ワンナイトラブ

hibari19

第1話 ワンナイト

 どうして、こうなったのか。

 可愛い寝顔を見ながら思う。



 偶然? たまたま? あぁ、昔の歌にそんなのがあったっけ。

 たまたま居酒屋で隣の席に座っただけよね。

 意気投合してお酒を酌み交わした相手は、同性の女の子。

 見るからに若いわぁ、お肌のきめの細かさが物語っている。

 そんな彼女が目を潤ませて言った。

「お姉さん、私とワンナイトしませんか?」


 ん? 今なんと?

 意味、わかってるんだろうか。

 こんな可愛らしい子が、私みたいなおばさんと?

 いやいや、ないわね。

 何か勘違いしてるにちがいない。

 もしくは、何かの罠?


 私は余裕を見せるために微笑みながら。

「意味、わかってるの?」と問うた。


「わかってるに決まってるじゃないですかぁ。ワンナイトラブですよ、直訳して一夜の愛。中学で習う単語ですよ」とケラケラ笑う。

 酔ってるね!

「もしかして学生さん?」

「違いますよぉ、あ、もしかしてそれ心配してる? 大丈夫です、成人してるので犯罪にはなりませんよ」クスクス笑う。

 犯罪って、、ワンナイトの意味わかって言ってるのか。

 本気?

 だったらどうする?

 守備範囲ではある。いや、ぶっちゃけドストライクなんだけど。

 いやいやいやいや、年の差いくつよ?

 脳内会議では分裂している。


 そんな私を見て彼女は勘違いして。

「えぇ、信じてないんですかぁ? なんなら免許証で確認します?」と財布を取りだした。

「ワンナイトで名前を名乗るなんて無粋よ」と制した私。

 あれ、なんでワンナイトする前提で話してるんだろ。


「では、出ましょう」

 グイっと引っ張られ、会計を済ませあれよあれよと外に出た。

 腕を組まれて寄り添って歩く。

 腕に感じる、彼女の柔らかい胸。

 年甲斐もなくドキドキしてしまう。

 彼女は組んでいた手をするすると下へ移動させ手を繋ぐ。

 自然すぎる動作だ。

「お姉さん、手冷たいよ? 温めてあげます」

 そのまま彼女のコートのポケットへ。

 慣れてる?

 このままだと主導権を握られる。

 え、何の?

 自嘲気味に笑ったら、小首を傾げて「どうしたの?」と言う。

 もういいや、これが何かの陰謀だろうとも、据え膳食わねばなんとやらだ。

「結構飲んだよね? 休憩していこうか」

 そう誘ったら、少しだけ驚いたようだったけれど。

「はい」と、恥じらいながらも頷いた。



 小綺麗なホテルの部屋に入った。

 彼女はさっきから部屋のあちこちを眺めまわし「へぇ」とか「ほぉ」とか感嘆の声をあげていた。

 ようやく気が済んだのか、ベッドへ戻ってきて隣に座った。

「お姉さんは慣れてるっぽいですね」

「まぁね、年の功?」

 なんて言ってはみたものの、じっと見つめられて目を逸らしてしまった。

 あぁ、情けない。


「お風呂、広かったですよ! アメニティも充実してた。お姉さんも一緒に入ります?」

「い、いや。お先にどうぞ」

「そうですか? ではお言葉に甘えて」

 るんるん♪ という感じで行ってしまった。

 シャワーの音を聞きながら、ゴロンとベッドに寝転がる。

 彼女の肌ならシャワーの水とかも弾いちゃうんだろうなぁと想像しながら……


「……さん、おねえさん」

 あれ?

「え、寝てた?」

 目の前に彼女の、ほんのり赤い顔があった。

「その寝顔、反則ですよ」

「ごめ……わっ……」

 起き上がろうと思ったら、押し倒されて一瞬で奪われた。

 唇も、心も。


 キスが上手すぎて、彼女もいい匂いがするし。

 はっ?

「ちょっと待って、私まだシャワー浴びてない」

「大丈夫です、私匂いフェチで、お姉さんの匂い好きですから」

「やっ、そういう問題じゃなくて……って聞いてない……っはん」


 結局、押し切られた。

 攻められて啼かされて。

 自分があんなに喘ぐなんて知らなかった。


 なんで、こうなった?



 隣で眠る彼女の可愛らしい顔を眺めながら。

 そっちこそ、この寝顔は反則。いや、この顔であのテクニックのギャップは本気でずるい。

 一夜限りかぁ。

 彼女の目が覚めてここを出たら終わる関係だ。


 何度でも言おう。

 なんで、こうなった。


「あ、おはようございます」

 可愛い子は、寝惚け顔も可愛いのか。

「ん、おはよ」

「お姉さん、気持ちよかったですか?」

 うっ、いきなりそれ聞く?

 まぁ、ここで意地を張ってもしょうがない。

「うん、とっても」

 素直に認めた。

「それは、良かったです」

 綺麗な笑顔で言う。


「でも、貴女は良かったの?」

「え?」

「私だけ気持ち良くなっちゃって、申し訳ないというか……」

「あぁ。では、ひとつお願い聞いてもらえますか?」

「何?」

「名前、教えてもらえませんか?」

「名前……?」

「ワンナイトじゃなくて、また会いたいな。なんて、ダメですよね」

 今度はしおらしく言う。

 こんなこと言われて断れる人間なんているんだろうか。

 なにこれ、夢オチとかじゃないわよね?

 思わず、彼女のほっぺをつねる。

「痛っ」

 夢じゃない!

 何するんですかぁ、って涙目になってる彼女に。

「名前を聞くなら、まず名乗るのが先でしょ?」

 社会人のマナーを教える。

「そうですね」

 そう言って、ベッドから抜け出して、バッグをゴソゴソしていたと思ったら戻ってきて、ベッドの上に正座して。

「こういうものです」と、名刺を差し出したーー下着姿だけどーー


 何かのギャグかと思ったら、ちゃんとした会社の名刺だった。

 ここまでされたら、教えないわけにはいかないか。

「今、名刺はないけど、橘美佐と申します」

 深々と頭を下げたーー下着も付けていないけどーー


「じゃ、みーちゃんですね!」

「は? そんな猫みたいな呼び方?」

 私をいくつだと思ってんの?

「え? 嫌ですか?」

 彼女に言われると、悪くないなと思ってしまう自分がいることも確かなんだけど。

「2人の時だけにしてよ?」

「はぁい。私はなんでもいいですよ」

「えっと、大石雫?」

「はい」

「しずく!」

「はぁい」

 嬉しそうに笑った彼女を見たら、もっと早く名前を教えて、彼女の名前も呼んであげれば良かったなと思う。




 これはもう、ワンナイトでは終われない。

 そんな気がする。



 どうして、こうなったか。

 それは、すでに恋に堕ちていたから。

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