第19話 ミューズ

 泣いていたのはメイド服を着た可愛い女の子であった。


 肩にかからないほど短い桃色の髪。

 キラキラ眩く光っているように見える碧眼。

 出るところは出ており、へこんでいるところはしっかりへこんでいる、魅力的な体つき。 

 歳は俺と同じぐらいか少し下だろうか……

 そんな彼女は、可愛らしい唇から泣き声を出し続けている。


「うええええええええん! うぇえええええええん!」


「…………」


 泣いてばかりでいる女の子に周囲の人たちは困ってばかり。

 困っている者の中に、もちろん俺も含まれている。

 何があったか教えてほしいんだけど。

 ここで立ち去るというのもいいのだが、話を聞いてからじゃないと気が済まない。


「おい、何があったんだ。ゆっくりでいいから言ってみろ」


「お、お金を取られちゃったんですぅ……」


 セリスが彼女の隣に位置し、冷たい声ながらも優しく聞くと、彼女は少しずつあったことを話し出した。


「私、雇われてたところをクビになって……取られたのは最後の給金だったんです……あ、最後って言っても最初の給金だったんですけど」


「最後で最初って……いきなりクビになったってこと?」


「うっ……はい」


 俺の問いに気まずそうに答える女の子。

 この子、仕事ができないのかな……

 そんないきなりクビになるなんて、よっぽどだよな。


「お金が無いと、これからどうやって生活していけばいいのか……私、困っちゃって……うぇええええええん!」


「泣くな泣くな! 俺がなんとかしてやるから泣くなよ」


「え? なんとかしてくれるんですか?」


「ああ。だからもう泣き止め。問題は俺が解決してやるから」


「お前はお人好しというかなんというか……だが、そんなお前だから私も一緒にいたいと感じるんだろうな」


 セリスは少し呆れている様子であったが、どこか誇らしげな声をしているように感じた。


「俺がいなくても、セリスでも助けてやってたろ?」


「さあ……どうだろうな」


「きっと助けてたさ。セリスだってそういうやつなんだから」


 セリスは短い笑い声を漏らすと、女の子を立ち上がらせる。


「で、金を盗んだのはどんな奴だったんだ?」


「あの……子供でした。少し汚れた格好をした子供です」


「そりゃ、町の西側に住む子供たちの仕業だろうな」


「西側?」


 町に住む男の人たちが、眉を顰めながら俺たちに教えてくれる。


「西側には人に迷惑をかける者や身寄りのない子供たち……それに手に負えない悪党どもが住みついてるんだよ。あそこの連中の仕業となれば、手を出すことは無理だろうな。お嬢ちゃん、運が悪かったと思って諦めるんだな」


 彼らが言う、西側の連中の仕業だと分るや否や、彼女を取り囲んでいた人々はそそくさと離れて行ってしまう。

 そしてまた泣き出す女の子。


 俺は嘆息して、コーラと水を【収納空間】から取り出す。


「ほら、これを飲みなよ」


「ありがとうございますぅ……ぐすっ」


 女の子は涙を流しながら水を口にする。

 あれだけ泣いてたら、どれだけ水を補給しようとも水分が枯渇するのでは……? 

 そう考えてしまうほどに泣き続ける女の子。

 って、いつまで泣いてるんだよ。


「手を出せないって……私これからどうすれば……」


「ああ、大丈夫大丈夫。俺たちが問題は解決してやるからさ」


「え?」


「どの程度の悪党か知らないけど……私たちはSランクの冒険者だ」


「Sランク……そんなお強いのですか!?」


「まぁ、元Sランクだけどな」


 俺たちは新しくパーティを組み、まだ登録はしていないがまた一からやり直しとなるだろう。

 ランクはFから始まり、最高がSランク。

 なので俺たちはSランク相当の実力がありながらもFランクのパーティというわけだ。

 

「となればさっさと西側に行って金を取り戻すとするか」


「そうだな。ああ、お前の名前を教えておいてくれるか? 私はセリス。こっちの男はフェイトだ」


「フェイトさんにセリスさん……私はミューズです」


 ミューズと名乗った女の子は、なにやら尊敬のまなざしを浮かべて俺たちを見ている。

 まだ実力を見せてもいないのに。


「あの……あなたたちのパーティ名はなんですか?」


「俺たちか? 俺たちは――」


 セリスと顔を合わせて、俺たちは同時に言う。


「「【黒き閃光ブラックライトニング】」」


 二人で考えたパーティ名。

 セリスのパーティ名に、そしてあの【神器】の輝きを組み合わせた名前だ。

 俺たちはあの【神器】の光が忘れることができず、そこから名前を付けたのだ。

 ま、直近で一番大きな出来事だったし、印象としてはまだ大きかっただけなんだろうけれど。

 でもまぁ、これが俺たちの新たなるパーティ名。

 俺たちが共に背負っていく新しい組織名だ。


「【黒き閃光ブラックライトニング】……とても強そうな名前ですね! 全てを飲み込む闇のようなイメージです!」


「そんな物騒な意味合いはないんだけど……」


 二人の時は興奮していい名前が出来たと思っていたけど……

 客観的に見たら、意外と不穏な印象を与えるのかな……?

 まぁ悪いことをするつもりはないし、いいんだけど。

 でも勘違いされるのもあれだな。

 なんて、今更ながら名前について不安を抱く俺であった。

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