大正浪漫に異世界聖女
緋色の雨
第一章
プロローグ
オルレア神聖王国の城下町にある、とても大きな憩いの広場。
抜けるような青空の下で、私は十字架を模した木材に張り付けにされていた。ボロ布の囚人服を着せられ、両手首には魔封じの手枷が填められている。
しかも足下には油に濡れた藁が敷き詰められ、その上には薪が並べられている。むせ返るような油の臭いが、私に逃れようのない死を予感させる。
火炙りの刑が処されるまであと少し、という状況である。
「――この者、レティシアは自らを救国の聖女とたばかり、王妃の座を得ようとした悪しき魔女である。よって次期国王の私が聖なる炎を使い、魔女である彼女を火炙りの刑に処す!」
高らかに宣言したのは王太子――私の婚約者だった男だ。権力を象徴するかのような煌びやかな服に身を包んだ彼は、広場に集まった国民に聞かせるように宣言する。
だけど――
告げられた罪状は、
私が犯したという罪は、
彼の都合で作り上げられた真っ赤な偽物だ。
平民の娘に過ぎなかった私を聖女に認定したのはオルレアの司祭だ。オルレア神聖王国を救って欲しいという、呪いにも似た人々の願いによって私は聖女になった。
王太子との婚約を受け入れたのだって、いまは亡き陛下に国のためだと説得されたからだ。
どちらも、私が望んで手に入れた地位じゃない。なのに、私は聖女を自称した魔女として、裁判に掛けられている。王太子にとって、私の存在が邪魔になったからだ。
「魔物に変容した人間を躊躇いなく殺す。おまえはいままで、いったいどれだけの者を手に掛けてきた? そのように血に染まった身で俺に近付くな、穢らわしい!」
先日、王太子から叩き付けられた言葉だ。
たしかに、私の手は血に染まっている。
魔物へと変容してしまった人間に死という安らぎを与えるのは私の役割の一つだ。他にも、数え切れないほどの魔族や魔物、それに魔王をこの手で殺めた。
だけどそれは、この国を救うために必要なことだったからだ。なのに、この仕打ちはあんまりだと、私は悔しさに唇を噛む。
そんな私を他所に、王太子は広場に集まった者達に向かって高らかに告げた。
「――よく聞け、皆の者! この松明を灯す炎は、神殿から運んできた聖なる炎だ! よって、彼女が真に聖女ならば、この炎で焼け死ぬことはない!」
「それがあなたの遣り口ですか……っ」
私が聖女なら死ぬはずがない。そんな嘘で私を焼き殺し、聖なる炎で焼け死んだのだから、私は偽の聖女だったという暴論を民に押し付けるつもりなのだ。
本来の私なら、魔術でこの状況から逃れることも可能だ。
だけど、私の両手首には、複雑な紋様が刻み込まれた金属製の枷がはめられている。一見ブレスレットのようなそれは一種の魔導具で、私の聖女の術や魔術を封じている。
いまの私にこの状況を覆す術はない。
私の人生は、ここで終わってしまうのかな……?
「さあ、裁きのときだ! 人々を惑わした悪しき魔女よ、聖なる炎に焼かれて死ね! そして民よ! 偽りの聖女が聖なる炎に焼かれて死ぬ姿をその目に焼き付けよ!」
あっさりと、本当にあっさりと、足元に敷かれている藁に火が放たれた。
私の身体を真っ赤な炎が包み込む。
国のために戦って戦って、戦い抜いて、最後は用済みだと処刑されるのだ。世界は救っても、私自身の望みはなに一つ叶えていないのに、私の人生はここで終わる。
役目を果たして、ようやく、自分のために生きられるかもって思えたのに。
こんなの――死にきれないよ!
大粒の涙が瞳から零れた。
その涙は頬を伝い、炎の中に消えていった。
瞬間、私の足元を中心に複雑な魔術陣が展開された。その魔術陣が出現するのと同時に、私は自分が何処かに引き寄せられるような感覚を抱く。
というか、
「……熱くない?」
最初に感じた熱をいつしか感じなくなっていた。
「馬鹿な、どういうことだ!?」
事態に気付いた王太子が声を荒らげる。
同時に民衆からもざわめきが上がり、大きな波となって広場全体に広がっていく。その状況に焦りを抱いたのか、王太子が忌々しげな顔で声を上げる。
「あの魔女は、怪しげな術で聖なる炎に抗っている! 兵士達よ、いますぐに、あの悪しき魔女を槍で串刺しにしろっ!」
「――はっ!」
命を受けた兵士達が私に向かって一斉に槍を突き出す。その槍に貫かれる寸前に私の視界は暗転、私という存在はこの世界から消え去った。
次の瞬間、私はまったく知らない広間の一角に移動していた。
磔から解放された私は、重力に引かれて座り込む。
周囲を見回すと、最初に煌々とした灯りが目に飛び込んできた。ランプのようにガラスの中に光源があるけれど、ランプの炎と違って揺らぐことがない。
魔導具かとも思ったけど、光源からは魔力が感じられない。
未知の光に満たされたエキゾチックな空間。
私の隣に座り込む黒髪の少女もまた見慣れぬファッションで、紺色のブレザーにブラウス、それにチェック柄で膝丈のプリーツスカートを穿いている。
顔立ちは整っていて可愛らしい、守ってあげたくなるような女の子だ。
そして周囲には、また違うファッションの人達が集まっている。民族衣装なのだろうか? ボタンを使わず、帯で止めた不思議なデザインの服を纏う者が半分ほど。
残りの半分は、ブラウズやズボン、あるいはそれらを組み合わせた服を纏っている。
「召喚に成功したぞ!」
不意に、誰かがそう叫んで、続けてそこかしこから歓声が上がる。剣――どちらかというと細身の曲刀を腰に下げた軍人や、神官のような者達が喜びを称え合っていた。
奇跡を喜び合うような表情を目の当たりに、私は聖女選定の儀式を思い出した。
……もしかして、私はまた聖女として戦うのかな?
そうかもしれない。
だけど、その場にいる人間を選定する聖女選定の儀とは違い、この儀式は離れた人間を召喚している。離れた地にいる聖女を強制的に召喚するなんて信じられない能力だ。
オルレア神聖王国よりも、ずっと優れた技術を持っている国なのだろう。
そのような国に召喚された。
どれだけ過酷な戦いが待っているか想像もつかない。
――穢らわしいと、私を罵る声が頭の中に響いた。
……嫌だ。そんなのは嫌だ。
誰かに都合良く使われ、最後は用無しと捨てられるような人生は繰り返したくない。
私は、私が思うままに生きたい。
そんな風に考えていると、人垣を割って軍服らしき装いの男達が近付いてきた。彼らは人垣の最前列で足を止めるが、その中の一人だけが更に近付いてくる。
精悍な顔立ちだけど、どことなく王太子に雰囲気が似ていて嫌な感じだ。そんな彼が胸のポケットからペンダントを取り出した。
彼はそれを私に向け、続けて隣に座り込む黒髪の少女に向ける。私に向けたときはなんの反応も示さなかったペンダントが、少女に向けた瞬間に淡い光を放った。
それを確認した後、彼は黒髪の少女の前に膝を付く。
「よく来てくれた、巫女殿」
……巫女?
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