【10】かけ違い


 三人は相田の部屋を後にする。

 そして玄関の扉を閉めて相田が施錠した後だった。

 茅野がぽつりと呟く。

「この玄関の鍵、旧型のロータリーディスクシリンダーね」

「何だ? それは……」

 相田が不安げに問うと、茅野は肩をすくめる。

「私でも十分以内に開けられます。明日にでもホームセンターに行って補助錠を購入する事をおすすめします」

「開けられるって……お前」

 相田が胡乱うろんげに茅野を見つめる。すると桜井はなぜか自分の事のような、得意気な顔で言う。

「循は、鍵開けスキルもあるんだよ」

「もちろん、悪用はしてませんよ?」

「まあ、そこはお前らを信じるよ……」

 そんな会話を交わしながらシャトー岩峰の敷地から出ようとしたところで、他の住人の男とすれ違う。

 胸に紙袋を抱いており、カップラーメンや煙草のカートンがのぞいていた。

 会釈えしゃくをしてきたので、三人も会釈を返し、少し離れた場所にある駐車場を目指した。




 それから相田の運転する車で郊外のファミリーレストランへと向かった。

 桜井はドリンクと苺パフェを注文したが、茅野はドリンクだけだった。

 相田は自分の夕食をペペロンチーノのサラダセットに定める。コンビニで買った弁当は明日の朝食に回す事にした。

 注文が終わり店員が去り、各々がドリンクバーで飲み物をつぎ終わった後、相田は話を切り出す。

「……で、結局どういう事なんだ?」

 茅野は甘い珈琲に口をつけてから語り出す。

「恐らく何者かが盗聴器を仕掛ける為に侵入したところ、先生が普段より早くに帰ってきたので鉢合わせてしまった。それで、どこかに……例えばベッドの下などに隠れて、先生が浴室に行った隙を見て逃げ出した。侵入方法は、まあどうとでもなります。旧型のロータリーディスクシリンダーなんて」

「あの扉は防御力ゼロなんだねえ……」

 桜井がしみじみと言うと、茅野は右手の人差し指を横に振る。

「いいえ。梨沙さん。防御力は七ぐらいはあるわ」

「ふうん……でも、やっぱり、紙装甲か」

 桜井はそう言って、烏龍茶をストローですすった。

「しかし、不思議なのだが……」

 と、相田はカモミールティーをひと口飲んで、

「茅野。お前は何で盗聴器があると解ったんだ?」

「そういえば、そうだね。何か電波でも感じたの?」

 これには桜井も不思議そうな顔をする。

 すると、茅野は得意気な顔で解説を始めた。

「ヒントはあの壁にかかった倚天と青紅よ」

「あの格好いい剣が……?」

「どういう事なんだ? 茅野」

「刃の上と下が逆になっていた……先生がこの手の事を間違える訳がないのだとすると、あの剣の位置を入れ換えたのは侵入者だという事になる。そこで、私はこう考えました。侵入者はあそこの壁際で何かの作業を行っていて、その時に肩や手先が触れるか何かして、あの倚天と青紅を床に落としてしまったのでは……と」

「なるほど。その時に侵入者は上と下をあべこべに戻したんだ」

 桜井の言葉に茅野は頷く。

「そこで、あの周辺を見渡して、ピンと来ました。もしかしたら賊はコンセントの中に盗聴器を仕掛けたのではないかと……」

「茅野。お前、凄いな……」

「でしょ?」と桜井が、またもや自分の事のように得意気な顔をする。

 相田はこの二人に今回の事を相談してよかったと心の底から思った。

 警察などより余程頼りになるではないか。

「それで、あの盗聴器は、どうしたらいいんだ? ……あ、そうだ。一応警察に……」

 と、スマホを取りだそうとしたところで茅野に止められる。

「いいえ。そのままにしておいた方がよいでしょうね」

「なぜだっ!」

 と、相田が声を張りあげたところで店員がペペロンチーノセットと苺パフェを運んできた。

 店員は相田の剣幕にビビりながらオーダーをテーブルの上に置いた。

 店員が去った後、相田は申し訳なさそうに小声で言い直す。

「なぜだ……?」

「理由は犯人に、盗聴器があると気がついた事を、気がつかれたくないからです。もしも、こちらが気がついた事に気がついたら……犯人の目的は検討もつきませんが……何らかの強硬きょうこうな手段に出る恐れもあります。自分が盗聴器と無関係である事を装う為に、証拠隠滅をはかるかもしれません。何にしろ後手に回る事は確実でしょう。……ですので、盗聴器には気がつかなかった振りをして、これまで通り生活をしてください」

「しかし……」

 相田が眉をひそめる。そうは言われても気分のいいものではない。

「取り合えず、今日は実家の方に泊まって、明日にでもホームセンターへ行って補助錠を買って取りつけてください」

「補助錠なんて……どうやって取りつければ……」

 視線をキョドらせる相田に、茅野は呆れた様子で溜め息を吐く。

「そういうの苦手でしたら、やって差しあげますけれど?」

「是非、頼む!」

 相田が力いっぱいお願いしたところで、桜井は苺パフェにスプーンを突き立てながらぽつりと言う。

「それにしても、あの盗聴器……今回の一件と関係があるのかな? 宇佐美さんの……」

「まだ、何とも言えないわね」

 茅野が冷静に言った。

 すると桜井がスプーンをねぶりながら、にんまりと笑う。

「な、何だ? 桜井。言いたい事があるならはっきりと言え」

 相田は桜井を促す。

「やっぱ、センセ、黙っていれば美人さんだから単純にストーカーなんじゃあ……」

「そういうお世辞はいらないっ!」

 相田は声を張りあげる。

 すると、近くを通り掛かった店員が、びくりと背筋を震わせた。

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