第33話

 掃除の心配はほぼなくなり、今は手が回っていなかった部分の清掃や倉庫の片づけをしています。

 御歳を召したメイドさんも余裕が出来て以前より元気に見えるわね。


「なぁシルビア、お前さんの所ではささくれ立った柱はどうしてたんだ?」


「以前は松ヤニを使ってめくれた部分を接着し、その上から同じ木材を薄くしたものを貼り付けていました。その上からニスを塗ったらあまり目立たなくなりますよ」


 余裕が出来たので他の方々とも色々とお話をしています。

 今日は修繕係の男性達と庭でお茶を飲んでいます。


「おおそうか! ヤニでささくれを接着するだけよりも、上から更にかぶせる方がめくれにくくなるな! よし今度やってみよう」


「じゃあさじゃあさ、かけたカップや皿はどうしてる? やっぱり捨てるのか?」


「エクストレイル伯爵家ならお金があるから捨ててもいいですが、色を付けた接着剤を使い、欠けたり割れた部分を模様にしていました」


 色々と話を聞けるのは楽しいですね。

 それに他の係の方が困っている部分を手助けできるのは嬉しいです。


「うをぃお前ら! なにシルビアの邪魔してんだよ! ほらシルビアこっちこい!」


「え? いえ私は別に邪魔とは……」


「そうだぞオッティ! なにひとり占めしようとしてんだよ」


「べっ、別にひとり占めしてる訳じゃ……」


「おいオッティ、俺達は仕事の話をしているんだ、何ならお前も庭で困った事があればシルビアに聞いてみたらどうだ?」


「で、でもおやっさん、俺は別に困ってなんか……」


「お前、雪が降ったら木が折れて困るって言ってたじゃねーか」


「それは当たり前の事だろ? 雪が降れば枝は折れるもんだ」


「ありますよ? 枝が折れにくくなる方法」


「え? だって雪だぜ?」


「ほらみろオッティ、シルビアに聞いてみるもんだろ?」


 私は雪吊ゆきづりという方法がある事を話しました。

 細目の長い丸太を用意し、それを保護したい木にロープで固定し、長い丸太の頂上からロープで枝が折れないように引っ張る方法です。

 枝が多いとロープの数が増えるので大変ですが、全部にロープを付ける必要はありません。


「なんだ、聞いてしまえば単純な方法だが、今まで見た事がないな」


「雪が降る地域でも手間がかかるのでやらない場所が多いそうです。しかし均等に張られたロープに雪が積もるととても綺麗ですよ」


「そっ、そんな事俺だって知ってらぁ! 手間がかかり過ぎるからやってないだけだ!」


 それもそうですよね、庭師なら私が本で読んだだけの情報よりも詳しいでしょう。

 余計なおせっかいでした。

 他にも枝をまとめてロープで縛る方法もありますが、特に言う必要もないですね。


 それから数ヶ月が経過し、お屋敷の中はかなり綺麗になり、使用人たちも仕事に余裕が出始めました。

 でも根本的な解決になってないのよね。

 この年齢層の高さ……今はいいけど、やがて来るであろう大量の退職者。

 それまでに人員の確保と教育をしないと。

 

 とはいえ私がそこまで出しゃばってもいいのでしょうか。

 私のここでの目的はメイドとしてのしっかりとした実績を積む事です。

 以前の様に役目以外の部分で功績を上げるのは避けた方がよいでしょう。

 今は職場である屋敷内の環境を整える事に注力ですね。


 ある日の事です、ご高齢のメイドが体調を崩してお休みしました。

 この方は旦那様はすでに先立たれ、子供は別の街にいるのだとか。

 なので住み込みではありませんが、治るまでは屋敷で寝泊まりしてもらう事になりました。

 体調は数日で戻ったのですが、これはいけません、まだ若い人を中心に不安が広がっています。


 でも具体案を出すわけにもいかず、私は健康に良い飲み物を出すに留まります。

 それから数日後、私はエクストレイル様に呼ばれて執務室へと向かいます。


「え? プリ……メーラ様とリバティ様が遊びに来られるのですか!?」


「ああ。護衛に兄君あにぎみのセフィーロともう一人騎士が来るようだ」


 プリメラが来てくれるのね! ああ久しぶりにお会いできるんだわ。

 でも冷静に冷静に、私にではなくエクストレイル様に会いに来るんだから。


「そうでしたか。ではそれまでに部屋の準備を整えておきます」


「ところで手紙のそこかしこに君の名前が書かれているから、シルビアが対応してくれ」


「!! かしこまりました、エクストレイル様の名に恥じぬようお迎えいたします」


 執務室をでた私はきっとニヤケ顔を必死に我慢していたでしょう。

 はい、自分でもわかる程に口が緩みそうです。

 プリメラは元気でしょうか、ああ元気だから遊びに来るのよね。

 四人分の部屋を急いで用意しなきゃ! あ、あとはプリメラの好物も用意しよう。


 さらに数日後の早朝に使いの者が現れて、午前中にはプリメラ達が到着すると連絡が入りました。

 学園を卒業してからだから何ヶ月ぶりかしら。

 今すぐ来ても良いのに。


 いそいそと仕事をして待っていると、そろそろ到着すると連絡が入りました。

 小走りで玄関に向かい外に出ると、遠くの門の前に馬車が見えます。

 おっと、身だしなみは……大丈夫、部屋や食事の準備もしたし、お菓子やお茶も大丈夫。

 他には……あ、門が開いたわ。


「随分と楽しそうだねシルビア」


 いつの間にか隣にエクストレイル様が立っていました。


「はい、学園で付き人をしていましたし、とてもお世話になった方ですので」


「そうだったね。いらしたようだ」


 馬車が玄関前に停まり、御者が扉を開けました。

 中からはセフィーロ様と顔が隠れるヘルメットをかぶった騎士が最初に出て、そしてリバティ様とマーチ、そして……ああ、相変わらず綺麗だわ。

 エクストレイル様と挨拶を済まし、まずは部屋へとご案内しましょう。

 

「こちらがお部屋となります」


 リバティ様とマーチの部屋に案内し、その後でプリメラの部屋へ案内します。

 部屋の中に荷物を入れると、何故かリバティ様やマーチ、セフィーロ様と騎士まで部屋に入ってきました。


「シルビアー! 会いたかったわ!」


 プリメラが抱き付いてきました。

 

「プリメラ、私もお会いしたかったです」


 そっと背中に手を回して抱きしめます。

 ああ、相変わらず……凄い胸ですね、顔が完全に埋まってしまいそうです。


「シルビア冷たいんじゃありませんこと? 久しぶりに会ったというのに」


「お久しぶりですリバティ様。必死に喜びを押さえていました」


「そうだろね、俺に会いたくて仕方がなかったんだろう! さあこっちにもおいで!」


「セフィーロ様もお久しぶりです。残念ですが抱きしめるのは奥さんだけにしてください」


「シルビア……会いたかった」


 突然ヘルメットをかぶった騎士様がしゃべりました。

 あら? この声はもしかして。


「セドリック……様?」


「そうだよ。僕……だよ」


 そう言ってヘルメットを脱ぐと、ああ、間違いなくリック様だわ。

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