第16話 バナーバル中央 クエスタ本部① 

 グエンを乗せた幌車の隊列は、通行量の多い商業地区を二十分ほど走ると、環状擁壁六番ゲートにさしかかった。

 環状擁壁は文字通り、内輪区の外枠をぐるりと輪っか状に囲んでいる擁壁だ。擁壁は真っ白で凹凸の少ないシンプルな建造物だが、高さは十mほどあり汚れ一つなく道路にもゴミはおろかシミもない。管理の行き届いた様と、上部の連絡路にライフルを持った隊員が配備された様は、無機質で堅牢な城壁を思わせ威圧感さえあった。

 擁壁には剣とツルハシの交差した銀のエンブレムが至る所に見られ、クエスタの存在を明確に誇示している。

 登録された車両を感知して、各ゲート口の遮断機が自動で開閉し車両を通していく。ゲート先の道路は登坂になっていた。擁壁を登りきると、バナーバル市中央の丘に位置する内輪区へと至る六番道路に繋がる。

 次々と車両が進む中、幌車の屋根に座っているオライオンは目の前で上下する遮断機を物珍しそうに見入っていた。

 ゲートを通過した後も振り返り、後続車両のために動く遮断機が小さくなって見えなくなるまで見守った。

 

 環状擁壁六番ゲートから内輪区へまっすぐ伸びた六番道路。商業地区とは違い交通量はまばらで、十分ほどの移動時間ほぼ停車することなく

クエスタ本部へ到着した。

 クエスタ本部前の道路から、正面口へのスロープを二台の幌車が進む。

 お互いに一台分の車両間隔を空けて停車する車両。前の車からグエン、後ろの車からエリエラが降りた。それぞれ隊員に囲まれ、先にエリエラが本部へと誘導されていく。

 グエンは幌車から降りた時から本部壁面の眩しさに顔をしかめていた。


「これだけ光を当てられるとスーパースターにでもなった気分だな」


 クエスタ本部は大きな円筒形をねじった形をしていた。形状はさほど珍しくはないが、表面を覆うすべてが鏡のように陽光を反射している。窓のガラスはもちろんだが、建物を構成する壁面すべてが金属光沢を放っているため非常に眩しかった。


「まさかとは思ったが、ガラスと……壁は全部重銀か? 成金過ぎるだろう」


 高さ二〇〇mはあるクエスタ本部を呆れた表情で見上げるグエン。彼の横に立ったユイナが咳払いをする。


「……では、副本部長室まで二人同行してください」

『了解しました』


 姿勢を正し、二人の治安維持部隊員が返答する。。

 ユイナが先頭を進み、ライフルを持った隊員がグエンの前に、そしてグエンの武器を抱えた隊員が最後尾についてクエスタ本部へと進む。

 全面ガラス張りの正面入り口をくぐる直前にユイナが呟いた。


「当本部の意匠は、クエスタ統括本部長兼会長ローガーの意向ですので……」


 グエンからは彼女の表情が読み取れなかったが、彼女の後ろの隊員が両手を上げて肩をすくめた。彼の反応に、グエンはこれ見よがしに輝くクエスタ本部を再度見上げて笑う。


「まあ、金持ちがどういう金の使い方をしてもいいが、周りは大変ということか」


 正面入り口に立つ警備役の隊員たちは全員サングラスを着用していた。光害対策に抜かりの無い彼らの横を通り過ぎ、ユイナ一行はクエスタへと入る。

 彼らを下ろした幌車は本部前から移動していく。屋根に乗ったオライオンは停車したことに気付かず、すっかり寝てしまっていた。

 クエスタ本部の壁に去って行く車両が映り込み、オライオンの小さな背中も見えていたが、連行中のグエンも彼の姿には気づかなかった。


 クエスタ本部の外観は眩しかったが、内部も外に負けじと光に溢れていた。高級リゾートホテル顔負けのエントランスホールは、吹き抜けになった上階から黄金に輝くシャンデリアが吊り下げられている。

 ホールには隊員以外にも私服の人達が多く賑わっているが、この派手な内装には慣れているようで、空から伸びたツタのようなシャンデリアには誰も見向きもしていない。

 ユイナ達に連れられエントランスホールを通過したグエンは、ホール中央に鎮座する3mほどある巨大な銅像に釘付けとなった。よく磨かれ赤銅色に映えるその像は、剣をかかげた青年が悪魔の如き形相をした女の首を脇に抱えている。


「さっきのシャンデリアもそうだが……この像も主張が強いな……生首が特に」

「こちらの像は副本部長の要望で設置いたしました」

「……なんの像なんだ? これは」

「こちらはグエンさんもご存じの方ですよ。今から二十二年前、エンブラの武力侵攻の始まりとなったかのゴカ防衛戦で戦姫ヒルドを討ち取り、同時に史上唯一エンブラ王家の者を殺害した人物。反帝国の象徴、王族殺しの像です」


 金色に輝いてこそいないが、3mという巨大さと生首を抱えた像がエントランスホールの中央を陣取っている様はグエンにとっては滑稽に映った。しかし、これもクエスタ本部では慣れた光景で、ユイナ達は脚を止めることなく通過する。

 像が抱えた生首を横目に、グエンは小さな声で呟いた。


「あの女は、憎たらしいくらいの美人だったけどな」


 グエンを連れた一行はエントランスホール奥に設置されたエレベーターに乗り、上階へと移動する。



 クエスタ本部、三十五階。エレベーターから降りた一行は、通路をまっすぐ進み突き当りにある部屋へ移動する。副本部長室と書かれた扉をユイナがノックする。


「ユイナです。お連れいたしました」


 扉横のスピーカーから落ち着いた男性の声で返答があった。


「ごくろう。入ってくれ」

「はい」


 扉からカチャンと開錠の音が鳴ると、ユイナは扉を開ける。部屋から紅茶の柔らかで芳しい香りが鼻をくすぐる。

 室内に入ると奥の壁一面に張られたガラス窓が目についた。バナーバル市街を一望するガラスを背に、デスクに座る壮年の男性がユイナ達を出迎えた。

 短めの栗色の髪と口髭は整えられ、額の生え際にはメッシュのような形で白髪が生えている。オーダーメイドのダークブラウンのスーツは席を立ち悠々と歩くヒッジスの体にほどよくフィットしており、自然と彼の洗練さを醸し出していた。


「はじめまして。クエスタ統括本部のヒッジス・アグナスタです。どうかね、気分は。まあ、まずはこちらへ」


ヒッジスは自身のデスク前に設置された黒檀の長テーブルへ掌でうながし、グエンに席を勧めた。長テーブルの上には、紅茶とケーキが用意されている。


「身に余る好待遇にむず痒いかな。グエン・カライトだ」


 グエンは勧められた席に座る。続いてヒッジスが正面に座り、その横にユイナが座る。二人の隊員はグエンを挟むように背後に立った。

 紅茶をカップにそそぐと、ヒッジスはグエンの前に置いた。カップを乗せた皿にはスライスされてレモンが一切れ。彼は次にユイナの分を淹れ、最後に自分の紅茶を淹れる。同様の手順で、ヒッジスは切り分けられていたシフォンケーキを配った。

 紅茶を淹れる手際はよく、来客をもてなす彼の笑顔はこなれていた。グエンには笑顔でできるヒッジスの目じり皺が、ビジネスマンの戦歴の証に感じた。胸ポケットに挿された、木目の美しいボールペンも彼の好みをよく表している。


「まずは少し話をしよう。この紅茶とシフォンケーキは、ここの二階にカフェで買ったものでね。注文すれば部屋まで届けてくれる。平職員の頃から数えて約二〇年間になるかな、毎朝この二つで一日を始めると決めていてね。お茶の時間は、私にとって誰にも邪魔されたくない貴重な時間だ」


 ヒッジスはカップを手に取り、香りを堪能してから紅茶を口に含む。


「ありがとう。部屋に入った時からいい香りがしていて気になっていたんだ」


 グエンも振る舞われた紅茶に口をつける。

 ほどよい甘さのアールグレイに、グエンはほっと一息ついた。


「どうかね? 紅茶は甘くないのもいいけれどね、私はどうも砂糖がないとダメだ。お口に合ったかな」

「毎朝飲むのもうなずける。このあとの話も、これくらい甘さがあるといいが」


 満足気なグエンの姿を見て取り、ヒッジスは黒檀のテーブル上で手を組み姿勢を正す。


「ここまでお越しいただいたのはほかでもない。エンブラに対する戦闘行為について」

「それほどのことをしたつもりはないが、俺はどんな罪に問われるのかな」

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