第4話 プロローグ④

 雨は夜まで続いた。

 降り続けた大粒の雨が、血で染まった台地を洗い続けていた。

 死屍累々たる惨状で、ひと際大きな影が横たわる。

 金の羽根が散らばる血だまりの中に、首のない金色の四足獣。

 彼女の横たわる血だまりに流れ込む雨水が、川を目指して流れ赤い筋を描く。

 水の流れを追うとそこには、金髪の少女の首が無造作に打ち捨てられていた。



 真っ暗な森の中、グエンはモービルを走らせる。

 雨で濡れ続け、大量の血を失った冷たい体にはほとんど感覚がない。

 胸から背中を貫いたままの羽根を抜く気力も体力もなかった。

「俺は勝った! カガリ! 仇は取った! ……けど」

 口から溢れる血が言葉を詰まらせる。

 細い森の道、気を抜けば森の木々に激突してしまう。ただでさえ暗闇と雨に遮られて視界が悪い。瀕死の戦士は気力を振り絞り、ぼやけていく視界に抵抗していた。

 ライトに映し出されては後方に流れていく木の姿が、踊り狂う亡者のように見え、グエンは現実味を失い続けていった。

「くそったれめ」

 横目で木々に悪態をつき、グリップを回してモービルを加速させる。

 森にこだまする機械的な鼓動音に、グエンはまだ生きていることを実感した。

「俺は生き残った。けど、この勝利に何の意味があるんだ!」

 口からこぼれる血。せき込み、涙を流してグエンは叫ぶ。

「もう誰もいないのに! まだエンブラのやつらは大量にいるのに!」

 雲の下を抜け、雨が止む。

 急に視界が開けた。

 森が突如終わり、緩やかな傾斜で登る道の向こうには夜空が覗く。

 傷ついた彼はこの地形に見覚えがあった。

(慟哭の淵……。死者の都があるって、伝説の……鏡面街か……なら、いっそ)

 50mほど先で道が終わっている。

 呆然とモービルを走らせ続けるグエン。

 血に濡れた赤い前髪が風で目に入り我に返った。

「! くそっ! くそっ! 今俺が死んで何になるってんだ!」

 頭を振って、ブレーキをかける。だが、レバーもペダルもまるで手ごたえがない。

 故障かと前輪のブレーキを覗き込んだグエンは絶句する。

「!」

 前輪のプレートを挟むブレーキ部分に、肉片のついた金色の髪の毛が絡みついているではないか。前輪を挟んで摩擦で止めるべきパーツの間に、ぬめる肉片が入り込んだせいでまったくブレーキが利かない。

 慟哭の淵まで10mを切った。

 血と絶望に染まった男は、大きくため息をついて笑う。

「はっ、高貴な化け物の姫さんが、こんな小細工してくるとはね……熱烈じゃないか」

 自暴自棄になった彼は、グリップを全力で回した。

 加速し崖を跳ぶモービル、慟哭の淵へ飛び込む。

 落下していく中、胸ポケットに入っている一房の髪の毛に触れる。

「誰も守れなかった俺でも……カガリの……皆の所へいけるかなあ……」

 暗い淵へ落ちて行くモービル。

 闇に落ちていくグエンの目には、美しい星空が映っていた。

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