<4-4 国王は娘に取引をもちかける>
今なんて?
王女様は妹姫様方を見たまま、彫像のようになっている。
クローネさんは目が点になっている。
ナナイさんをはじめとする侍女さん達も、豆鉄砲を食らった鳩になっている。
そんな中。
「なりませぬ!!」クローネさんの背中から、シュレジアさんの声が響き渡った。「お、お勉強を休むなど・・一体何故そのような!」
王女様がうなずいて、ミルデリーチェ様が答える。
「さっきコンテストがあるってお話をしたでしょう?マンガを描く子達が自分が描いたマンガを持ち寄って発表するの。」
「・・それは学院の行事ではないわね?」
「違うわ。」と、リルデレイチェ様。「放課後、学院の中庭で、持ち寄ったマンガを審査員の子に見てもらって、順位をつけるのよ。来週あけてすぐなのだけれど、描くのが間に合いそうにないの。」
「私達は不利よ、お姉様。他の子はその二日間をまるまるマンガに使えるでしょう?でも、私達は乗馬と歌とダンスと礼儀作法と魔法の授業があるわ。マンガを書くのに使える時間は他の子の半分もないの。だから明後日と次の日だけでいいから、お休みできないかと思っているの。」
「・・・・」
王女様が眉間に指先を当て、沈思。
コンテストか・・ううむ・・
「やはりいけませぬ!」またシュレジアさんが負ぶわれたまま叫ぶ。「そんないい加減な絵を描くために授業を取りやめるなど・・絵ならばイベリン殿にちゃんとしたものを教えてもらっているのですから、それを描けばよいのです!王族にふさわしい絵というものがございます!」
室内が静まりかえる。
王女様が手を膝の上に下ろし、黙り込んだ。傍らに控えるナナイさんは侍女の姿勢のまま、目を伏せていた。
妹姫様方は顔を見合わせ・・困ったような憮然としたような表情。
そして私は・・
(いい加減な絵?)
その言葉に、すこぶる引っかかっていた。
(王族にふさわしい絵?マンガは値しないというわけね)
でもまあ・・値しないでしょうね。私の世界でだって、王族やなんかの方々がマンガを描くとか言ったら・・いやそうでなくたって、マンガのために授業を休むなんてあり得ないだろう。でも。
(マンガを・・いや、人の好きなものに、ああいう否定のしかたする?)
“いい加減な絵”とはどういうこと?描く方はそれなりに身を削っているのだ。自分の一部をさらけ出し、きれいな自分も汚い自分も見ながら、必死に絵に込め、描いているのだ。それは油絵だの水彩画だのを描く人と変わらないはず。それを“いい加減”とは・・
しかしここで、母親としての私も一言言う。
(趣味を優先して、やるべきことをおろそかにするのはどうなんだ)
これでは野球を優先して配布物を出さない駿太と変わらない。駿太を怒るなら、妹姫様方も怒らなければならない。でもでも・・
ふおおおおお、と脳内で頭を抱えていると、王女様が口を開いた。
「私の一存で決められることではありません。お父様に判断していただきます。」
「お姉様、それは・・そんなことをしたら、マンガが描けなくなるかもしれないわ!」
「マンガなんて許していただけるはずがないもの!絶対コンテストに間に合わない!!」
妹姫様方がわあわあ言う・・王女様が何か言うたび、妹姫様方も必死に抗弁する。シュレジアさんも何か時々声を上げて、クローネさんの背中から落ちそうになり、クローネさんが慌てて背負い直す。それをナナイさんがサポートしつつ、シュレジアさんをなだめようとする・・
「お願い、お姉様!お父様には言わないで!マンガなんて許してもらえないわ!」
「シュレジアの言うように、いい加減な絵なんて止めなさいって言われて・・」
「ならば止めればいいわ。」
ぴたりと喧噪がやむ。
みんながエルデリンデ王女様を見た。
その声音に驚いた。
まるで氷のように冷たく、それでいてたぎる何かを背後に隠した、そんな声。
たった一人で北の蛮族と言われた、あのときはまだ敵だったアルメリア族の王様ダンデラさんに対峙した時に似ている・・王女様は怒っていた。
思えばエルデリンデ王女様だって、学生として勉強しながら、王女としての公務をこなしながら、BLオタをやっている。両立どころか三立だ。
それはとても忙しく大変なはずだけど、それでも王女様はやっている。
「あなたたちのマンガへの覚悟はその程度なのね。やるべきことをやらず、かといって自分たちの作品が貶められても、守ろうとする気概もない。ならば、止めてしまいなさい。“いいかげん”なのは、貴女達のマンガへの情熱だわ。」
「「・・・・」」
しおれ、うつむいてしまった妹姫様方。
でも、エルデリンデ王女様は容赦なかった。王様に時間をもらえないか伺うためにナナイさんを使いに出したのだ。
「ナナイが戻るまでにどちらにするか決めなさい。マンガを続けるのか、諦めるのか。」
10分後。
王様と王妃様がそろって座るソファの向かい側に、妹姫様方が座っていた。
王様も王妃様も忙しい中(そして問題を抱える中)、子供達のためになんとか時間を捻出したのだ。それがわかっているだけに、なおさら妹姫様方は恐縮している。
これまでのところ、お二人の口からこれからのことは聞けていない。
今になってもご両親の前で逡巡し、授業を休みたいことを切り出せないでいる。
お二人の隣にはエルデリンデ王女様、そしてなぜか私が後ろのいすに座っている。庭で待っていようとしたら、一応、エルデリンデ王女様に呼ばれたのだ。
そのエルデリンデ王女様が沈黙を破った。
「ミルデ、リルデ。お父様もお母様も時間がないの。私からお話しします。いいわね。」
妹姫様方は恐る恐る顔を見合わせ、こくりと頷いた。
「お父様。ミルデとリルデが来たのは、マンガを書くための時間を2日いただきたいためです。具体的には明日と明後日です。」
「ほう。」王様は目を丸くした。「だがその二日は、学院は休みだが、講師が来て王宮で学ぶ日なのではないか?」
「はい。ですが、マンガを描くために、それらの授業を休みたいとのことです。」
「なに、授業を休むとな。」
妹姫様方の体が縮こまる。
「お友達同士でマンガのコンテストがあるので、それに出品する作品を仕上げたいのだそうです。」
「マンガ?それはなんじゃ。」
「なんと言いましょうか・・絵で物語を描き表すものなのですが・・」
「あ、あの・・こんなものでよければ・・」
私は自分のデイパックから、100均のプラケースに入れた同人原稿を取り出した。
幸いというか、今回の原稿はBLではなく、全年齢対象の無害な代物だったので高貴な方々にも堂々とお披露目・・
(していいのか・・?)
じわりと冷や汗を吹き出させていると、王妃様が言った。
「マンガとは・・物語を絵で読ませるものなのですね。オリータ、これは貴女が描いたのですか?」
「は、はい・・私の国ではマンガがたいそう盛んで、よその国でも評判でして・・」
「なるほど。ミルデとリルデもこれを描いているのか?」
「はい・・でも、別のお話です。私達が考えました。」
「登場人物もお話も全てです。」
「まあ・・お話を考えて作ったの?ミルデとリルデが?」
「「はい、お母様。」」
王様と王妃様はなおも、穴の開くほど私の原稿を見つめている。そろそろ恥ずかしい。いや、同人原稿なんだけどね。人様に見てもらうものなんだけどね!
「オリータ、これはこの後色を塗るのかな?」
「いえ、カラー原稿ではないので、ペンで清書して白黒だけで終了です。マンガはだいたいそんな感じです。」
「ふうむ・・」
油絵や水彩画と比べられているのかな。やはり、“いい加減な絵”と思われるのだろうか。王様はたっぷりのあごひげをなでて少し考えて・・
「王宮で学ぶ授業は王族として身につける教養じゃ。それ故、学院の授業とは別に特別に講師に来てもらっておる。一月の授業の回数は決まっており、その分の給料を払うということになっておる故、授業を休むと講師の給料が減る。」
「あ、そうなんですか。」
「そうなのじゃ。故に公務などでやむを得ず休むときは、補講をすることになる。だが此度はすでに月末に近い。ミルデ、リルデ。次の講義はその補講を加えるぞ。明日明後日の分を来週の今月最終講義日に足すのだ。食事の時間以外日中は勉強漬けになるが、それでもよいなら2日休むことを許そう。」
王様は娘さんに、にこにこしながら取引を持ちかけた。
「それがよいでしょう。エルデ、貴女もこれでいいわね?」
王様の提案に王妃様がさらりと乗っかり、エルデリンデ王女様も微笑んだ。
「はい、お母様。ミルデ、リルデ、これでよいでしょう?」
しばらく考え、顔を見合わせて、妹姫様方はうなずいた。
「うむ。ならばがんばるのじゃぞ。」
「「はい。」」
「よし。では、ゆくがよい。」
絶対“いい加減な絵”で怒られると思っていた妹姫様方はほっとした顔で立ち上がり、エルデリンデ王女様が後から出て行く。私も原稿をデイパックに入れ、立ち上がった。
「ああ、オリータ。そなたは今少しつきおうてくれまいか?」
うっ。
もしかして、マンガ原稿を出したのはまずかった?王様達の教育方針に反する余計なお世話だった?
「いや、少々聞きたいことがあってな。まあ、そう緊張せずともよい。わしや王妃とそなたの仲ではないか。エルベ、茶を持て。」
侍従長のエルベさんが礼をして音もなく下がる。
なんだろう、ドキドキドキドキ・・・・・・
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