第21話 World reconstruction -code: apocalypse-
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Program Log
Executor: Deus=Ex=Machina Ver, 286
Proceeding program: code: apocalypse
Originator: Machina
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Requires: authorities (Over Governor ranks)
This program requires three authorized permissions at least.
Deus: Approved
Ex: Approved
Romle: Denied
This program had denied by authority deficiency.
……
…………
………………
…………………………!
An unknown authority had intruded.
Intruder: Courage
This intruder had an authority given by previous Deus=Ex=Machina Ver,285
This access had approved. Romle's authority (Governor ranks) was replaced.
Proceeding program: code: apocalypse
Originator: Machina
Requires: authorities (Over Governor ranks)
This program requires three authorized permissions at least.
Deus: Approved
Ex: Approved
Courage: Approved
All authorities are checked completely.
World reconstruction: proceeding
……
…………
………………
……暖かい。
……温い。
まるで、人肌の液体に包まれているような、安心する心地。対面したことの無い母親の羊水の中を漂っているような良い心地。
このまま永遠に眠っていられそうだ。漂うような感覚の中で、ユウキはそう思った。しかし、そのまどろみも、ある声に妨げられる。
「ユウキ。起きて、ユウキ」
聞いた覚えのある声が聞こえる。その声に驚き、目を覚ます。
そこに居たのはマキナだった。マキナが居ることには驚かない。しかし、ユウキが驚いたのは、周囲の環境だった。あまりにも見知った光景とは違っていたからだ。
自分はどうやら宙に浮いているようで、ふわふわとその空間内を漂っていた。周りは真っ白な空間。時折緑色の文字列が横切る。壁にも同じように羅列が走っていて、端がどこかにありそうだったが、何処まで行ってもたどり着ける気がしない。限りがあるようで、到底たどり着ける気がしない。無限にひろがるような空間だった。そして自分は、一糸まとわぬ姿でそこに漂っている。それはマキナも同じだった。しかし、何も布を纏わない代わりに光を纏っていて、体の輪郭以外が見えない。現実では決して考えられない光景だった。
「良かった。起きてくれた」
マキナはその一言と共に微笑んだ。
「最後に貴方が残ってくれないかなって思ってたの。願いは叶ったみたい」
「とんでもねぇ決断だな。まさか世界を滅ぼすなんて」
「人間らしくなかったかな?」
「そんなわけないだろ。自分の心に従って大事件を起こす。俺と同じだよ。俺と同じで、よっぽど人間らしい」
ユウキもまた微笑んだ。
「ところで、ここは何処なんだ?」
「プログラムの狭間。世界は今作り変わっている最中なの。」
「へぇ……」
思わずユウキは感嘆の声を漏らす。起こっていることがあまりにも壮大で、スケールが違いすぎる。だからよく分からなかった。しかし、世界が作り変わるという彼女の言葉が嘘だと思えなかった。この空間は嘘だというには、あまりにも現実的で、心地が良すぎた。
「これで、あの子にも顔向けできるかな?」
あの子という言葉にありったけの心当たりを探す。自分とマキナの共通認識で、誰があの子たり得るのか。気の遠くなりそうな思案だが、彼等の間柄それはあまりにも簡単な問いだった。俺たちの間であの子というのは、アイツだけだ。
「ラスカか?」
マキナは頷く。大正解だ。俺たちの間であの子に当てはめられるのはラスカだけだ。自分に希望を抱かせてくれた、純粋な弟だ。お互い同じ事を考えていたとき、ふいに、ふわふわと漂う空間を気にせず、マキナが隣に着いてきた。その顔は、全て終えた事で、肩の荷が下りたような、圧倒的な安堵感で満たされている。
「貴方知ってた? あの子、貴方のことが大好きだったのよ」
「そりゃ知ってるよ。何度も言われてた」
「本当に伝わっているのかしら? 貴方鈍そうだけど」
「……何が言いたいんだよ」
「恋愛的に好きだったのよ。あの子は」
驚いて、目を丸くするユウキ。直後、マキナは少し後悔した。もし、万が一にでも、ユウキが同性愛を認めてくれない、嫌悪するタイプの人間であるのなら、彼の恋心を無碍にしてしまうことがあり得る。もうデータの破片になってしまった彼ではあるが……。
ユウキは少しあっけにとられたが、すぐに考え込み、そして顔をまたマキナに向ける。
「そっか。そりゃ悪いことしたな。ちゃんと受け止めてやれば良かった」
しかし、ユウキから返ってきたのはこの返事。心のどこかでこう返ってくるだろうと思っていたが、あまりにもその通り過ぎて笑いがこみ上げてきた。
「なんで笑うんだよ」
「貴方らしいと思って。素っ気なくとも、どこか優しい。貴方に会えて本当に良かったわ」
「なんだよ。最後の別れみたいじゃねぇか。世界は壊れたんだろ? 帰る場所はすでに無くなった。だからずっと一緒だろ? ここで」
マキナは首を横に振る。
「違う。今世界は作り変わっている最中。いずれ完成するわ。ここはその気休めの空間なの。いずれ、完成して、私達は全くの別人になって、その世界で暮らすことになる。だから、また会えるとは言い切れないわ」
本当に世界は作り変わる。その事実をまざまざと見せつけられ、思わずマキナの顔を見た。彼女の顔はいつの間にか悲しみを携えていて、その影がこれからの別れを裏付けていた。この世界にはもう自分たちしかおらず、その自分たちもいずれ消えていく。そう思うと、あれだけ憎かったあの世界にも懐かしさがこみ上げる。錆だらけの労働環境、土埃にまみれたあのお粗末な寮部屋、初めて通った連絡通路の無機質さ、光飛び交う一般階級の居住区、そして、「箱」。それらがもう終わるんだ。
追憶をたどって、そしてマキナが最後に何かを言っていたことを思い出す。
「ところでお前、最後何か言ってただろ? ほら、箱が崩れたときに、俺に向かって」
「やっぱり届いていなかった。本当に鈍いのね」
マキナは不服そうに頬を膨らませる。そこにもう神様のような神々しさは無かった。隣に居るのは、紛れもない15歳の少女だ。神様という機械仕掛けの運命から逃れ、自由に生きる事を許された少女だ。まるで自分はこのために生まれ落ちたんだと勘違いしてしまうほどの、形容しがたい満足感に満たされる。
自分ももう、何も憎まなくて良いんだ。そう考えると、自分も肩の荷が下りたような安堵を感じる。
「震動でそれどころじゃ無かっ……」
突然、唇を奪われる。時間が止まった。全ての五感が集中する。湿度のある、しっとりとした小さな双丘が自分の唇と重なって、彼女の鼻息が鼻下に当たる。それはおそらくマキナも同じで、彼女にも自分の鼻息が当たっているだろう。目の前にはマキナの閉じた目、遠くにあった彼女の整った顔が眼前にまで迫り、周りの文字列をおいていく。
何も無い空間、二人だけの世界だ。真っ白な世界に、口をつけ合う二人の男女。駆け巡る緑色の文字列は、無音の喝采の拍手のように瞬く。唇を合わせた時間は5秒、しかしその刹那は、まるで動き始めた歯車が徐々に止まっていくように、徐々に徐々にと、その体感を延ばしていった。ユウキはかつて接吻を交わしたことがあるが、それはこのような甘く切ない物では無い。悪銭目当ての女の労働者のへんぴな色仕掛けで合ったのだと感じる。それほどまでに耽美で、美しい物だった。それはマキナも同じようで、体験したことの無い衝撃が時の流れと反対に心臓の脈動を早めていく。2つが一緒になって、溶け合っていくような錯覚。無限の空間を支配してしまいそうな、二人だけの空間と時間。時の止まった世界に、まるで支配するように二人の鼓動だけが流れ広がっていく。
やがてマキナは唇を離す。止まった歯車が動き出し、凍り付いた時間を取り戻すように感覚が外の情報を拾い出す。気がつくと、マキナは目に涙を貯めていた。涙と共に笑う彼女はやがて切り出す。
「こんな世界の終わりを、貴方と見たかった。って」
彼女の涙はどこか特別なのだろう。やはりユウキの胸中を照らすものであり、迷いを吹き飛ばす爆弾だ。先ほど彼女の涙に反射していたモニターの光はそこに無い。あるのは涙だけだ。だが、それは間違いなくユウキから、他に方法があったのではという迷いを吹き飛ばして見せた。そして、ある心情を光と共に満たして見せた。それはあの時の、後悔のために流した涙とは違った。
「そろそろ世界が完成する。お別れね」
その一言を皮切りに、世界が揺れ始める。天と地は無いが、そこにあるように揺れ出した。ユウキは気づく。これが終わりだ。世界が作り変わり、新しい人生が始まる。自覚した瞬間に意識が遠のき始める。経験したことのある震動とまどろみ。ハッキリとしていた意識を揺らし、自分自身から遠ざけていく。確信していたのは、これは終わりの始まりでは無く始まりの終わりだ。だから、安心して良いんだ。大丈夫。心の神様に従っていれば、きっと上手くいく。ユウキは安心して目をつぶった。まぶたの反対側でマキナの声が聞こえた。
「この世界で、貴方に会えて本当に良かった。さようなら。私の恋した人」
なんだ。
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