第9話 待ち構える者

 セリスが説明するに、ここは恐らく最下層とのこと。

 断言はできないが、上階までとの雰囲気が全く違うようだ。

 ゲイツたちと決別した場所とはダンジョンの作りに大差ない。

 

 しかしその雰囲気というか空気感というか……それは俺も何となく感じる。

 だが彼女は俺以上に何か言葉に出来ないものを感じているようで、ここが最下層だと理解しているようだ。

 そんな能力があるなら俺も欲しい。

 羨ましいものだ。


「あちらが奥だ。先に進もう」


「ああ」


 俺は彼女に指示されたままに歩き出す。

 だが彼女は俺の肩を掴み、自分の方へと振り返させる。


「どうした、セリス?」


「逆だ。あちらを指差しているのに何故そちらに行く?」


「あれ? そっちだっけ? すまない。少し勘違いをしたようだ」


「気を付けてくれよ」


「ああ。任せてくれ」


 俺は再び歩き出す。

 だがまた彼女に肩を掴まれてしまう。


「だから、あちらだと言ってるだろ」


「……また間違えてました?」


「わざとじゃないのか?」


「わざとなわけあるものか」


「…………」


 彼女は兜に手で触れ、頭痛でもあるのかのようなポーズをする。


「驚愕するほどの方向音痴なのだな……」


「それは否定しない! だから道案内は頼む」


 呆れ返るセリス。

 だが微かに笑い声を出し、そして歩き出した。


「なら着いて来てくれ。それなら迷わないだろ」


「ああ、そうするよ」


 いきなり失態を晒してしまったが、仲間だから気にしない。

 気にしないフリをしないと恥ずかしすぎるので気にしない。


 俺は密かに赤面しながら、セリスの後ろをついて行った。

 歩き出してから会話は一切ない。

 気まずいだとかそんなことは無かったが……無いはずだが。

 それよりもセリスが緊張しているようだった。


 彼女が感じる何か……それがセリスを沈黙させているのだろう。


「……あれは」


 彼女が突然立ち止まる。

 セリスの視線の遥か先――

 一本道となっている長い通路の先に、巨大なモンスターの姿があった。


 鋭い爪に硬そうな皮膚。

 蛇のような頭が二頭、人の体よりも大きな尻尾。

 あれはドラゴン……それも見たことも聞いたことも無いような種類のようだ。

 遠くからでも分かるその存在感と力。

 普通の感性を持つ人間ならここで逃げ出すところだろう。

 俺だって少し逃げ腰になっていた。

 オーガは何とでもなるけれど、あれはどうなんだろう……


「……あいつら、負けたようだな」


「……本当だ」


 セリスの仲間たちの死体が三つ仲良く転がっている。

 彼女は若干ではあるが彼らの死を気にしているようだった。

 紛いなりにも仲間だったんだ。

 そりゃ気にしない方が難しい。


 しかしあんなドラゴンを相手に挑むなんて無謀な……

 【神器】のために行き急いだのか、はたまた突然現れたのか。

 恐らくではあるが、後者だと俺は考える。

 あんな化け物に挑めるほどの胆力の持ち主だったとは思えない。


「フェイトの言った通りだったな。あいつらは【神器】に選ばれるような器ではなかった」


「ああ……で、戦うか逃げるかどっちにする?」


「当然、逃げるのが得策だろうな」


「そうだな」


「だが……私は【神器】が欲しい。復讐するための力が欲しいのも本音ではあるが……それ以上に【神器】が私を求めている・・・・・ように思えて仕方がないんだ」


「なら、戦うか」


「いいのか? 私の我儘に付き合って?」


「仲間は支え合うものだろ? セリスが【神器】を求めているなら、俺は全力でそれをフォローするだけさ」


 俺は【収納空間】から取り出した鉄の剣に【硬化】を【付与】し、セリスに手渡す。

 こんな武器しか手元に無いのが悔やまれる。

 しかし無いよりはマシだろう。

 【硬化】のおかげで折れはしないし。


「ここに来るまでは【神器】を欲しいなんて思ってもいなかったのだがな」


 セリスは剣を構え、静かにドラゴンを見据える。


「それはきっと……」


「きっと……なんだ?」


「いや。後にしよう。まずは目の前の敵を倒す。話はそれからだ」


 彼女が感じていた物の正体……もしかしたらと俺は想像するが、とりあえずはあのドラゴンを倒すのが先決だ。


 俺は開いたままの【収納空間】から『能力強化ポーション』を二つ出し、【複製】しセリスに飲むように指示する。


「『能力強化ポーション』か……少しだけでも能力が上がるのならありがたい」


「言っておくけどそれ、『能力強化ポーションⅢ』だからな」


「Ⅲ……そんな高価な物を!? 飲むのは初めてだが楽しみだな」


 兜を外し、ポーションを飲み干すセリス。

 飲み干して少し経つと、彼女の手からポーションの瓶が消えて無くなる。


「不思議な物だな……手元からは消えたが、効力は残ったままのようだ」


「効力は二時間。俺もさっき飲んだところだ。あの化け物とそれ以上戦うことは無いだろうし、問題ないだろ」


「勝つか負けるかは分からないが……か」


 兜をかぶりなおし、セリスが敵を睨み付ける。


「死ぬなよ、フェイト」


「お前もな、セリス。パーティを組んで初陣で終わりだんて笑い話にもなりやしない」


「死んだら誰に聞かせることもできないからな」


「笑われる心配もないってことか……なら、初陣で化け物に勝ったと言いふらすとするか!」


「ああ……そのためには勝つしかないな!」


「ああ。絶対に勝つ! そして一緒に生きて帰るぞ」


 セリスはもう何も言わなかった。

 短く首肯し、そして駆け出した。

 俺もセリスに続いて走り出す。


 彼女と肩を並べ――真の仲間と共に、ダンジョンの最奥に待ち構えていてドラゴンに突撃を仕掛けた。


 

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