第6話 どういうこと

 あれから私は、連絡が来たらいつでも対応出来るようにスマホの通知をオンにした。仕事中でもウェルカムだ!

 それから、出来るだけ残業を減らしてあのバーに通ったーー毎日は無理だけどーー常連って言ってたから、いつかは会えるはずだ。


「先日はご迷惑をおかけしました」

「あぁ、美佐ちゃんと一緒だった子だね。あの時は大丈夫だったかい?」

「はい、美佐さんにお世話になって......お礼を言いたいのに連絡先が分からなくて」

 マスターには酔い潰れた件を謝って挨拶をした。結果的に顔も覚えて貰えたし、みーちゃんを待つ口実にもなった。


 しばらく通い続けたけれど、みーちゃんは現れない。もちろん連絡もない。

 私がいない時にも来てはいないようで。

「また海外にでも行ってるのかなぁ」

 マスターも気にかけてくれていた。

 みーちゃんと会う前にマスターと仲良くなってしまっていた。

 みーちゃん、早く来てくれないとマスターとどうにかーーなるわけないかーー


「すみません、お酒強くないから一杯で長時間粘ってしまって」

「いいよいいよ。可愛い子が座ってくれてるだけで華やかだし。あ、でも変な輩に絡まれたら言ってよ! 出禁にするから」

「はい、ありがとうございます」

 絡まれるわけではないけど、時々男の人に声をかけられる事もある。もちろん断っているが、中にはしつこい男もいる。正直言ってウザい。

 なので、さーちゃんを呼ぶこともある。

「暇じゃないんだけど」と言いながらも、来てくれる親友。

「へぇ、良いお店じゃん」

 気に入ってくれたみたいで嬉しい。

 カウンターの奥でマスターも喜んでいた。



「避けられてるのかなぁ」

 さーちゃんが来てくれたので、少し気が緩んで本音が漏れた。


 一杯だけ奢るって言ったら嬉しそうにマスターお勧めのカクテルを頼み、美味しそうに飲んでいた親友は、試すように言い放った。

「だったら、どうするの?」と。


 もしも、嫌われて避けられていたとしたら?

 まぁ、そこまでじゃないとしてもーーそう思いたいーー私のことなんて何とも思ってなかったとしたら?

 それでも。

「それでも諦めたくない」

「ん、ならいいじゃん。それに避けられてるわけじゃないと思うよ?」

「なんで?」

「だってその人、しーちゃんがここに来てること知らないんでしょ? 知ってて来ないんだったら避けてるのかもしれないけど、そうじゃないなら違うっしょ。それに、まだ二週間だっけ? いくら行きつけでもそれくらい行かない時だってあるよ」

「そう? そうかな」

 ちょっと元気出てきた。さすがは我が親友だ。

「では、予想してみようか? そうだねぇ、来る確率が高いのは・・・」

「高いのは?」

「週末の金曜日とか」

「おぉ、さーちゃん凄い!」

「いや全然凄くないよ普通だから。誰でも思いつくことだから。普通じゃんって突っ込まれると思ったのに。大丈夫? しーちゃん」

「はっ、大丈夫じゃないよぉ、さーちゃん。今週の金曜日は職場の飲み会だぁ。しかも欠席出来ないやつ」

 むぅ、せっかく会えるチャンスーーの確率の高い日ーーなのに。


「もし美佐ちゃんが来たら、連絡しようか?」

 天の声、いや、マスターの声か。



「えっ、マスター! いいの?」

「しーちゃんのためなら、お安い御用だよ」

 しーちゃんて......

 隣のさーちゃんも、一瞬冷ややかな目を向けたけどマスターは気付いていない。

 まぁ、いいや。

「今日はお代わりしますね」

「あいよ」


 そんな馴れ馴れしい、もとい親切なマスターから連絡があったのは、やはり会社の親睦会という名の飲み会の最中だった。

 今、お店にいることと。

 なんでも、残業続きで大変だったこと、明日は久しぶりの休日らしいことも教えてくれた。

「マスター、出来るだけ早く行きます! もし帰りそうだったら引き留めておいて! お願い‼︎」

 飲み会の途中だったけれど、具合が悪くなったと言って抜け出した。痛い出費だけどタクシー捕まえて乗り込んだ。


 二週間ぶりに見る彼女の横顔は、少し疲れがみえた。すぐに抱きしめたくなるのを我慢して、マスターに声をかけた。


「マスター、いつものお願いします」


 私に気付いた時の反応から、避けられていなかったのは分かったけれど、私がどうしてここにいるか不思議そうにしていて、その顔に苛ついた。私の苦労なんて全く知らないんだもん。

 その気持ちが態度に出ていたらしく。

「ーー怒ってるの?」

「ごめん」

 と、謝っている。

 は? 理由も分からないのに、なんで謝るの? 私、振られるのかな? そりゃそうか、勝手に好きになって勝手に追いかけまわしてただけだーー会えなかったけどーー待ち伏せまでして。もういいや、こうなったら当たって砕けよう。

「ーーなんで先に帰っちゃったんですか?」

「ーー何で、ちっとも連絡してくれないの?」

 私はずっと待ってたのに。

 ずっと貴女のことを想ってたのに。



 みーちゃんは『キョトン』という言葉がしっくりくる顔をして、こう言った。

「ーーだって連絡先、知らないよ」


「は?」

 どういうこと?



 はぁぁ。なんだそれ。思いっきり脱力した。

 みーちゃんは、名刺の裏に書いた番号に気付いていなかった。

 ほんとバカだ、私。一人で空回りして。さーちゃんに言ったら呆れられるだろうな。でも。

 これで望みが出てきたんだから、意を決してちゃんと伝えよう。

「お名刺を頂戴出来ますか?」

 無事に連絡先をゲットし、これでようやくスタートラインだ。


「出ましょうか」

 今日はとにかく、疲れているみーちゃんを休ませてあげたい。でも一緒にいたい。

 少し押してみたら、案外あっさりお家に行くことが出来た。


「うっわぁ」

 みーちゃんが住んでいる部屋だ! なんか感動。

 片付けを手伝いながら、さりげなくチェックする。

 一緒に暮らしている人は・・いないな。

 付き合っている人も・・たぶんいない?

 寝室には入れてくれなかったけど、私だってプライバシーは尊重するもん。

 疲れを取るにはやっぱりお風呂だってことで、二人で準備をしていたら。

 突然、みーちゃんの綺麗な顔がアップになってチュッと唇が重なった。

 へ? なに? 何が起きたの?

 一気に血流が顔に集まったみたいに熱くなった。

 気付いてしまった。私は、みーちゃんからのアプローチに弱い。



「みーちゃん、お風呂ありがとうって、あれ?」


 みーちゃんが出た後に私もお風呂に入って出てきたら、みーちゃんがいない? 寝室のドアが開いていたので覗いてみたら。

「また寝てるよ」

 相変わらずの、起きているときとは違う可愛らしい顔で。

 そういえば初めて会った日も、この寝顔にやられたんだった。

 今日は起こさずに、私も隣に横になって布団をかけた。

「おやすみ」

 薄っすらとクマが残る目尻にキスをした。

 


 目が覚める瞬間を見たくて、ずっと見つめてた。

 よっぽど疲れていたのか、お昼前になってようやくモゾモゾし出した。起きるみたいだ。

 目が合ったので「おはよ」と言ったら驚いていて、そんな顔も可愛いなと思いつつ。

「ーー何か作りましょうか」と言った。

 こう見えて料理は割と得意なのだ。それに実はさっきからお腹が鳴っていたのだ。

 キッチンへ行こうとしたら「待って」と止められた。

 もう少しこのままでと。

 そっか、私はずっと見つめてたから満足したけど、みーちゃんは寝起きだもんマッタリしたいよね。私を求めてくれるならいくらでもーーお腹の虫にはもう少し我慢してもらおうーー

 抱きしめても嫌がらないから、背中をポンポンしたり頭を撫でたりしていた。

 そのうちに頭がクリアになったみたいで、昨夜のことや私があのバーで待っていたことがバレてしまった。たぶん、私の気持ちも。

 もう告白してしまおう。

「私、みーちゃんの事がーー」

 言いかけたら、また『待った』がかかった。


「私から言わせてーー雫が好き」


 心って、ほんとに震えるんだね。

 言葉にならなかった。

 ただ涙が流れた。

 想いが通じるってこんなにも尊いことなんだと知った日。


 私たちは付き合い始めた。

 




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