第43話 西岡の初任務

「お兄ちゃん。またこれ忘れてるよ!」


 朝、家を出ようとしたとき、妹のカエデがちょっと怒り口調でいった。

 差し出されるのは、体操服の入ったバッグだ。


「あ、ごめんごめん。先週末、洗濯で持って帰ったんだっけ」


 ぷんすかしている妹から荷物を受け取ると、僕は学校へと歩き出した。

 テレビのワイドショーやニュースでは、連日のように事件映像と被害者のインタビューが報道されている。まるで誰かからの指示があったかのように口をそろえて、爆破テロ事件と伝えられていた。


 何の声明文もないのに。

 だが現在はネット社会だ。

 あれからすぐに動画がネットに投稿された。

 自称記者を名乗る男が、真実は魔法事件。政府はひた隠しにしていると、興奮気味に唾を飛ばしていた。魔法事件なんて、まったく嘘くさいのだが、こちらが真実なのだから面白いものだ。


 投稿された動画は、すぐに日本政府も削除要請を出したようだが、運営会社はアメリカにあり、そう簡単に言うことを聞いてくれない。ということを聞いた。


 そのほかにもツイッターで、あの球場にいた関係者の証言や、不鮮明な動画なども相当数リツイートされていた。


 こちらも削除されたり、されなかったりだ。


 まあ、どちらも魔法なんかあるか、夢を見るなと否定的なコメントで溢れているのだが。

 表ざたにならないのは、魔法というものがあまりにフィクションとして有名なもので、そして非現実的だからだ。


 魔法を使うことができるなんて、まともな大人なら相手にしないだろう。

 中高校生でも馬鹿ばかしくて口にできない。


――せいぜい中二病だろう。


 だが、それをまともに信じた僕は、念願の魔導官になることができた。


 あの事件後、黒木さんが推薦してくれたのが決め手となったらしい。

 嬉しかった。


 あの主犯とみられる金髪の少年は取り逃してしまったけれど、彼女を助けられたし、彼女に認めてもらった気がしたからだ。

 だが、黒木さんの席を見やる。

 そこには主がいない。


 あれから彼女は学校に来なくなった。

 桐谷課長から怪我がひどく、入院しているということを聞いたけれど、病院名を教えてくれることはなかった。


「西岡」


 自分を呼ぶ声がして現実に引き戻される。目の前に村上がいた。

 以前のような見下すような雰囲気は感じられない。

 ほんの少し前の僕ならびくびくしていただろう。だが、球場で本物の死と敵をみたせいか、刺激にどうも鈍感になっていた。


 まあ、魔導官になったっていうのもあるんだけど。

 いざとなれば魔法使えばなんとでもなるわけだし。

 一般人に対しての魔法行使は、もちろんご法度なんだけど。


「ちょっといいか」


 人気のないところまで連れてこれた僕は、ため息をつく。


「かつあげ?」

「違う!」


 村上は苛立たしげに舌打ちすると、


「お前……その黒木さんと仲いいだろ? 彼女どうしたんだよ?」


 言いにくそうに視線を外しながらそういってきた。


「うーん、仲いいのかな……」


 ぼそりと呟くと、村上は弾けるように僕の肩を掴んだ。


「仲いいだろ! お前ら二人で、あの球場にいたじゃねえかよ」


 俺は断られたっていうのに、と最後にぼそりと追加した。

 知らない事実に驚く。


「だいたい、どういう関係なんだよ! 付き合ってるとかじゃねえだろうな」

「……それはないよ」


 ひどく冷静な声でいう。

 彼女にとって僕は何なんだろう?

 僕のほうが知りたいくらいだ。


「……僕も気にしてるんだけど」


 とスマホの画面を見せる。


「メッセージ送っても、既読にならないんだ」


 自分のメッセージばかりが連なっていた。


  ◆


 あの上条とかいう投手は、重症で入院しているが生き残ったらしい。

 容体が安定するのを待って、事情聴衆することになった。

 彼から話を聞くというのが、僕の最初の仕事となった。

 学校から電車で乗り継ぎ、県境ぎりぎりの端に、その施設はあった。

 施設の周囲は厳重な警備体制が取られている。


「緊張してんなよ、西岡」


 小早川さんだ。

 見た目はなんというか、ハゲで、小太りで背も高くない。つまり、冴えないおじさんだが、眼つきが鋭い。

 なんでも見抜くような目をしているのが怖い。

 それに相当にタバコ臭い。


――そういえば黒木さんもタバコ臭が苦手だって、言っていたっけ。そもそも魔導課自体が臭くて鼻が曲がるとも。


 彼女のことを思い出し、少し切なくなる。

 怪我、大丈夫なのかな。

 もしかして嫌われたのか、ということが心配になる。


 一向に既読にならないメッセージ。


 小早川さんに続いて、魔導官になったときに渡された徽章を見せると、警察官は敬礼して中に通してくれた。

 病院のように白を基調とした清潔感のある通路を歩く。


「お前、呑まれた奴らを初めてみるんだな?」


 二つ目の扉の前で小早川さんはそういった。


「ええ、まあ」

「この仕事を選んだんだ。覚悟しておけよ。魔法を使う以上、俺たちはこいつらのようになる運命にあり、こいつらを狩る仕事なんだからよ」


 二つ目の扉を超えると、とたんに空気が変わった。

 人間のうめき声や、そうとは思えない声が響く。

 臭いも空気も独特な重いものに変わる。


 声は聞こえるが、部屋の中は見えない。

 想像しかできないのだが、それでも僕は呼吸をしづらくなった。

 この重い空気を吸いこみたくなかったのだ。


「ここだ」


 扉の横のプレートには、Kamijo Hidekiとある。


「いまどき、名前書いてるんですね」


「数字だとわかりにくいだろ。対処間違えると致命的なことになる場合もあるし。そういうやつらはもっと深いエリアにいるんだが……。まあ、どうせ個人情報保護なんて適用されないやつらだ」

「え、でも家族とか」

「……家族にも会えない」


 そういうと生体認証し、扉を開いた。

 白を基調とした部屋の中には簡素なベッドがあり、そこには人がいた。

 若い男だ。


 上条秀樹。

 男は布団の中に入ったまま、ぼんやりと虚空を見つめている。

 以前、黒木さんをナンパしていたときのチャラい雰囲気はまるでない。端正な顔立ちはかわらないが、顔には意思が宿っていない。


 だが思ったより普通ぽい、

 そう安堵しかけた瞬間、気が付く。


――布団の膨らみがおかしい。


 不自然に大きく膨らんでいるのだ。おおよそ人間の体の大きさには釣り合わない大きさであり、そんなところに体なんかないだろう。という箇所だ。

 そのことを想像して吐き気を催した。

 人間の形が変わってる、っていうのか。


「上条さんですね」


 僕の様子がおかしいのがわかったのか、小早川さんはすっと前に出てそう口を開いた。

 しかし彼は聞こえていないのか、焦点のあっていない目でどこかを見ているだけだ。

 小早川さんが一歩近づく。

 おもむろに紙を取り出すと達筆な字で何やら書きだした。


『おもいだせ』


 その紙を上条に見せながら、ぼそりという。


「マノウって知ってるか?」


 効果は劇的だった。

 無表情だった顔に、感情が宿る。

 恐怖の感情が。


「な、何も知らない! 何も!」

「そうかい。じゃあ、お前さん。魔球、投げれるか? Bシステムズ覚えてるか?」


 それからもいくつか事件に関係することを聞いたが、上条の反応はすべて同じだった。

 青ざめた表情で、何も知らないと首を振る。


「結局何もわかりませんでしたね」


 その後もしばらく彼に対して質問した後、病室を出ていう。

 すると、小早川さんはにやりと笑った。


「いや、そういうわけでもねえさ」


 と先ほどの紙を見せてくる。


「これが俺の魔法だ。一定時間、俺の字を見た人間の記憶を探れる。まあ、そうはっきりしたもんじゃねえけどな。お前さん、事件のことより嬢ちゃんのことばっかり考えてるな」

「う……」

「まあいいさ。俺だって心配してる」

「小早川さんも連絡できないですか?」

「ああ、課長のからの指示でしばらく外すから、刺激を与えないでくれってな」

「そうですか」


 少々落胆しながらも、少し安堵もする。

 連絡がとれないのは、自分だけでなかった。


「……でも刑事にうってつけな魔法ですね。文字型魔法ですか?」

「ああ、そんなもんだ。グリモワールには、読解型と書いてたけどな」


 どっちでも同じだと、しきりに笑った後、真剣な顔に変わる。


「上条は、あたりだ。奴に会ってる」



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