【15】後日譚


 桜井と茅野が“禁后パンドラ”の鏡探しを終えて数日が経過した。

 その日の夜。

 都内某所の占いショップ『Hexenladenヘクセンラーデン』にて。

 ようやく知床での案件を終えて帰宅した九尾天全は、人心地ついたあと、自宅リビングの応接に腰をおろし、溜まっていた郵便物をあらためていた。

 その中にあった二枚の封筒をためつすがめつしながら、九尾はごくりと唾を飲んだ。

 送り主は『桜井梨沙』と『茅野循』であった。

 もうこの時点で嫌な予感しかしない。

 しかし、放置する訳にもいかないので、レターナイフを手に茅野の封筒から開けてみる。

 そして、その二枚の便箋に流麗りゅうれいな筆跡で記された内容を読むうち、彼女の表情は真剣なものへと変わる。

「かの一族……また厄介事に首を突っ込んで……」

 その存在は、父親であり二代前の九尾天全であった岡田春麻から聞いた事があった。更に四代前の九尾天全であり曾祖母そうそぼ岡田・・遥子の日記にも書かれていた。

「これもまたえにしか……」

 いつになく真面目な顔でそう呟いてから、今度は桜井の封筒を開ける。

 すると、そこには、でかでかと豪快な字で……。


 『ウニ食いたい』


「はい!?」

 九尾の目が点になった。

 取り合えず、桜井と茅野に連絡を取る事にした。




 胡桃ウォルナットの座卓に置かれたノートパソコンに映るのは、桜井梨沙と茅野循であった。

 九尾は岡田遥子の日記にあった一九二六年に起こった“かの一族”にまつわる事件の顛末を二人に聞かせた。

 話が終わると、桜井はいつもの調子で『ふうん』と言った。

 そして、茅野が質問を切り出す。

『……それで、その鏡台はどうなったのかしら?』

「ちょっと、待ってね」

 九尾は古い日記のページをそっとめくる。

 因みに曾祖母の日記は、鈍感な曾祖父に対する恋慕の情と、奥手な自分への自責の念がつらつらと綴られていた。そのため九尾は、以前この日記を読んだとき“曾祖母の遥子はずいぶんと乙女チックな可愛らしい人だったなあ”という印象を抱いたものだったが、それはさておき……。

「えっと……鏡台の呪いが凄くて、手がつけられなくなっていたので、家の周囲を壁と屋根で覆って封印したらしいわ」

『家ごと……? それって……』

 桜井が驚いた様子で目を見開く。

「そうね。ネットに投稿されたあの“禁后”という話は、この一件をモデルとしているみたい。ずいぶんと脚色されているし固有名詞も違うけど」

 九尾によれば、その封印の中に誰かが侵入して霊的な被害にあったという話は聞いた事がないそうだ。

 どうも、その部分はフィクションらしい。

『じゃあ、今もその封印された佐藤家は福井に存在しているのね』

 茅野が瞳を輝かせる。そして、桜井も当然『次、そこにする?』などと、ノリ始める。

 しかし、九尾は首を横に振り苦笑した。

「残念だけど、二十年以上前、呪いが弱まったのを切っ掛けに、わたしの父が鏡台を破棄して取り壊したそうよ」

『ええ……』

『残念ね』

 明らかにしょんぼりとする二人。

「……でも、その取り壊す前の写真ならあるわ。見る?」

『見る!』

『お願いするわ!』

 テンションをあげる二人。

 九尾が用意していた古い写真をウェブカメラに向かって掲げる。

 すると、桜井と茅野が画面に顔を寄せて眉間にしわを寄せた。

『んんん……?』

『九尾先生……ちょっと聞きたいのだけれど』

「な、何かしら?」

 茅野が怪訝な表情で画面を指差して問う。

『ここに写っているのが、鏡台のある家を取り囲んで建てられた封印なのよね?』

 画面には荒れた土地に建つ四角い武骨な建物が写っている。

 その正面には雨戸らしき戸板が窺えた。更に二階の高さには窓が並んでいる。

『この雨戸みたいな戸板は出入り口だとして、なぜ窓をつける必要があったのかしら? これは鏡台のある家を囲う覆いの訳よね? 二階の窓はいらないと思うのだけれど』

「ああ……ちょっと、待って」

 九尾は岡田遥子の日記をめくる。そして……。

「あった。窓をつけた理由は“供養の気持ち”らしいわ。ひいお婆ちゃん自身が提案したみたいね。これ……ちょっと、何を言ってるのか、わたしにもまったく解らないんだけど」

『何か霊的な意味があったりするのかしら?』

 その茅野の問いに、九尾はしばらく思案を巡らせてから答える。

「……たぶん、ない……と、思うけど。確かに何で窓なんか……供養の気持ち……?」

 すると、画面の向こうの桜井と茅野が、何か可哀想なものを見るときの目つきになる。

 それに気がついた九尾は慌てる。

「えっ、何その目? どうしたの?」

『センセさあ……』

『ポンコツは遺伝するのね……』

「は? 何で!? えっ!? ちょっと待って……」

 溜め息を吐く桜井。一方の茅野はあっさりと話を流そうとする。

『……まあ、それはそれとして』

「ちょっと、何なのよー!?」

 九尾の絶叫が轟く。

 このあと、九尾は今回の一件が、あの魔術師hogが糸を引いているであろう事を茅野の口から聞かされた。







 そこは、どこまでも透明な真っ白い空間だった。

 金髪碧眼の少女は、その空間を歩む。特殊な弾丸が込められたコルトガバメントのグリップを握って。

 やがて、彼女の前に奇妙な物体が現れる。

 それは硝子のような材質の巨大な球体で、中には黒い奔流ほんりゅうが渦を巻いていた。

 少女がそれに近づくにつれて、無数の囁きがどこからともなく聞こえ始める。

 その声音はいくつも重なり合い、一つ一つの言葉は聞き取り辛かったが、彼女の事を歓迎していないのは明らかであった。

 しかし、少女は気にした様子もなく、うっすらと笑ったまま、その球体の前に立つ。

 すると、木立のざわめきのような囁きは止み、一際ひときわ大きな女性の声が響き渡る。

「貴様、どうやって、生身のままこの場所へ……けがらわしい……」

 少女は鼻を鳴らして笑う。

 それは、百年近く魔道を歩き、様々な術法を学び、実践し、研鑽けんさんを積んできた彼女にとっては容易な事だった。

 ここへいたるのに、彼女たち・・・・のような、煩雑はんざつな手順を踏む必要はない。

 入り口となる鏡さえあれば、いつでもなしえた事だった。

 だから、もう一族の事など、ずいぶんと前にどうでもよくなっていた。

 しいていうならば、部屋のすみに落ちた不快な綿埃わたぼこりのようなもの。

 だから、少女は……。

「単なる暇潰ひまつぶしだよ。ご先祖様」

 そう言って、口の端を釣りあげガバメントの銃口を巨大な球体へと向ける。

「やめろ……」

 絶叫、怨嗟、怒号、絶望……様々な声がおり重なり、大音響となって響き渡る。

 しかし、少女は眉一つ動かす事なくトリガーを引いた。

 すると、その穢れのない楽園に銃声が轟いた。






(了)

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