスをした。
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