第16話 それでも生きていく

 懐かしいな、あの指。

 綺麗に爪は切り揃えられ、マニキュアをしたところを見たことがない。

 ぽっちゃりして触ると柔らかい手で。

 なのに器用に、クルクルと。


「え、いつからいたの?」

「5分くらいかな」

「やだ、声かけてよ」

「いやぁ、なんか懐かしくってさ。相変わらず器用に回すね」

 私がそう言うと、さーちゃんは、手に持ったペンを見て苦笑した。

 無意識なんだよ、と。


 ペン回しは、学生の頃からのクセらしい。

 回している時は集中している時らしい。

 学生の頃にも散々からかっていたけど、本当はちょっと憧れてた。

 なんとなく大人っぽくみえたから。

「賢そうに見えるね」

「成績、知ってるでしょ? しーちゃんと変わらないよ」

 当時の会話を思い出す。

 私と同じような成績だったけど、さーちゃんは努力家だ。

 今だって、難しい資格試験に向けての勉強をしている。


「ねぇ、週末も勉強?」

「ううん、試験はまだ半年以上先だしーーどこか行く?」

 デートでも? なんて。

「え、いいの?」

「もちろん。ん、何か変?」

 私の顔を見て不思議がる。

「いや、もっと照れるかなって」

「まぁ、もう隠す必要なくなったからね」

 開き直り? 違うか、一人突っ込みをするさーちゃんも珍しい。


 どこ行く? どうしようか 映画でも? いいねぇーー



「ねぇ、初めて見た映画、覚えてる?」

 何の映画を見るかタブレットで探していたら、そんな質問をされた。

「あれでしょ、アニメの--」

「猫型ロボット」

「幼稚園だった?」

「どうだったかな、一年生だったかも」

 そういえば、入学祝いに皆んなで見に行ったような気もしてきた。

「泣いたね」

「だって、アニメではいじめっ子がさ、一緒に冒険したり助けられたり、カッコよかったりするんだもん、泣くよ、そりゃ」

「あは、そうだね」

「隣に座って見たよね」

「うん、手繋いでたね」

「うん、逆隣りはお母さんだったなぁ」

「……ごめん、思い出させて」

「ん? 別にいいよ、何年前の話だよ」

 さーちゃんは微笑んでいる。

「でも……時間が経てば、寂しくなくなるもの?」

「なんというか、寂しさに慣れる感じかな」

 慣れる? この痛みに?


 二人の間に沈黙が流れた。


「ねぇ、今夜一緒に寝てもいい?」

「いいよ」


 大抵がそうだ。

 たまにだけど。

 私が寂しくなった時とか、人恋しくなった時に、肌を重ねるようになっていた。


『人は一人では生きていけない』と言ったのは誰だっただろう。

 どこかの偉い人だったか、何かの歌だったか、昔のドラマの先生だったか。

 

 間違っているのだろうか。

 傷を舐めあっているだけだろうか。

 それでもーー生きていかなきゃいけないのだから。

 いつか傷がかさぶたになる。

 剥がれたら、また出血するかもしれないから、剥がれないように慎重に。

 そうやって生きていってもいいんじゃないかな。


 明日見る映画は泣けるだろうか。

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