【File37】みなしのビルディング

【00】クソゲー


 県警の篠原に注意を受けた二人であったが、当然ながらぬかに釘であった。

 それは二〇二〇年八月六日。

 桜井は朝起きると、身支度を整えて自転車で茅野邸へと向かう。

 茅野によれば、彼女の弟である薫は久々に部活の練習試合があるため、夕方まで帰って来ないらしい。

 このすきに、検証したい都市伝説があるのだとか。

 もちろん、どんな都市伝説なのかは、いつも通りいっさい聞かされていない。

 ともあれ、桜井は玄関で茅野に出迎えを受けて彼女の部屋に通される。

「……んで、その都市伝説って、何なの?」

 悪趣味な赤い部屋のベッドの縁に腰をおろし、桜井は尋ねた。すると、茅野は机に向かって、おもむろにノートパソコンを立ちあげ始める。

「実は私が以前にプレイしていたオンラインRPGに関連した都市伝説なんだけど……」

「ああ。“あむねじあ、わーるど、おんらいん”だっけ?」

「ええ。そうよ」

 通称“AWO”と呼ばれるそのゲームに、かつての茅野循は熱をあげていた。まだ小学生の頃の話である。

「そもそも、どんなゲームなの……?」

 桜井は、茅野から、このゲームの話をあまり聞いた事がなかった。だから、知らないのだ。

「AWOは、まあ世界観は普通のファンタジーものね……」

「剣と魔法みたいな?」

「そうね」と返事をする茅野。

 桜井は腰を浮かせ、ノートパソコンに向き合ったままの彼女の肩越しに画面を覗き込んだ。

 ゲームのログイン画面が映し出されている。茅野はカタカタとキーボードを叩いて、パスワードやIDを入力し始めた。

「……ただ、マップやストーリーが解放されるにしたがって、ポストアプカリプス的な要素もある事が判明したわ」

 茅野がエンターキーを押した。桜井は首を傾げる。

「ぽすと……あぷかりぷす?」

「ポストアプカリプスは、終末の後……つまり、文明崩壊後の世界を舞台にした物語の事を指すわ」

「ふうん」

 と、いつものような気の抜けた返事をする桜井。

「……でもさ、割りと、そういう設定ってファンタジーじゃありきたりだよね? 超古代文明のアイテムとか言って、あたしたちの時代の何気ないものが遺跡から見つかったりするの」

「そうね。特に目新しい設定ではないわ」

 茅野はあっさりと認める。

 画面の中では石造りの町並みを駆ける黒マントを羽織ったキャラクターの後ろ姿が映されていた。

 名前は【六月】 

 職業クラスは【呪術師】

「何で、六月? 呪術師っていうのは如何いかにも循らしいけれど」

「名前の由来は、June・・・・だからよ」

「ああ、なるほど」

 ぽん……と、両手を打つ桜井。そして、ずっと疑問に思っていた事を口した。

「……で、この特に何の変哲もないファンタジーゲームのどこに循はかれたの?」

 ひねくれ者の親友が、こんな普通のゲームに熱をあげるはずがない事を桜井はよく知っていた。

「循が好きになるぐらいだから、だいぶ頭のおかしいゲームなんでしょ? これ……」

「シャーロック・ホームズも顔負けの名推理よ。梨沙さん」

「それは、どうも。で……?」

「このゲームは、通常のMMORPGとは違って、プレイヤースキルへの依存度が極めて高いの。それこそ戦術次第では、あっさりと格上のプレイヤーやボスに勝ててしまうぐらいに」

 ここで、桜井は首を傾げる。

「それの何がいけないの? それって、普通の事じゃないの?」

 茅野が首を横に振る。

「一人用のRPGだったら、それで構わないわ。むしろ、そうあるべきよ。ただし、MMORPGでは、駄目なの」

「んん……? 何で?」

不公平だからよ・・・・・・・

「不公平?」

 ますます意味がわからないといった様子で首を傾げる桜井。

 茅野の解説が続く。

「例えば、十万円近く課金したプレイヤーがどんなに頑張っても倒せなかったボスを無課金のプレイヤーが倒したとしたら、課金したプレイヤーはどう思うかしら?」

「ああ……金返せって思うよね」と、桜井はようやく合点がいったようだった。

「そう。MMORPGは、かけた時間やお金が、そのままキャラクターの強さに還元されるべきよ。そうでなくては、誰もお金を払わないし、時間をかけてゲームをプレイする意味もなくなる」

「ずぶの初心者がステータスの極振りとかスキルの使い方だけで無双できるなんて、なろう系だけなんだね」

「そうね。そういった要素はフィクションとしては面白いけれど、現実のMMORPGではつまらなさの原因となるわ。全員、同じ条件からスタートして、かけた金額や時間の差によって得られる結果が変わる。それが本来のMMORPGのあるべき姿よ」

「でも、このゲームは違ったんだね?」

「そうね。今考えてみても相当、頭のおかしいゲームバランスだったわ」

 画面の中では【六月】が、戦闘を開始していた。

 赤土の荒野で、緑色の小鬼の群れに囲まれて攻撃を受けていたが、ダメージはすべて0。

 やがて【六月】が両手をあげると、魔法発動のエフェクトが表示され、小鬼たちの頭上に不気味な髑髏どくろが表示される。

 次の瞬間、しきりに棍棒を振るって【六月】を攻撃していた小鬼たちが、粉々に砕け散った。

 後にはアイテムやコインのアイコンが残されていたが、茅野は無視して【六月】を先に進めた。

「……このゲームの売りは、そのぶっ壊れたゲームバランスにあったと言ってもいいわ。課金装備に身を固めた廃プレイヤーが無課金相手にPVP対人戦で負けるなんて事も珍しくなかった。他のゲームとくらべてデスペナはかなり弛めだけれど、これはお金をかけた側からしたら、まったく面白くなかった。問題は“一発逆転のバトルシステム”などとのたまって、運営がそれを売りにしていた点よ。お陰で大半のユーザーからはクソゲーと呼ばれる事になる訳だけれど、一部からは“尖ったゲームバランス”などと評価を受けて、コアなファンを獲得する事ができた」

「そのコアなファンっていうのが循みたいな人だった訳だ?」

「そうね」と、茅野は桜井の言葉に首肯を返した。

 一方、画面の中の【六月】は、洞窟の中を進んでいた。

 やがて、突き当たりの床に光輝く魔法陣が現れる。

 その魔法陣の上に【六月】が乗ると周囲の景色が変わる。

 倒壊したビルの群れが建ち並び、横転した車や曲がった支柱にぶらさがった信号機があった。足元はひび割れたアスファルトである。

 そこは、現代都市の廃墟のようなマップだった。

「……で、循は何で、このゲームをやめたの? 何か切っ掛けがあったの?」

 茅野は【六月】の魔法で襲いくる機械兵たちを撃退しながら、その桜井の質問に答える。

「シンプルに飽きていたから。そんな頃に、ちょうど貴女と知り合ったの」

「そなんだ」

「それで、私はすぐに気がついた。貴女と遊んでいる方が、このゲームよりもよほど面白いって」

「それは、どうも」

 と、満更でもなさそうな様子で答える桜井であった。

 茅野は画面を見つめたまま、淡々と言葉を続ける。

「……そんな訳で、みるみるプレイ時間は目減りしていった。そのまま、フェードアウト。まったく、ログインしなくなくなった……そんな感じね。一つ目の理由は・・・・・・・

「って事は、他にも理由があるんだね?」

「ええ。そうね」

 画面の中では、機械兵を撃退した【六月】が廃墟の町を駆け抜けていた。

「もう一つの理由……あれは、確か梨沙さんと出会ったあとの定期メンテの前だったかしら……」

 茅野は画面を見つめながら、懐かしそうに目を細めた――

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