【11】後日譚
二〇一九年十一月二十四日の早朝だった。
「……で、あなたたちは、いつまでいる訳?」
汗ばんで頬を上気させた九尾がジト目で
「このお風呂をあがって、朝御飯を食べたらお昼前にはチェックアウトするわ」
茅野の頬を一滴の汗が伝う。
「明日から、テスト勉強、頑張るよ」
桜井が小さくガッツポーズをして、ちゃぽん……と、湯面を揺らした。
今、三人は肩を並べて幽玄荘の露天風呂で入浴中であった。
「いいよね。わたしは、これから大仕事だよ……」
九尾がうんざりした様子で肩を落とし、うなだれる。
……あの後、結局、宿へと戻り穂村に連絡を取った。
そして穂村から全国の腕利き霊能者たちに協力を要請してもらう。
今はその霊能者たちの到着を待っている段階である。
なお、その者たちへの報酬は税金で
「ああ……クリスマスまでには帰れるよね……」
昨日は寝る前に「飲まなきゃやってられるか」と
茅野と桜井もお茶で付き合ってくれていたのは覚えていたが、途中から記憶がない。
普段よりずいぶんと悪酔いし、何か色々と余計な事を喋り過ぎた気がするが後の祭りである。
兎も角、朝起きるとパンツ一丁で布団に潜り込んでいた。
どうも酒が抜けきっていなかったので朝風呂に向かうと、脱衣場で二人と鉢合わせたという訳だった。
「……でもさあ。あの資料にあった“
桜井がふと思い出した様子で、その疑問を口にした。
すると、九尾は得意気に右手の人差し指を立て、
「逆鱗というのは韓非子の……」
「それは知ってるわ」
「循に聞いた」
二人に言葉を
「あの資料にあった、数寄屋満明の従弟の諏訪部誠が遺したメモ書きにあった逆鱗という言葉が何を指し示しているかね?」
茅野の言葉に桜井は「うん、そう」と頷く。
「それなら、だいたい解ったわ」
「本当に……?」
と、聞き返しつつも、九尾は疑ってはいなかった。この子がだいたい解ったというのならば、本当にだいたい解ったのだろうと……。
「もちろん、これはあくまでも私の推測であって、真実かどうか確かめようはないんだけれど……」
「それでもよいから言って?」
桜井に促され、ごほん……と、茅野は咳払いをひとつして語り始めた。
「この辺りは、日本海側から千葉までを横切る構造線の上にあるの」
「こうぞう……せん?」
桜井が首を傾げる。
「そうね。ざっくりと乱暴な言い方をしちゃうと地面と地面の境目の事よ。断層の一種ね。この境目がプレートの動きでずれたりすると地震が起こる」
「ふうん」と何気ない調子の桜井。
しかし、九尾は青い顔をする。
「まさか……数寄屋満明は……」
茅野は頷く。
「数寄屋満明は……いえ、恐らく彼の一族は、巨大な禍つ箱の呪いの力で大きな地震を発生させようとしていたのではないかしら? ……きっと、数寄屋の祖先はどうやってその知識を得たのかは解らないけれど、大昔あの穏首村があった土地に“竜の逆鱗”がある事を突き止めて住み着いた。この国に大きな災いをもたらすために。……数寄屋の従弟の諏訪部さんは、恐らくそれを何らかの形で阻止しようとした」
「じゃあ、中二病じゃなくて、本当に日本を
「……そんな訳だから、日本の未来は九尾先生の双肩にかかっているわ。頑張ってね?」
「そ、そんな、プレッシャーかけないでよお……」
九尾は泣きそうな顔で悲鳴をあげた。
それから三週間後の事だった。
どうにか九尾とその仲間たちによる特大禍つ箱の除去作業は一段落着いた。
結局、茅野の想像は当たっており、あのはなれの床下にはとんでもない大きさの禍つ箱が埋まっていた。
これだけ大きいと完全に浄化する事は難しく、できる限り呪いの力を弱めたあとで、しっかりとした封印を施す事となった。
その作業は昼夜を問わず行われ、九尾はぐったりと疲れて東京の自宅へと帰る。
そして翌日、三鷹の藤村幸子の元に向かい、事の顛末を報告しにいった。
居間で座卓を挟んで向かい合い、九尾は長い話を語り終える。
すると幸子がどこかほっとした様子で微笑んだ。
「……先生、今回はありがとうございました。是非、主人に手を合わせていってください」
と、奥の仏間へと案内された。
そして、九尾は藤村丈昭の遺影を初めて目にした時、ようやく合点がいった気がした。
穂村に、資料と供に渡された数寄屋満明の写真……そこに一緒に写っていた諏訪部誠の顔立ちと藤村丈昭はよく似ていた。
ちょうど、あの写真の諏訪部誠が歳を取ると、遺影の中の藤村丈昭のようになる。
数寄屋がどういうつもりだったのかまでは解らない。
しかし、彼が丈昭を可愛がり、箱を開ける役割に丈昭を選んだ理由は、間違いなく彼に諏訪部誠の面影を見ていたのだろう。
きっと数寄屋は仲のよかった諏訪部誠との関係をやり直したかったのだ。
今度は裏切られない……純粋にそう信じていたのかもしれない。
結局、その希望的観測は外れ、彼は再び裏切られてしまった。
しかし、その裏切りのお陰で多くの命が救われたのだ。
九尾は何とも言えない気分で丈昭に線香と祈りを捧げ、藤村家を後にした。
(了)
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