第20話

「あいつらが狙ったのはアナタなのよシルビア! あなたは……あなたは……」


 それだけ言ってプリメラは意識を失いました。

 私が? 私が何なのでしょうか。

 気になる言葉を残して意識を失ってしまいましたが、今はそれどころではありません。

 急いでプリメラを救護室に、お、重い、意識のない人ってこんなに重いんですね。


「シルビア……僕が運ぶよ」


「しかしリック様は戦った後で疲れておいでなのに」


「ほら……僕は怪我をしてるから救護室に行きたいんだ」


「あ、では二人で運びましょう」


 そうして私とリック様でプリメラの腕を肩にかけて救護室に向かいます。

 

「あの、遅くなりましたが助けていただきありがとうございます」


 プリメラが意識を失って慌ててしまい、助けてくれたリック様にお礼を言っていませんでした。

 リック様は「当たり前のことをしただけ」といって微笑んでくれました。

 

 救護室には警備兵がたくさん運ばれていましたが、こんな時の為に医者の数は増員されています。

 よかった、私の提案が受け入れてもらえてるわ。

 私がプリメラ経由でお願いした事は、学園での鐘を使った連絡方法及び医療体制の強化でした。


 私一人でお願いしては取り入れられるのに時間がかかりますが、プリメラの家を利用させてもらいました。

 役に立ってよかった。


 プリメラをベッドに寝かせ、リック様は怪我の治療を受けています。

 これで終わりなのでしょうか……また同じことが起こるのだとしたら、今度はさらに大規模な事になるかもしれません。

 そうなると被害者が増えて……


「おやおや、こっちも大変だね」


 セフィーロ様が救護室にいらっしゃいました。

 戦いで怪我をされたのでしょうか。


「セフィーロ様、こちらのイスにどうぞ」


「いやいや、女性を差し置いて座れないよ」


 固辞されてしまったので大人しく座っています。

 どうやらセフィーロ様は怪我をしたわけではなく、私達の様子を見に来ただけの様です。

 セフィーロ様にもお礼を伝え、そして質問をしました。


「プリメラは何を言おうとしていたのでしょうか」


「ああそれね……いや、それはプリメラが説明するだろうから、俺からは言わないでおくよ」


 珍しく大人しく、少し寂し気に答えてくれました。

 しかし直ぐにリック様の怪我をした腕をつついてからかっています。

 この方は真面目になれない病気にかかっているのでしょうか。


 しばらくしてプリメラが目を覚まし、関係者に挨拶を済ませて寮に戻ってきました。

 プリメラは随分と落ち込んでいますね、無理もありません、あんな場面に遭遇してしまったのですから。


「シルビア、落ち着いて話を聞いてほしいの」


 ソファーでお茶を飲み落ち着くと、ゆっくりと話をしてくれました。


「あなたはね……あなたは悪魔教の生贄に選ばれていたのよ」


「……え? 生贄、ですか?」


「そう。ポルテ元男爵が悪魔教だった事は知っているでしょう? どうやら屋敷にいた者を順番に生贄として捧げていたようなの」


 屋敷の使用人たちを……生贄に……?? 何を言っているんですかプリメラ、だって私以外の人達は賃金を支払われず、元男爵を見限って辞めていったんです。

 生贄になんてなれるはずがないじゃないですか。


「生贄には順番が決まってるみたいで、ポルテ元男爵は使用人に順番を付けて、その順番に従って辞めさせるように仕向け、屋敷を出てから襲っていたそうよ」


「だって……だって他の人が辞める時にささやかながらもお別れパーティーをして、次こそは良い主に巡り合えますようにって……」


「残念ながら、屋敷を出てからの足取りが全くつかめないのよ。本当に、神隠しにでもあった様に」


「元男爵が……誘拐したんですか?」


「恐らくだけど、サクシード侯爵が絡んでいるわね。あの人が絡んでいたら平民が何人いなくなってももみ消せるわ」


 なん……という事でしょう。

 私が想像していたよりも遥かに悪い状況になっていました。

 それに私だけでなく、他の人達も襲われて連れ去られていたなんて。


「あ、順番だから、執拗に私を狙ったんですね」


「そうよ。捕らえた悪魔教徒によると生贄の順番は重要らしく、一度決めたら変更は出来ないそうよ。だから……その……」


「私はまた狙われる、という事ですね」


「……うん」


 これは最悪です。

 私がいる限りプリメラに危険が及ぶのです。

 そんなの……許せるはずがありません。


「それでしたら答えは一つですね。プリメラ、私はアナタの付き人を――」


 そこまで言って、プリメラの顔が怖くて止まりました。

 そんなに……睨まなくても……


「シルビア、アナタ勘違いしているわよ」


「私が狙われている訳ではないと?」


「そこじゃないの。あなたは家族が狙われていると知って、簡単に見捨てることができるのかしら?」


「そんな事はしません! 家族なら、いえプリメラが狙われていたら命を懸けてでも護って見せます!」


「そうよ。だから私は、我がアベニール家はアナタを全力で護るわ。これは決定事項なのでくつがえりません」


「でも……でもそれでは常にプリメラに危険が……っ」


「お兄様の護衛もあるし、他にも街中や学園での警備体制もさらに強化させるわ」


「わっ私の為に、ほかの、ほかのっ人にまでご迷惑が……」


 あれおかしいですね、言葉が詰まりますし目の前が良く見えません。

 プリメラが優しく微笑んで私の隣に座り、涙をぬぐってくれます。

 涙? 私、泣いていたんですね。


「怖いわよね、私も怖いわ。でも私が一番怖いのはシルビア、アナタを失う事だもの。それに比べたら悪魔教の相手をするくらいなんでもない」


 プリメラの胸に顔を埋めて大泣きをしました。

 こんな時は何て言えばいいのでしょう、ありがとう? ごめんなさい?

 言葉に表すと陳腐に聞こえてしまいますが、この気持ちを表す言葉が見つかりません。

 この思いに応えるためにも、私はもっと頑張らないといけません。

 

 翌朝、私はサクシード侯爵の屋敷の前に来ました。

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