<3-2 妻、元妻、父親、娘(反抗期)>

 「ほほう、オリータ、似合うぞ。」

 「ええ、本当に。」

 ヴェルトロア王国の王様と王妃様はそう言って、いつもの暖かい微笑みをくれた。

 今褒められたちょっと高級な王国風の服は、柚月ちゃんのアイリストスが作ってくれたものである。クリーム色のワンピースの上に、煉瓦色の袖無し長衣を重ね、腰には細い金の鎖がベルト代わりに付けている。靴は長衣と色を合わせたショートブーツで、手持ちの黒のスパッツをあわせてはいて、最後に長衣とおそろいのマントを羽織った。

 「此度は礼を言います、オリータ。本国の仕事や家のことが忙しいでしょうに、娘のことで頼み事をしてしまって・・しかも事後に貴女の許しを得る形になってしまって。」王妃様は頬に片手を当て、ため息をついた。「いかにエルデが心配とはいえ、親が・・一国の王や王妃が出しゃばるのはどうかと思いますし、公務もあって王宮を開けることがかないません。エルデも貴女なら来ても良いというので、お願いした次第です。」

 王妃様の視線を受けて、王様はこほん、と咳払いした。

 「すまぬが頼む、オリータ。護衛も付く故、非常時には頼るが良い。・・くっ・・」王様は涙目になっていた。「この間まで・・この腕にすっぽり収まる赤子だったというのに・・お父様、お父様とかわいい声で抱っこをせがんできたというのに・・」

 前回の訪問でご長男の王太子ラルドウェルトくんに厳しい顔を見せて、さすが一国の国王陛下と思ったが、娘の恋愛話になると途端にこれである。

 「陛下、一体いつの話をしておいでです。エルデは19歳、もうすぐ20歳なのですよ?」

 「だが娘が・・娘が嫁ぐのだぞ?我らの手を離れていくのだぞ?」

 「娘は大体嫁いでいくものです。ねえ、オリータ?」

 「まあ、そうですねえ、大体は・・私も嫁ぎましたし。」

 「そなたの父は、その際何ともなかったか。」

 「ウチの父ですか?えーと・・」

 父は寿司職人である。頑固一徹、仕事一筋、家では滅多に歯を見せて笑うこともない、昭和の親父である。ところが。

 姉の結婚式で、余興のカラオケ辺りから怪しくなった。お気に入りの演歌を最後まで歌えず、キャンドルサービスの間中肩をふるわせ、花嫁の挨拶に至り号泣した。私の結婚式でもほぼ同じ経過をたどった。

 ・・と聞いた王様は膝を打った。

 「そうであろう!男親とはそういうものだ。一度そなたの父と、その辺りをじっくり話しあいたいものだ!」

 「いや・・私の家族を含めて親族一同ちょっとひきました・・日頃の態度とあまりにも落差が大きすぎて。」

 今度は王妃様が得たりとばかりにうなずく。

 「陛下、聞きまして?やはり国王の威厳、家長の威厳というものをどんな場であっても保持していただかねば。」

 ここまで言われるからには、普段の親ばかっぷりのほどがしれる。

 「オリータ、陛下はこんな風ですが、あまり気負わずともよいですよ。菓子や茶なども用意するので、戸外の茶会とでも思ってもらえれば。」

 「あ・・はい。ありがとうございます。」

 行ってきますと挨拶して部屋を出る直前、王様の深い深いため息と、王妃様の叱咤激励が聞こえた。いつも毅然泰然として王様に仕える侍従長のエルベさんが、ドアの隙間から苦笑してみせた。


 森を駆け抜ける馬車の中で、ヴェルトロア王国第一王女エルデリンデ様は、とてもそわそわしていた。

 三つ編みに結った腰まで伸びる金髪を何度もいじり、ハッとして止めて風景を見、でもいつの間にかまた髪をいじっている。

 「姫様、そんなに触ってたら、せっかくきれいに整えた御髪が崩れるじゃないですか。」

 言ったのは王女様の向かいに座るミゼーレさん。ヴェルトロア王国の守護女神フロインデン様に仕える王国全神官のトップに立つ大神官だ。王女様の隣に座る、ヴェルトロア王国近衛騎士団長にして私の年下の友人、クローネ・ランベルンさんもうんうんとうなずく。

 「だって、お見合い以来久しぶりにお会いするのよ?この髪型が気に入られなかったらどうしましょう。」

 「髪型だけで人を判断するような男はろくなもんじゃありませんよ。ねえ、オリータ殿。」

 「そうですね・・」初デートの髪型については苦い思い出がある。「私なんてダンナとの初めてのデートの時に、寝癖が直しきれませず・・」

 初デートということで興奮のあまり寝られず、起きたときには時間ギリギリ。私は生来髪質が硬いので、あちこちにはねたボブカットの毛先はなかなか言うことを聞かなかった。

 「思いあまってこういう髪型だと言ったら、ダンナは信じてくれまして。」

 「あんたの言うことをまるっと信じるとは、懐の広いいいダンナじゃないか。」

 あっはっはと声を上げて笑うミゼーレさん。大神官という地位にあるけれど、こういう豪快で姉御肌なお人柄である。ついでに言うと、身長190㎝ほどの身体は格闘ゲームの女性キャラクターを思わせる筋肉質で、実際かなりの格闘技の使い手だという。もちろん、神官としての法力もすごいので、今回私達の護衛としてきてくれたのである。

 「でも、本当に良かったのですか?ミゼーレ殿。神事などあったのでは?」

 「あるにはありましたけど、王女殿下の護衛の方がよほど重要な仕事ですよ。お相手の御尊顔も拝見しておきたいですしねえ。あ、ゲホゲホ。」つまりは野次馬根性じゃないですか、大神官様。「あと、昔なじみも向こうの護衛で来るってことだったので。」

 「まあ、そうなの。」王女様は微笑んだ。「私の用事につきあわせて、退屈させるばかりではなくて良かったわ。退屈と言えば、オリータは・・」

 私は愛用のデイパックをぽんぽん叩いた。

 「“本”が入ってますので、大丈夫です。クローネさんもいますしね。」

 王女様の薄桃色の唇が小さく開き・・閉じる。“一般人”のミゼーレさんがいるからだ。

 “黄金の白百合”と形容され、その美貌と聡明さで名を知られるヴェルトロア王国第一王女エルデリンデ様の裏の顔は、重度のBLオタクである。それを知っている者はこの世に数少ない・・私とクローネさんはその中の2人である。今回王女様の遂行員に加わったのも、十中八九そのためだ。柚月ちゃんに話したBLオタクの娘さんとは、この方のことである。

 さて、馬車は快調に飛ばして、デートの場所であるエライザ共和国に入国した。ここは風光明媚な国土で知られ、多くの観光客が周辺の国から訪れる。

 「そして永世中立国だから安心安全なのさ。この国には国家間、またはそれに準じる争いを持ち込むのは御法度だ。決まりを破ったらそいつは死ぬまで入国禁止になる。エライザにはもう一つ大きな利益を生むものがあるから、出禁になったら困るヤツは結構いるだろうね。」

 「といいますと?」

 「エライザ共和国は魔石の産地なんだ。このエリオデ大陸に産する魔石全種のうち8割方がそろってる。だから、各国が人を送り込んで採掘権を買ってるんだよ。」

 「へ~!」

 「神話じゃ創造神ディールガルが国土のあまりの美しさに惚れ込み、そのような恩寵を与えたと言われてるよ。そういや、2年前に落盤事故があったっけねえ・・あれでアイリストスの産出量が大幅に落ち込み、未だに回復していないんじゃなかったかねえ。」

 「アイリストス・・」

 そして、2年前。

 落盤事故・・か。もしかしてその衝撃で時空を飛び越えて、日本に欠片が吹っ飛んできた・・とか?

 アイリストスと聞いて、王女様がそっと小首を傾げた。神BL作家“月下のベルナ”さん(こと鈴沢柚月ちゃん)がアイリストスを持つことは、王女様も、そしてクローネさんも知っている。

 だけど誰もそれ以上は何も言わずに、馬車は待ち合わせの場所に着いた。


 そこは小さいけれどそれはそれは美しい、鏡のような水面の・・その名も文字通り“アマルディン女神の鏡”と呼ばれる湖の畔だった。アマルディン女神は水の神様で、このエライザ共和国の守護神でもある。

 この国の低地には、エリオデ大陸を東西に貫く大河エリリューの支流が網の目のように流れ込み、高地には湖が点在する。いずれも澄んだ水に満ち、水面に反射する光がキラキラ輝いていることから、エライザ共和国は“水鏡の国”とも呼ばれる。

 だから、いつもはこの“アマルディン女神の鏡”も観光客やデートのカップルであふれているそうだが、今日は違う。

 湖畔に人影はなく、ガルトニ王国のヨシュアス王太子殿下とヴェルトロア王国の第一王女エルデリンデ王女殿下が駆け寄って、会うなり手を握り合っても、それを目撃する者は誰もいなかった。

 「エル!」

 「ヨシュ!」

 「久しいな。今日という日が待ち遠しかった。」

 「私もです。文字ではなく、この声でヨシュと呼びかけたかった。」

 そう言って、自分の言ったことに恥ずかしくなって頬を染め、うつむく王女様。

 その様子をいとおしげに、そして嬉しそうに見るヨシュアス殿下。

 数ヶ月前お見合いして初めて会って以来、実際に会うのは初めてだ。でもその間、二人の間にはかなりの数のラブレターが飛び交っていた。エル、ヨシュというのもそんな中ではぐくまれた、二人だけが使える呼び名だ。

 「うむ、やはり想像より実物の方が美しい。」

 「ヨシュの手も・・思っていたよりもずっと温かい。」

 「そう・・か?」

 「ええ。」

 大樹の木陰で二人はそんな言葉を交わし合う。

 そして、付いてきた私達は・・

 「初々しいですなあ。青春ですなあ。尊いですなあー!」と、私。

 「眩しいねえ!若いってのはいいねえ!」と、ミゼーレさん。「ダンナと私も昔はこんな感じだっただけどねえ。」

 「あれ?神官さんって結婚できるんですか?」

 「ウチの神様は愛と豊穣の女神様だ。結婚はむしろ奨励されてるよ。ちなみにフロインデン女神様は戦いも司るのは知ってたかい?戦いは戦いでも弟君のレイアダン神とは逆の、守るための戦いだけどね。」

 へ~。ギリシャ神話のアテナみたいな感じかな。

 そこに後ろから声がした。

 「き・・貴様、あの時の・・!」

 「おや、お久しぶりです。」

 私が棒読みで挨拶したのは、会うなり貴様呼ばわりしてきたガルトニ側の護衛、ハル・デナウア将軍だ。おもむろに将軍の頭をじーっと見て言う。

 「ご無事で何よりです。」

 「なっ・・」

 ガルトニ王国の将軍筆頭で、その赤毛から“赤き狼”と呼ばれる猛将で、ヨシュアス殿下の武術指南でもある人だが、私は以前間抜け面呼ばわりされたことをまだ根に持っている。だが、将軍は意外と懐が広いところを見せた。

 「武人として約束は違えぬ。」にやりと笑って続ける。「娘の前でハゲてなるものか。」

 そうなのだ。

 簡単に言えばこの方、ウチの王女様のBL趣味をバラしたら、最愛の人の前で髪が全部抜け落ちるという呪いをかけられている。どうやら最愛の人は娘さんで、呪いはまだ成就していないようである。

 そしてその時呪いがかかった人がもう一人。

 「ネレイラさんもお久しぶりです。」

 「ああ、久しいな。」

 私の棒読み以上にぶっきらぼうに返したこの人には、王女様のBL趣味をバラしたら、ナトズという超絶臭い草を毎朝食べたくなるという呪いがかかっている。実力派の美人魔導師としてはなかなか難儀な呪いである。

 「ローエンはどうしたのだ。」

 私の代わりにミゼーレさんが回答する。

 「今日は我らが母校トリスメギス学院に特別講師として呼ばれてるんだ。それで私が出張ったって訳さ。会いたかったかい、ネル?」

 「・・別に。話はここまでにして、お二人の天幕を張るぞ。」

 「はいよ。でもその前に。」ミゼーレさんが両手をパンッと合わせた。「愛と豊穣を司りしフロインデン女神に願い奉る。その白金の大楯をもって我らがあるじを護りたまえ。」

 祈ったミゼーレさんの頭上から、白と金色の光の筋が私達がいる大樹の周りにシャワーのように降り注いだ。

 「結界ですね。さすが大神官様、これで安心です。」

 言ったクローネさんにデナウアさんが声をかけた。

 「よし、ランベルン、天幕設置を手伝え。やり方は陣幕と同じだ。」

 「あ、はい。」

 と言うわけで、お二人が愛を語らう場所のセッティングを超特急で進める。

 デナウアさんもネレイラさんも、お見合いの時はまだ敵同士な感じだったけど、その後ヨシュアス殿下と王女様があんな感じになったので、今日は私達との共同作業を粛々と進めている。なお、ネレイラさんは茶器やお茶会の作法にとても詳しかった。

 「ネルはガルトニの豪商の娘だからね。お茶会なんてお手のものさ。それにしても、今日は見事に誰もいないねえ。」

 ミゼーレさんは目の上に手をかざした。湖周辺は本当に誰もいなくて、日本ではもう冬直前だというのに、青々とした草と白や薄紅色の花が時折そよぐ風に揺れている。

 「エライザ女王コーネリア殿に感謝だよ。完璧に人払いをしてくれた。」

 「大陸第一の王国王太子と第二の王国王女が会うのだ。胡乱な輩がうろつかれても困る。用意はこんなものだろう、お二人を呼ぼう。」

 デナウアさんがお二人を連れてきて天幕に案内し、お二人は私達に礼を言って天幕に入った。ヨシュアス殿下が王女様の手を取り先に中に入れたんだけど、熊を素手で倒したみたいな噂が流れていた人とは思えない、優しい手つきだった。

 で、私達も安心して天幕から少し離れて、自分達が待機する敷物を広げる。ヴェルトロア王妃様のお持たせの茶菓を並べ、ホッと一息。

 「ところで、ネルっていつの呼び名なんですか?」

 私が聞くと、ミゼーレさんは早くも一つクッキーをつまんで答えた。

 「学生時代さ。私とネルはトリスメギス学術院魔法学部の同級生なんだよ。ちなみに、ネルの元ダンナのローエンは15歳上で、当時学術院で教鞭をとっていた。」

 「へえ、ローエンさんが・・なんと?」私はニヤニヤ笑っているミゼーレさんを見た。「ネレイラさんの・・なんと???」 

 「なんだ知らなかったのか。」ネレイラさんはほんのり頬を赤くしていた。「その通り、私はダリエリス・ローエンの元妻だ。」

 「ダ・・ダリエリス?ローエンさんってそういう名前?ローエンが名前だと思ってた!」

 2回会っただけだし、会えば大体お互いけんか腰なので、名前について深く詮索しようとか思わなかった。

 「もう離婚してかなりになるのでな。あれはどうだ?相変わらず魔術一辺倒の生活か?」

 「そうだねえ。仕事には熱心で、国には随分と貢献しているよ。」

 「こないだも“リンベルク”に魔方陣の管理を任せてる割りに、側で立ったまま寝てましたしね。リンベルクに任せられるなら、ベッドでちゃんと寝ればいいのに・・」

 「立ったまま?あの男、まだそんな無茶をしているのか!」

 「ほえ?!ああ、はい・・そうでした・・」

 「一体何を考えているのだ、もういい年だというのに!その調子だと食事もいい加減なのではないか?いや、ポーション頼みで過ごしているのではなかろうな?!」深い深いため息をつくネレイラさん。「大体あの男、昔から自分の身体を顧みないのだ。私がどれだけ栄養に気を遣って料理しても、手軽に食べられるものだけ食べて研究に戻ったり、後で食べるといって結局手つかずだったり・・」

 「作り甲斐がない人だなあ。」

 「だろう?そう思うだろう?それだけではない、どれだけ盛りつけや器に気を配っても、食卓に花を飾っても、テーブルクロスを変えても全く気づかない。何となれば、私が髪型を変えようが化粧を変えようが、それにも気づかない。」

 「雑だなあ。」

 ウチのダンナは器くらいには気づくぞ。てか、もしかして離婚の原因って。

 「そうなのだ、あの雑さ故だ。あの男は魔法のこと以外は全てが雑だ。私の気配りなど全く意に介さない・・妻として・・むなしくなった。」

 「あー・・」

 何となくわかる気がした。例えばあの10番ポーション。効果はあるが、味は激マズ。魔法が上手くいっていれば、それ以外はどうでもいいという感じ・・ポーションくらいならまだしも、家庭生活で万事これでは奥様としてはむなしくもなろう。

 「しかしだな、ネレイラ殿。男は仕事をしてこそだ。少しぐらい大目に見てやっても良かったのではないか?」

 デナウアさんがバスケットからケーキを取りながら言った。が・・

 「いや、それは男の人の甘えだと思いますよ。家事をする方はする方で一生懸命やってんですからね。男の人が外で仕事するのと同じくらいに。」と、私。

 「男が外での仕事で認められるのとおんなじに、女は家のことで認められてしかるべきじゃあないかねえ。」と、ミゼーレさん。

 「別に褒められたくてやっていたわけではなかったが・・たまには・・なんというか、何かしらの反応はほしかった。」と、ネレイラさん。

 「むむ・・」デナウアさんは口をもぐもぐさせながら、うなった。「なるほど、そんなものか・・」

 「奥様には何も言われないんですか?デナウアさん。」

 「何もなかったな・・今生きておれば、なんと言うかわからんが。」

 あ。

 「すみません、奥様、亡くなられてたんですね・・知らないこととは言え・・」

 間抜け面呼ばわりを根に持ってはいるが、これは謝るべきだろう。デナウアさんはケーキを飲み込んで、手を振った。

 「何、かまわん。もう17年にもなる。」

 後で聞いたことだが、17年前このエリオデ大陸で、原因不明の病気が大規模に流行したんだそうだ。感染力が強く、一度かかるとあっという間に病気が進行して医者や神官の癒やしも追いつかず、かなりの数の死者が出たという。

 「私の母もその病気で亡くなっています。私を産んだ直後で体力も落ちていたので、本当にあっという間だったと、父が・・」

 クローネさんがぽつりとつぶやいた。ミゼーレさんも暗い顔になった。

 「あの時は私が治癒に駆けつけたんだ。でも、手遅れだった。あの時、生まれて数日のクローネを抱いて呆然としていた騎士団長殿の顔が、今でも忘れられないねえ・・」

 「そうか、ランベルンもあの病で妻を亡くしていたか・・すると隼、お前は今17歳で、」“隼”とはクローネさんの渾名である。「それがしの娘ウルリカと同い年か。そうか・・25年前、戦場で長剣を交えた者同士が同じ病で妻を亡くし、同じ年の娘を持っているとは奇遇だな。」ふっ、と息をつくデナウアさん。「父とは仲良くしているか・・?」

 「え・・はあ、まあ。」

 「ならよかった。いや、ウルリカはこのひと月、口を聞いてくれんのでな。」

 「え?」

 「は?」

 「デ・・デナウアさん、ケンカでもしたんですか?」

 「いや・・洗濯をしていた使用人が、それがしと娘の下着を分けて洗っていたのでな、水がもったいない故、まとめて洗ってしまえと言ったのだが、それを聞いた娘が・・」くっ、と拳が握られる。「それがしの下着は汚い気がするので、一緒にしてくれるなと・・」

 「「「「・・・・・・」」」」

 女性陣に何とも言えない沈黙が訪れる。何でもエリオデ大陸というところは、北に行くほど標高が上がっていくので、水も自然、大河エリリューから南に流れていく。つまり、大河の北にあるガルトニは水にはちょっと気を遣うのだそうだ。デナウアさんは続けた。

 「そんなことがあるか?風呂には毎日入っているし、無論下着も替えている。なのに、汚いとはどういうことだ?実の親子だ、下着ぐらい一緒に洗っても良かろうに!それでこっそり一緒に洗わせていたのだが・・」いや、こっそりって。「どうもそれが知られたようだ・・」

 「それはまた・・あー・・大変だねえ。」

 ミゼーレさんが苦笑する。

 「でも、日本の箸パンよりはましかも。お父さんの下着は汚いと言って、箸・・2本の棒なんですけど、それでつまんで洗濯機に放り込むというのが、私の国にはあるそうです。そこまでの扱いではないでしょ?」

 「いや待て、棒でつまむ?!確かにそこまで嫌われてはいないようだが、だからといって、いいというものではないぞ?!」

 「私も父とは分けて洗濯してもらっていたな・・」ネレイラさんが形の良い唇に指を当てる。「年を取るにつれて、脂ぎって体臭もきつくなってきたのでな。一緒に洗うと自分の服まで匂いが移る気がして・・」

 「そんなわけがあるか、なんのための洗濯だ!そうだ、隼、お前はランベルンの・・」

 言いかけて、後が続かなくなったデナウアさん。見やったクローネさんは、それはそれは深いしわが眉間に寄っていた。

 「父は脂ぎってはおりませんが、近頃体臭はきつくなりましたので、分けてもらっています。特に下着は。軍事演習が終わった後などは、汗と金属と革の匂いも混じって近寄れないほどになるので、ことに。ですので、娘さんの気持ちはよくわかります。」

 がっくり項垂れたデナウアさん・・皆さん、いわゆる加齢臭のお年頃かな?

 「まあまあ、デナウアさん、17歳と言えばちょうどほら、反抗期ですし。」

 「お前の所はどうなのだ、オリータ・・」

 「娘はお父さん大好きっ子です。」

 「おお・・そういう子もいるのだな。ならばいつかウルリカもまた・・」

 「すいません、うちの子まだ10歳なんで。」

 「・・そうか。」

 痛ましいほどしおれたデナウアさんの姿に、ミゼーレさんがフォローする。

 「だ・・だけど将軍殿、いつかは反抗期も終わるさ。そうしたらまた親子で語らえるよ。」

 「そ・・そうだな。そうであろうとも。」

 「それでもって、あっという間にお嫁入りですよ。」

 「よっ・・嫁・・?嫁・・?!」

 とどめを刺してどうするんだい、とミゼーレさんに言われていると、後ろから声がした。 「デナウア、お前の一番の難敵が娘だとは、初耳だぞ。」

 いつの間にかヨシュアス殿下が来ていた。王女様は隣に立って、にこにこしている。

 「殿下、何か不足が?」

 ネレイラさんの問いに、ヨシュアス殿下は笑ってかぶりを振る。

 「いや、違うのだ。裏でエルの煎れた茶を堪能していたところ、お前達の話が聞こえてきてな。我らの将来を考えるにあたり、なかなか興味深かった。とりあえず、風呂には毎日長目に入ることにした。将来妻や娘に棒で下着をつままれぬようにな。」

 「まあ、ヨシュったら。」

 「いや、殿下、それがしはまだ棒でつままれるほどには・・」

 その時だ。

 白いまぶしい光が弾けた。

 同時にミゼーレさんの裂帛の気合いが、空気を裂く。

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