【08】後日譚


 休み明けの放課後だった。

 放課後のオカルト研究会部室にて。

『ええっ。あの旧猿川村トンネルに行ったの?』

 スピーカーフォンに設定し、テーブルの上に置かれたスマホから聞こえた声は霊能者、九尾天全のものだった。

 椅子に腰をおろし、落ち着いた表情で茅野はスマホに向かって語りかける。

「ええ。かなり危険な場所みたいね」

『き、危険なんてもんじゃないわよ……あそこは、わたしでもちょっと躊躇ちゅうちょするレベルの場所よ』

「ふうん」

 と、桜井がいつものぼんやりとした返事をする。それを聞いた九尾は盛大な溜め息を吐いた。

『ふうん……って、まさか、あなたたち、あのトンネルに遊び半分で入ったりしなかったでしょうね?』

「流石に入り口の前で引き返したわ。目に見える地雷を踏むほど馬鹿ではないつもりだもの」

「怖いもの知らずと無鉄砲は違うからねー」

 茅野と桜井は顔を見合わせ微笑み合う。

 すると、今度は安堵の溜め息が聞こえた。

『あなたたちに少しだけ分別がある事が解って、ほっとしたけど』

「それは、兎も角……」

 と、茅野が質問を切り出す。

「トンネルから戻った直後、童唄が聞こえたり、誰かがテントの周囲を歩き回っていたり……色々と酷かったのだけれど」

『それ、取り憑かれているから!』

「でも、無視していたら、何も起こらなくなったわ。このままでも別に問題はないわよね?」

『無視してたって……いや、確かに霊に対して無視するのは有効といえば有効なんだけど』

 九尾によれば、その手の悪霊は生者の恐怖心につけ込んでくるのだという。

『恐らくトンネルに入ろうとしないから、精神的に揺さぶりをかける方向にシフトしたんだろうと思うけど』

「向こうも割りと必死だったんだね」

 桜井が呑気そうに言う。

『悪霊は生者の恐怖を糧に力を増す。……だから平静かつ毅然とした態度を取るのは、シンプルだけど、かなり有効ではあるの……でも』

 呆れ半分、驚き半分といった様子で九尾は言葉を濁した。

 そんな彼女のリアクションを気にした様子もなく茅野は問う。

「まあ、ともあれ、大丈夫なのね?」

『うん。まあ、電話越しだから断定は出来ないけれど、変な気配は感じない』

「念の為に、貴女のお墨付きが欲しかったの」

 そう言って、スマホを手に取ると茅野は電話に向かって言う。

「ありがとう。また連絡するわ」

『ちょっ』

 九尾の言葉を待たずに通話を終えた。

「やれやれだったね」

 桜井が肩をすくめる。

 すると茅野がスマホの画面に指を走らせながら、話を切り出す。

「そういえば、あのトンネルについて色々と調べたのだけれど……」

「何か面白い事でも解った?」

 桜井の言葉に茅野は頷く。

「ええ。……実は九年前に失踪した高校生二人なんだけど……」

 そう言って、スマホの画面を桜井に見せる。

 そこには豊口圭吾と有坂克也の写真が表示されていた。

「ああっ。これって、あのバイカーの二人じゃん」

 目を丸くする桜井。

「驚くのは、まだ早いわ」

 そして茅野は再びスマホの画面を指でなぞった。

「今から十八年前・・・・にも二人組の女子高生が、あのトンネルに向かうと言い残して失踪していたらしいんだけど……」

「ふうん」

 気の抜けた相づちを打つ桜井に向かって、茅野は再びスマホの画面を見せた。

「その二人の女子高生の名前……」

 桜井がニュースサイトに記された二人の名前を読みあげる。

「……李小百合と・・・・・本庄循・・・……これって循と同じ字だ」

 茅野は苦笑する。

「そうよ。偶然でしょうけど、循と書いて・・・・・めぐる・・・。読み仮名はちがうけれど、これは中々ぞっとしたわ」

 と、言いつつも、茅野循かやのじゅんはとても嬉しそうだった。

「この李小百合さんも、名字が李?」

「そうね」

「名字と名前の最初の文字を取れば、“リサ”だね……」

「もしかしたら、渾名が“リサ”だったのかもしれないわね」

「流石にそれは偶然が過ぎるよー」

「そうね。あり得ないわね……。でも、もしかしたら、そういった共通点があったからこそ、私たちが標的に選ばれたのかもしれない。今回の事は過去に起こった出来事の繰り返しだった……とか」

「それ、ありそー」

 二人は顔を見合わせて「あははは……」と笑い合う。

 そうして、茅野は桜井に問うた。

「それはそうと、梨沙さん」

「何?」

「頭の方はしゃっきりしたかしら?」

「うん。今回の心霊スポットは中々パンチが効いてたからね」

 と、桜井は元気一杯に答える。

 それを見た茅野は満足げに微笑むのだった。




 乾燥したハーブ類が並んだ棚。

 タロットカードや水晶球、ダウジングロッドなど……。

 壁には北欧魔女の力が込められているという奇妙なお守りや仮面、人形がいくつか吊るされている。

 硝子棚には紫水晶アメジスト黄水晶シトリン電気石トルマリンなどのパワーストーンのペンダントトップが並んでいる。

 そんな店の奥にある古びたレジカウンターで、茅野との通話を終えた九尾は、スマホの画面を眺めながら深々と溜め息を吐いた。

「無視したって……」

 確かに悪霊への対策として、無視は一定の効果がある。

 しかし、普通だったら無視するなんて、できる訳がないのだ・・・・・・・・・

 誰だって、怪しい声や物音を聞いたり、おかしな影が視界の端を過ったりすれば不安や恐怖を感じる。

 それが普通だ。

 人間は誰もが闇と未知を恐れ、そこに超常的な存在の姿を見いだそうとする。

 悪霊は逆にその恐怖を利用して力を増す。

「あの二人……怖くないのかしら」

 悪霊の霊障を完全に無視してしのぐなど、かなりの精神修行を積んだ修行僧でもないと難しい。

 メンタルの怪物……もしくは、頭のネジがいくつか抜けているのか……。

 いずれにせよ、まともではない。

「あの二人、とんでもない逸材なのかも……単なるバカっていう可能性もあるけど」

 もしかしたら、今時の女子高生は全員ああなのか……。

 九尾が思い悩んでいると、カウベルが鳴って客がやってきた。

 二人組の女子高生で店内を横切り、カウンターの前までやってくる。

 そのうちの片方が頬を赤らめながら、おずおずと九尾に向かって尋ねた。

「あの……れ、恋愛に効くお守りってありますか?」

「はい。ありますよ」

 と、接客モードで答えながら、九尾は心の中で安堵する。


 ……ああ、この子たちは普通の女子高生だ、と。





(了)

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