【15】後日譚


 翌日の朝。それは、キャンプ場での事だった。

「コロナが終わったら試合ろうよ」

「ええ。是非……」

 駐車場で、がっちりと握手を交わす桜井梨沙と東藤綾。

「ルールはどうする?」

 その桜井の質問に東藤は満面の笑顔で答える。

「もちろん、柔道で!」

 すると、佐島が東藤を右肘で突っつく。

「アヤちゃん、アヤちゃん……」

「何? 莉緒……」

「アドレス交換しなくていいの?」

「ええ……でも……交換したいけど……でも……」

 と、頬を赤くして、もじもじとしだす東藤。

 すると、桜井がネックストラップのスマホを手に取って、何気ない調子で切り出した。

「いいよ。アドレス、交換しようよ」

「本当にいいの!?」

「え、うん」

「やたっ……」

 東藤は感無量といった様子で、目に涙を浮かべながらスマホを取り出した。

 その微笑ましい光景を眺めながら、茅野は佐島に問う。

「……それで、貴女たちは、これからどうするのかしら?」

「昼過ぎまで、このキャンプ場で迎えの車を待つよ」

「そう。ならば、ここでお別れね。今回はありがとう。助かったわ」

「いや、こちらこそ、貴重な話を色々と聞かせてもらったし」

 と、こちらの二人も固い握手を交わした。

 すると、少し離れた場所で警察庁の穂村へと電話を掛けていた九尾が戻って来る。

「わたしもいったん帰るわ。色々と後始末・・・の準備があるし」

 因みに例の数珠は、いったん九尾に預けられ、修理してから東藤の祖父の元に返却される事となった。東藤がやらなければならない諸々の事情の説明に関しても、彼女は協力するらしい。

「九尾先生も、今回は本当にありがとう。この借りは、いずれ返させてもらうわ」

 その茅野の言葉に九尾が首を横に振る。

「何はともあれ、弟くんが無事でよかったわ」

 すると、茅野は鼻を鳴らして頷き、

「何か心霊絡みで手に負えない事があったら、いつでも頼って頂戴ちょうだい

「すぐに駆けつけるよ」と、桜井も茅野の発言に乗っかる。

 九尾は嬉しそうでいて、どこか釈然としないような複雑な表情になり……。

「いや! 素人の力なんか借りないから!」

 と、慌てた様子で突っ込んだ。

 その直後、朗らかな笑い声があがる。

 そうして、五人は……。

「それじゃあ、東藤さん、また」

「うん。次にあなたと死合うときまで、絶対に私、負けないから!」

「みんな、気をつけてね?」

「先生がいちばん不安なのだけれど……」

「コロナが終わったら、アヤちゃんと一緒に、そっちの県へ遊びに行くよ」

 太陽が眩しさを増し始めた青空の下、それぞれの方向へと歩き始めたのだった。




 ジムニーの運転席のシートに腰をおろした九尾は深々と嘆息たんそくし、エンジンを掛けた。

 すると、隣で銀のミラジーノが短いクラクションを置き土産にして先に動き出した。

 ミラー越しに、その車体を見送る九尾の脳裏に一抹いちまつの不安が過る。

 今回あの二人は、あまりにも強大な力を持った存在と関わり過ぎたせいで、一時的に“相性”が彼方あちら側へと寄り過ぎていた。

 東藤と佐島も少なからず影響は受けていたが、あの二人ほどは酷くない。

 恐らく、それは彼女たちが、そういった存在に関わる事を自ら強く望んでいるからだろう。

 ともあれ、その状態は、あと一日もすれば正常に戻るはずなのだが……。

「やっぱり、忠告した方がよかったかしら……?」

 いや、それはない……と、すぐに思い直し、九尾はかぶりを振った。

 そんな事をすれば、あいつらは嬉々として心霊スポットへの突撃を敢行するであろう。

 その確率は、計算するまでもなく一〇〇%。

 まったくの逆効果になるであろう事は、疑いの余地もない。

「大丈夫だよね……? 真っ直ぐ家に帰るよね……?」

 不穏な呟きを残し、九尾は車を走らせた。




 二〇二〇年八月十九日。

 日付がちょうど変わったところであった。

 茅野邸のリビングのソファーに座ったまま、茅野薫は険しい表情でスマホの画面を眺めていた。

「姉さん……」

 昨日……いや、もう一昨日の事となる。

 茅野循は電話で『……兎も角、明日には真っ直ぐ家に帰るから』と、言っていた。

 しかし……。

「やっぱり、嘘じゃないか、姉さん!」

 薫は天井を仰いで叫んだ。


 桜井梨沙と茅野循は、まだ家に帰っていない。






(了)

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