第34話 ラブレター
「へぇ、今日はシーサーか」
小林さんの声が聞こえて顔を上げた。
「あ、もうお昼?」
お弁当を携えている小林さんを見れば一目瞭然だった。
「こっちは忙しそうだね、休憩出来そう?」
「うん、あと少しでキリがつくから」
「じゃ、先に行ってるね」
「うん」
「やった、今日は唐揚げいただき〜」
「味付けは塩麹だよ」
「んん、最高!」
私は週に一度、お弁当のおかず一品を小林さんに提供している。
自分も食べるから作る手間がかかるわけでもなく、こうやって一緒に食べられて、いつも美味しいって言ってくれるから嬉しいし。改めて、こうなった経緯を考えると、やっぱり小林さんは不思議な人だなぁと思う。
さーちゃんの家を出て一人となり、みーちゃんと遠距離恋愛となってニ週間くらい経った頃だったかな。
「ねぇ、最近何かあった?」と声をかけられたのだ。
なに、小林さんって人の心が読めるの? そう、本気で聞いてしまって、爆笑された。
いろいろ心配してくれていたから、みーちゃんとの事をさらっと話した。
「じゃ、預かってた物返さなきゃね」と言う。
「でもあれは、小林さんにあげた物だから」
ヨリが戻ったからってみーちゃんのお土産を返して欲しいなんて、そんな都合にいいこと言えないよ--本音は言いたいけど--
小林さんは、私の顔をじっと見てた。
「じゃぁさぁ。貸してあげるよ、全部。そうだな、レンタル料はお弁当一品でどう?」
「い……いの?」
「交渉成立だね」
小林さんは綺麗に笑った。
今では、その日の気分に応じて、数あるお土産の中から一体を選んでデスクに置いている。ふとした時に目に入るとほっこりするようになっていた。実際は遠くにいる彼女だけど、想いはすぐ近くにいるような……
そう漏らしたら、小林さんは「やっぱり返して正解だ、私が持ってたら呪われそう」なんて言ってた。
「忙しさは、今がピークなんじゃない? 体調大丈夫?」
「うん、大丈夫。でも、そういうのって分かるもの?」
私が参加しているプロジェクトチームは、まさに今が正念場で先輩方はあちこち飛び回ったり残業もそれなりにしている。私といえば、そこまでではないけどまだ数年の社会人生活の中では一番忙しい日々を送っている。
「ふふっ、経理部を舐めないでね」
同じ会社とはいえ部署の違う小林さん。たまに経理部へは書類を届けに行くが、仕事中の小林さんは気軽に話しかけにくい雰囲気だ。the仕事人というイメージ。
「舐めてなんてないよ?」
そう言うと、とっても嬉しそうに話を続けた。
「私ね、推理小説が好きなんだ」
「へ? あぁそうなの」
経理と推理小説? 何か関係があるのだろうか。
「経理部に集まってくる領収書を見てるとね、どの部署で何が行われてるかとか、今どんな状況かとか、なんとなく分かるんだよ。まぁ勝手に想像してるってだけだけどね」
だから、推理が当たってたと分かって嬉しいと言う。
やっぱり小林さんは、不思議な人だ。
「でも、それだけ忙しいとさ、大丈夫なの?」
さっきとは打って変わって不安そうな顔した。小林さんって、こんなに表情がコロコロ変わるんだ。
「え、何が?」
「その、恋人と上手くいってるのかなって。会えてないんでしょ?」
「まぁ、遠いしね」
「遠距離でも、月一くらいは会いたくない? それに、ほら。もうすぐバレンタインだし」
「あぁ……」
「今日はどうだった?」
みーちゃんの第一声は大体こんな感じだ。
「今日はね、一時間の残業で済んだからもうお風呂も入ったよ」
みーちゃんとは、夜寝る前に電話で話すことが多い。
毎日欠かさず、と言いたいけれど、残業が長引いていたり、寝落ちしていたりと話せない日もある。それでもメッセージだけは残してくれるから安心していられる。
「明日は?」
「休日出勤だよ」
「また? 先週もだったよね?」
「うん。でも、あと少しで落ち着くと思う」
「無理しないでよ」
「うん、ありがと。みーちゃんは? 今日はどうだった?」
「今日もね、変わらず戦ったよ」
「そうなんだ、また負けてあげたの?」
「負けるが勝ちって言うでしょ」
「今日はどこでバトル?」
「お風呂場」
なかなか物騒な会話だけれど、実際は、みーちゃんは楽しんでいることを知っている。日々、お母さんとの
「派手にやりあったの?」
「明日からショート(ステイ)でいないからね、おもいきりやってやった」
やっぱり、楽しんでるな。声が弾んでる。
「そういえば、みーちゃんチョコ好き?」
「ん? 好きだよ。なに、突然」
「もうすぐバレンタインだからさ」
「あぁ……」
「送ってもいい?」
「……」
「みーちゃん?」
「え、あぁ、いいよ。うん、こっちからも贈るね、本場のやつ」
「やった~楽しみにしてるね」
「……雫、会えなくてごめん」
「何言ってるの、大丈夫だよ。会えない間にちゃんと育ってるんだからね、愛は」
「は、なにそれ」
「え、誰かが言ってた……ような」
「ふ、ふふ。雫って、ほんと……」
「なぁに?」
「なんでもない。おやすみ」
「おやすみ、みーちゃん」
その日は私だけじゃなく、会社全体の雰囲気がそうだった。
「よし、終わった」
終業時間の十五分後、帰り支度を始める。周りでも同じように仕事を終えている人が多い。すでに席を立った人もいる。さすが、バレンタインだ。
「大石さん、この後予定ある?」
そう声をかけてきたのは、同じチームの上野さんだ。確か名前は健吾だったか、誰かにケンちゃんって呼ばれてたっけ。営業だから会社にいること自体が少なくて、あまり話したことはないけれど。
「あと少しなら大丈夫ですよ、急ぎですか?」
「あぁ、仕事じゃなくて。この後食事……時間がなかったらお茶でもどうかと思って」
「あぁ、ごめんなさい。今日荷物が届くことになっていて、受け取らなきゃ行けないので早く帰りたいんです」
「あぁ、そうなんだ。それじゃしょうがないよね」
いつも爽やかな彼は肩を落としながらも微笑みながら去っていった。
「やるねぇ」
後からエレベーターに乗り込んできた小林さんが、ニヤニヤしている。
「え、何が?」
「あの断り方だよ」
「ん? いや、ほんとの事だし」
「そうなの? そんなに大事な荷物?」
「もちろん。仮に小林さんのお誘いでも同じようにお断りします」
「ふぅん。では仮に」
小林さんは人差し指を立てた。
なんだなんだ、どこかの探偵か?
「その荷物がなかったら? 彼の誘いに乗る?」
「断る」
「ほぉ」
目を細めて私の顔を見ている。
また、心の中を読まれている気がするが、まぁいいや。やましいことは全然ないから。
「じゃぁね、おつかれさま」
「またね」
テーブルの上に置いた箱と手紙。
無事に受け取った荷物を解き、出てきたものだ。
箱はパッケージだけで分かる。有名なチョコレートだ。うん美味しそう。
勿体なくて、まだ食べられない。
手紙も、読みたいけれどまだ読んでいない。
時計を見る。
スマホを見る。
電話、くれるかな?
さっき送ったメッセージには既読が付いていない。
いつも電話をくれる時間を大幅に過ぎても、何の連絡もなかった。今日は話せないのかな? 明日も仕事だし、そろそろ時間切れかな。
メッセージを送る。
「そろそろ寝ます。おやすみなさい」
いつも送る文章を打ち込みかけて消した。
「何時でもいいので電話が欲しい。みーちゃんの声が聞きたい」
「雫? 遅くなってごめん。寝てた?」
「ううん、大丈夫」
あのままテーブルに突っ伏していたらしい。時間は……もうすぐ日付が変わる。
「よだれ、垂れてるよ」
「えっ、うそ」
「嘘だよ、見えないから、安心して」
クツクツと笑い声が聞こえた。
「もう」
「雫、ケーキありがとう。あれ、手作りだよね? 感動しちゃったよ」
「良かった、無事に届いたんだね」
休みの日に頑張って作った甲斐があった。
「みんなで美味しく食べたよ。お母さんなんて、大騒ぎだったんだから。それで興奮してこの時間まで寝付けなくてね。あ、動画撮ったから、後で送るね」
「うん、見たい見たい」
「そっちにも届いたかな?」
「うん、今日受け取ったよ」
手紙を手に取る。封筒は和紙なのかな、手触りが良い。
「食べた?」
「まだ、勿体なくて」
「読んだ?」
「まだ。今、手に持ってる」
「待って、恥ずかしいから後で読んでくれない?」
「え、えっちな内容なの?」
「違うよ、なんでだよ。私の……気持ちだから」
「わかった。後でじっくり読むね」
「あぁ失敗したかも、余計恥ずかしい」
照れてる顔が想像出来る。
「みーちゃん、ありがとう。声聞けて嬉しい」
「あぁ、もうこんな時間だね、またかけるから」
「うん、おやすみなさい」
大石雫さま
今、私は。数年前の私が見たら驚いて腰を抜かすような生活をしている。
大嫌いだった家業を継ぎ、大嫌いだった母の世話をしている。
でも、嫌々やってるわけじゃないんだよ。
母の世話なんて本当に手探りで、毎日毎日、突拍子もない反応が返って来たり、ハプニングがあったりで大変な事もあるけれど。
雫、あなたがいてくれるから、私は生きていける。大袈裟だと思うかもしれないけれど、心からそう思ってる。
一日の仕事を終えて、母の諸々の世話を終えて、母を寝かしつけた後に雫の声を聞くと、また生きる力が湧いてくる。
母のおかしな言動も、雫に話すネタになると思うと愛しく思えるから不思議。
自然に、母に対しても笑顔になってるのだから、雫の力は偉大なんだよ。
雫、ありがとう。
PS、これ、読み直したら恥ずか死ぬやつだ。読み終わったら燃やして灰にしてください。
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